五十七話 『水面下の情報戦』
「よっ、お疲れ」
「サンキュですアーロン」
「おおきに」
ラルフとアリスが第一戦を勝ち上がって、観客席に戻って来た。相手も弱いわけじゃなかったのに、よく勝ってくれた。
二人も観客席に座り込み、次の試合を見ようとする。登場したのはシーロンとエミリアちゃん、対ソロ剣士か。
「次はアーロンの弟君ペアと……ソロ剣士か」
「どっちが勝つんかな?」
「あのソロ剣士さんlooks strong」
「アーロンは……?」
俺の答えなんか分かり切っている。別に身内贔屓するわけじゃない。
「断言する。身内贔屓なしにしても間違いなくシーロンたちだ」
「「「…………?」」」
全員が不思議そうな顔をして俺を見つめてくる。想像できた答えだろうが、そうも断言されるとは思わなかったのだろう。
「幼い頃から見てるからな。あいつの剣の才能、それに身体強化の魔法。申し訳ないがソロ剣士に勝ち目はないな」
「なんでそんな言い切れるん?」
「……分かるんだよな、何となく、兄弟だからな」
久し振りにあったとき、絶対的な強さを感じた。ずっと一緒に過ごしてきたからこその微かな変化、それが如実に感じ取れる。
偶然、闘技場のシーロンと目が合った。かなり距離はあるが、あいつが笑ってて、「次は兄さんだ」とか思ってんだろ。分かるよ。
「そういうものなんですネ」
「俺は全く分からへんけどな」
「俺も」
「てかシンって兄弟いたんだ」
初耳だ。そういえばシンは帝国出身ってことしか知らなかったな。
「いるよ、俺が次男で兄さんが一人」
「ふぅん」
そこで拡声器からリザさんの声が響いた。
「さあ! そこの三方、準備は出来ましたか? OK、出来たみたいだね。では! ここに第二戦を……開始しますっ!」
距離を取っていたソロ剣士とシーロンが駆け出した。
★ ★ ★
どちらも駆け出した。シーロンは身体強化を使ってるから当然かもしれないが、ソロ剣士が速いな。魔法知らないが、身体強化系じゃなきゃ化け物じみてるぞ。対して……エミリアさんは動かないのか。
「ぶつかんで」
「一合目は――」
そのとき、S級冒険者含め、全員が目を疑った。
シーロンが突然後ろに向かって抜剣した。もちろん誰もいない、はずだった。闘技場があっけにとられたのも束の間、ソロ剣士が背中を思い切り切られていた。
★ ★ ★
体がゆっくりと倒れていき、地面に突っ伏した。そしてもう動かない。
「あー、一瞬すぎましたが……シーロン君とエミリアさんの勝利です!」
S級冒険者たちは拍手を送っているが、俺以外のシンたちは動けない。俺は拍手したが。
「なんや……あの技」
「何が起こったか分かりませんでしたネ」
「流石に初見じゃ負けてる」
「アーロンは何か知ってるんですカ?」
微かも動揺しない俺を見てアリスが尋ねる。確かに魔法の検討はついていた。予想通りだったな、実際相手にしたらこんな余裕もなくなるが。
「ああ。何となく分かってはいた。今ので確定したけど」
「何?」
最初にエミリアさんが部屋の中に現れたとき、他の印象がすごすぎて気付かなかったが、部屋の端にあった椅子が無くなっていた。そして思い返せば椅子の位置はエミリアさんが現れたのと同じ位置。
「さっき何が起こったって言うん?」
「……分からないけど、謎にソロ剣士が弟君の後ろに回った?」
「正解だが不正解だなシン」
魔法は遺伝することがある、確実ではないが。事実俺は母さんの魔法、そしてシンは父さんの魔法を受け継いだ。
そしてエミリアさんは影踏み童子さんの妹ってことを考えれば自然と一つに絞られる。
「確定ではないけど……あの子の魔法は、『位置の入れ替え』だ。対象と被対象の位置を入れ替えるんだと思う」
それを言うと、シンが合点が言ったような顔をした。
「さっきのは弟君とソロ剣士の位置を入れ替えたってことか」
「多分体の向きとかは変わらないから、シーロンは後ろに向かって切ったんだろ」
種は分かっただけいいが、そもそも初見じゃ確定で負けてた。運が良かったな。
「せやけどその魔法やったら分かっててもキツイなぁ」
「私のキングみたいなのが付いてればいいですけどネ」
「だな、どうしてもそっちに意識を割く」
全員が助けを求めるような顔でシンを見つめる。数秒後、シンがため息をつきながら話す。
「俺の戦闘方程式もあんな短時間じゃできないよ」
「まあしゃあないわな。ぶっつけ本番でどうにかするしか――」
「だけど、対策は考えられる」
諦めかけていた瞳に希望が灯る。シンが対策してくれたらめちゃめちゃ楽なんだが!
「まだ何のルールも分かんないけど……それは戦う中で見つけてくしかない。何個か考えられるのはあるけどね」
「要はそれまで俺が全力でお前を守ればいいんだな」
「うん、二対一になる状況は絶対に避けないと。なったら負け確だ」
チラリとシンが時計を見る。あと第三戦まで一時間ぐらいしかない。詰めるとこまで詰めなきゃな。
「そうだシン。俺用にナイフを一本持っといてくれないか?」
「いいけど……最初から持っとけば?」
「最初は徒手空拳で戦う。それはシーロンだけが残ったとき用だ」
シンが軽く頷いてくれる。
「俺は戦闘が始まってしばらくは打開策を見つけるのを最優先にするから、危なそうだったら頼む。弟君も相当凄腕そうだし」
「ああ、守るぐらいはできるだろ」
話す間にもシンは黒コートの内ポケットに色々詰め込んでいる。それ……邪魔じゃねぇのか?
「…………たださ、アーロン。結局はやってみないと分からないわけでさ」
「うん?」
「もし、何の打開策も見つけられない時は……」
少しばかり言いにくそうに言う。どんな作戦だよ。
「要するにあの魔法の厄介なところは不意に攻撃が来ることと味方を巻き込むことでさ」
「……ああ」
「つまりだ、最悪のときは俺たちがお互いに距離を取って、例えばアーロンと弟君が戦うとき、俺が遠くからどちらにも攻撃する! これが一番いい」
それって……味方同士で全く連携できないどころか、同士討ちするぞ?
「二対一対一になるぞ?」
「バトルロワイアルだね。向こうが連携で来るならこっちは個人技で叩き潰すしかない」
ただ正直俺がシーロンと戦って勝てるか……? てか負けたらまだ帝国にいたときの俺のようで……ちょっと、対戦自体が、怖い。負けたくないが、負けたら自分を否定されそうで、立ち直れなくなりそうだ。
「まあこの作戦は俺が弱点を見つけられなかったときのことだ」
「見つけるから安心しろって?」
「そう、だから――」
すっと拳を差し出してくる。そして安心させるように笑って、
「弟君と、存分にバトって来いよ」
こいつは、パーティー一鋭くて、それで皆を陰から支えて、フォローしてくれる。一見地味だけど、些細な隙間を埋めてくれて、パーティー一冷静で、頭良くて、頼りになる。実は全員シンを一番頼りにしてる、いい奴だ。
その目で心の内を見られたような気がして、それで一番欲しい言葉をくれて、迷いを、消してくれる。
「バトってって、きょうび聞かねぇな」
照れ隠しにそんな言葉を吐きながら拳を合わせる。ありがとなシン、お前のおかげで本当の覚悟ってやつを決めなおせた。
リザさんが前にくれた魔導具の靴と手袋を身に着ける。すっかり着慣れた、修羅場も超えた赤いローブを身に纏う。
さあ、命を削って得た強さで、お前を叩き潰し、過去の自分と決別しよう。




