六十三話 『魔・円卓の会議』
十数年前までザンドラ分国の首都だったところに、禍々しい城がたっている。
他国の城のような煌びやかさはまるでなく、闇に包まれたような漆黒の城だ。
少年のような風貌をした、赤い瞳を持ち、褐色の肌をした人物がその廊下を硬質な音を立てて歩いている。
絵画や芸術品などは一切置かれていない殺風景な廊下の突き当り、荘厳なドアを開ける。
来るのが分かっていたように、扉の奥で礼をしている魔族がいる。
「おい、『原始の悪魔』」
「はい、何でしょうか、魔王様」
双方の態度から身分の違いを窺い知ることができる。魔王様、と呼ばれた少年は原始の悪魔を一瞥し、一言命令を下す。
「七柱全員を集めろ。すぐにな」
「御意」
それを言うと魔王はすぐに踵を返した。
魔族はその無茶な命令に文句ひとつ言わず取り掛かる。一言でも不満を漏らせば死ぬことよりも恐ろしいことを知っているからだ。
手際よく魔導具を操作し、七柱に命令を届けてゆく。誰も逆らわずにすぐさま準備をする。
消息不明の一人、いや、一匹を除いて。
声を掛け終わった後、城の地下に位置する会議室に向かう。最近使っていなかったので、あのお方の目に不潔さが入らないよう魔法で掃除する。
皮肉なことに、会議室の机は円卓となっている。
間もなく、一人の女が姿を現した。
「久しぶりね」
「壮健そうで何よりです」
「あなたもね」
少しの挨拶のみで、女は席に着く。
続々と他の四人が集まってくる。結果、呼び出しから十分とたたずに全員が出揃った。原始の悪魔、それだけじゃない、全員が胸をなでおろした。
「では、私は魔王様を呼んできますので。しばしお待ちを」
「了解だ」
「その必要はない」
原始の悪魔が扉を開ける瞬間、逆側から開く。退屈そうな顔をした魔王が歩いてきた。そして円卓の席に着く。
「『餓狼の王』はまだ見つかっていないのか」
「すみませぬ」
灰色の髪をし、人が見たら恐怖で気絶するような顔の龍神が謝る。捜索の命令を出されていたのにも関わらず発見はなされなかった。
「現段階での情報は」
「未だ掴めておりませぬ。何しろ取り込まれた形なので形跡が見当たりませぬ」
「期待はしていなかったが。そうか」
退屈そうな目で龍神を一瞥してこの話題は終わった。
「で、だ。『不死王』、共有しろ」
「承知いたしました。報告いたします。私は今、英国にてA級冒険者をS級冒険者が教育する、俗に特訓会と呼ばれているものが開催されております」
「それは事実か、S級」
この魔族の中唯一の人間である人物に魔王は尋ねる。ニヤリと狡猾そうに笑い、その人物は報告する。
「ええぇー。事実でござぁ―います。私は何分監視の目が強くぅーて、ここに中々来られませんでしたぁーが」
「……そうか。つまり人間側の最大戦力が集まっているということか」
「そのとぉーりでございます」
この会議が始まって、初めて愉快そうに笑う。
「実に好都合だな」
「ですが、あの紅桜はいないそうです」
「奴は別の任務が入ってぇーるからね」
「むしろ最高だ。奴は別次元らしいからな」
喉を鳴らすように、実に楽しそうに笑う。自分の思う通り、いや、それ以上に事が進んでいるからに他ならない。
「では、英国にて人間側の戦力を削いでおこう」
まるで何てことないように軽いトーンで重要なことを決める。紅桜がいない今、たかが人間など取るに足らない。ここにいる魔族全員そう感じていた。未だ一度も戦ったことがないのにである。
「御意に。担当はいかがいたしましょう」
「そうだな。『不死王』『龍神』行ってこい」
「私は『餓狼の王』を探さなば――」
「英国にいるかもしれないだろう。それとも、我の命令が聞けぬか?」
重い、物理的に空気の重さを感じるほどの殺気。一瞬で顔面が蒼白になる。口をパクパクさせながら、「そんなことは……ございませぬ」と絞り出した。
「ならいい。話は終わりだ。適当な時に行ってこい」
「英都を壊滅させてもよろしいでしょうか」
「むしろやれ。我は行かぬのでな。ああ、S級。お前も奇襲を仕掛けろ」
黒いコートを翻しながら席を立つ。全員を背にして去るとき、魔王の口は三日月のように裂けていた。
戦争、いや、蹂躙が楽しみで。不死王たちから戦果を聞くのが楽しみで。
退屈に満ちていた魔王の人生は、ようやく動き出し始めた。




