五十九話 『ハイボクハミトメナイ』
「マジでごめん……」
「もういいよ、それよりも……次どうする?」
「取り敢えず二人一緒に特攻しようぜ。大距離移動がなくなる」
「了解」
お互いに少し距離を取りながら駆けだす。
「アーロン」
まだ距離があるとき、小さく声を掛けてくる。話してるのを悟られないように顔は向けない。
「何だ?」
「あのテレポート、距離制限は試したけど駄目、だから次はクールタイムを調べる」
「了解した」
距離制限って、闘技場の端から端に移動できるかってことだよな。クールタイムは魔法を使えない時間……。
「クールタイムがないと強すぎんな」
「本当に」
シーロンがこっちに向かって走ってくる。どこで入れ替わる……?
「はぁっ!」
「チッ!」
横薙ぎに振られた剣をしゃがんで回避する。くそが、ギリギリまで入れ替わりを警戒してると注意が切れる!
「『ヘビリティ』ッ!」
しゃがんだ姿勢から突き上げるように拳を振りぬく――いない?
「後ろだアーロン!」
「あ」
入れ替わったのか! くそったれ!
痛みを覚悟した瞬間、後ろでキンと硬質音がする。振り向くと、シンがナイフで受けてくれていた。
続けざまに俺が上段蹴りを入れようとする――がいない!
「後ろか!」
すぐさま振り向きざまに腕を振るう。シンもナイフを後ろに振るう。反応速度が上がって来た! しかし、振った腕とナイフは空を切る。
「「あっ」」
咄嗟に体をずらす。瞬間、右腕に熱い痛みを感じる。くそ、斬られた。まだだ、俺だったら……続いて横に振るってシンを切る!
「シン、躱せ!」
「俺は後ろだ!」
え? シンの方を振り向くと、突きの動作をしているシーロン。あれを食らったら、やばい。どうする、どうする! あれしかねぇ! 頑張れ! 剣を――よく見ろ!
「真剣、白羽取りっ!」
真っ直ぐに高速で放たれた突きを、鍛えた動体視力で見、手で挟む。胸の数センチ前で受ける。
「捕まえたぜ」
「つっ!」
手が血に染まるのも気にせず、左手で剣を握りしめる。
「食らえ、お返しだ」
『ヘビリティ』
空いた右手で、シーロンの顔面をぶん殴る。
「ぐっ」
「あ?」
すぐさま思い切り距離を取る。シンも一緒だ。話したいことができた。
「まずはクールタイムがねぇな」
「うん、相当厄介。なんか弱点とか見つけた?」
「弱点……ではねぇかもしれないが、剣を俺がつかんだ時、入れ替われば攻撃は防げただろ?」
感じた違和感。なんであの場で入れ替わらなかったのか。違う、入れ替われなかったのかだ。
「多分だけど、剣をはさんででも、俺とシーロンが繋がってた。だから一つの個体、とかって見たんじゃね? 魔法は」
「つまり弟君に触れていれば、攻撃は躱されないってこと?」
「多分な。触れてる相手を引き離せない」
あと、個別に気になったことだが、俺の攻撃の時、シーロンは自分の顔を前に出して、突きを食らいにいった。俺の攻撃の最大火力が出る打点からずらしやがった。相当、戦いなれてる。
「次はどうする、シン」
「……やっぱり、視界でしょ。俺があの子にいって、視界を奪ってくる」
「了解」
言い終わった瞬間、入れ替わった。危な、ギリギリだった。俺の横に、シーロンだ。
「勝負だ、兄さん」
「上等だ、『プレッシャー』」
突如、ガクッとシーロンの膝が折れる。急に重力が増すって、そうなるよな。絶好のチャンスだ!
姿勢が低くなったシーロンに強烈な踵落としを食らわせ――ない。フェイントだ。だよな、やっぱり後ろに入れ替わらせるよな。フェイントをかけた足を横薙ぎに振るう。
しかし、剣の鞘で受けられる。即座に体を起こし、抜剣された。
本気で見ようとしても全く見えないほど速い剣をとにかく下がって避けていく。あいつ重力の影響受けてないのかよ! 全く動きに衰えが見えない、身体強化ってそんな強いか。
しかし速い。全力で下がっても傷が山のように増えていく。正直反撃の隙が全くない。
「……前よりは格段に強くなってると思うけど、まだ、僕の方が強い」
入れ替わりすら起こってないのに、この実力差。……勝てない……?
シンたちの方で、爆弾が爆発した音がした。同時に、大量の煙が出る。煙玉が爆発したのか。
その音に反応したかのように、シーロンがピタッと止まる。
「あ?」
「とどめだ、兄さん」
そう言った瞬間、入れ替わった。目の前に現れたのは――
「エミリアさん」
「私たちが勝ちますよ!」
エミリアさんが現れた。危機は脱したはずだが、物凄い絶望を感じた。だって、つまり。
「視界を奪われたらテレポートできない、そんなことは無いですよ」
「……冗談だろ」
それだったらもう全く対抗の手段がないぞ。馬鹿げすぎてる魔法だろ。取り敢えずシンと合流――
「『プレッシャー』」
ガクッとエミリアさんの膝が折れる。蹴ろうとした瞬間入れ替わる。後ろを振り向くと、まだ膝を折ったエミリアちゃんがいる。入れ替わっても重力魔法の効果は続くのか。
それが分かったからってなんだ。負ける。何の弱点も見つけらえないで、敗北する。
負ける? S級への道を受け渡す? 敗者となるのか? また、負けるのか? でもこのままじゃ絶対に――負ける。負ける負ける負ける負ける負ける負けるまけるまけるまけるまけるマケルマケルマケルマケルマケルマケルマケル?
嫌だ。却下だ。絶対に、嫌だ。負けたくない。頭動かせ。体動かせ。負けるのを、拒む。絶対に却下だ。もう二度と、負けたくない!
限界まで考えろ対抗策。何か穴ないか? 隙ないか? 違う、限界じゃ足りない。限界越えろ、もっと考えろ、それよりも今コイツを殺せ。考えろ、殺せ。考えろ、殺せ――?
待てよ? なんで今シーロンと入れ替わらなかった? 入れ替わったら形成が逆転できたのに。このままだったら俺に殺されるかもしれないのに。
さっきのシーロンもだ。なんで急に止まった? 止まらずに続けたら俺を殺れたかもしれないのに。
シーロンが止まったのは、位置を変えないためじゃないか? 今エミリアさんがシーロンに変わらないのは煙でシーロンの位置が分からないからじゃないのか?
『負ける』、それを異常に拒む俺の狂気が、脳を回す。普段なら気付かないことに気付き、対抗のピースを埋めていく。今俺は――限界を越えている。ありえない程集中して、導き出された結論は一つ。
コイツは、対象の位置が分かんないと入れ替われない。だからシーロンは動かなかった。視界を奪われても入れ替われると思わせるために。だが、位置が変わらなければ入れ替われる。
そうか、なるほど、理解した。じゃあ、取り敢えず今はコイツを殺るぞ。




