五十一話 『月下の語らい』
「初めまして、お義兄様。シーロン君曰く可愛いエミリア・スーウェンです」
スーウェンって……影踏み童子さんの妹……?
「あ、ああ。初めまして。シーロンの兄アーロンだ」
「シーロン君からお話は聞いていましたよ」
横目でシーロンを覗き込む。俺の自慢話って……出来ないよな?
「まあいい。君は影踏み童子さんの妹か?」
「あ、そうです」
「やっぱりそうか」
どことなく面影あるし。
そもそもこの子の魔法もテレポート系だよな? 急に現れたし。
「道理で強いわけだ」
「やっぱりS級の家族は注目されるからね」
「お前もそれで見つけたのか」
「うん」
さてと、許嫁同士が集まったなら俺は邪魔だな。早々に退散しよう。
「じゃーな、シーロン。俺は帰る」
「え、もう?」
「ああ。ここに俺がいるのは気まずいだろ」
お互いをチラ見して頬を赤くする。どんだけ初々しいんだよ。
「またな」
「待ってください!」
ドアに手を掛けたとき、俺の手をエミリアさんが掴む。
「私、ちょっとお義兄様とお話がしたいです!」
「……嫉妬すんなよ、シーロン」
「しないよ!」
★ ★ ★
話せる場所がいいと言っていたので、バルコニーへ向かう。
ご丁寧に椅子が並べてあったからそこに腰かける。
「で、何の用だ?」
「用事はありませんが。未来のお義兄様とのちょっとの雑談です。それに……」
「なんだ」
一瞬口ごもったのが気になる。
「シーロン君のこと、もっと聞きたいでしょう」
「お見通しかよ」
なんて賢い……ってか察しがいい子だな。
あの場では全然聞き足りなかった。流石に兄だ、弟のことは気になるに決まっている。
「あいつは普段どんな感じなんだ?」
「シーロン君は次期騎士団長とみられているので、ひたすら頑張ってます」
「今は二人で冒険者やってんのか」
言わないが、たった二人でA級にまで登ってくるとは……強いな。
「シーロンはいい許嫁か?」
あの話を聞いてからずっと気になってたことが口を突いた。
この関係はシーロンの人生も変えたが、ぶっちゃけ拒否はできた。だが、相手は貴族なのに対してエミリアさんは一般人。断るなんてできるわけない。
「悪いな。貴族の勝手な都合で人生変えちまって」
「確かに、私の人生は変わりました」
少しの罪悪感で下を向いていたが、その声音に視線を引き戻される。
心底から幸せをかみしめているような笑顔だ。
「最高の方に変わりましたよ。貴族の都合は、私を幸せにしてくれたんです」
「……」
「優しくて、いつも私を気遣ってくれる。強くて、いつも私を守ってくれる。シーロン君は最高の許嫁ですよ」
嘘のない。満面の笑み。こっちまで口元が緩む。
「そうか、ならよかった」
「本人には言えませんけどね」
「言ってやれよ、喜ぶぞ」
いや、顔を真っ赤にさせて照れるか?
「そういえば、なんでお義兄様は家を出たんですか? 今これほどまで強いのに」
「ああ……今はな。帝国にいたときの俺は、驚くほど弱かった」
今も心を縛り付ける呪いに、心が沈み込み、目線も落ちる。
「貴族共に馬鹿にされ、陰湿な嫌がらせを延々と繰り返される。この地獄がお前に分かるか?」
「……それは……」
「魔法が分かったときすべてが終わった。重力魔法の噂は知ってるだろ? そこだ、俺が帝国から逃げたのは」
「逃げたなんて……」
「いや。間違いなく俺は逃げた。嫌なことに立ち向かわずに尻尾撒いて頭を垂れたんだ」
「……何故、今のようになったのですか?」
お前が言うほどすごい人間じゃないよ、俺は。
ただ、何か一つ言えるなら――
「頑張った」
「……努力、ですか?」
「ああ。誇張なしに死ぬほどな」
「なるほど。参考になりますね」
参考になってたまるかよ。何回命の危機を感じたと思ってんだ。
「こんな話よりもシーロンの幼い頃の話の方が聞きたいんじゃないか?」
「あ! それ聞きたいです!」
俺たちはその後かなりの時間、シーロンの話に没頭した。
★ ★ ★
「可愛いですね!」
「だろ? っと、そろそろ時間ヤバいな」
「本当ですね! もう帰らなければ……」
楽しかった……。シンたちの他に久し振りに他人と楽しく話したかも。
「また話そうな」
「ええ! では!」
俺が後ろを向いたとき、思いついたように手を打つ。
「忘れてました!」
「何を?」
エミリアさんが正面に向き合い、指を突き付けてくる。
「この特訓会、恐らく何かの勝負でしょうが……あなたたちのグループには絶対に負けません。強くなるのは私たちです! お義兄様が相手でも一切容赦いたしません!」
……そんな当たり前のことを言おうとしてたのか。
この宣戦布告には、それ相応の態度で返さなくちゃな。犬歯を剝き出しにし、獰猛に笑う。
「望むところだ! この界隈は力が全て! 思い切り、来い! お前らは俺が叩き潰す!」
俺たちは互いに好戦的に笑いあう。
「じゃあな」
「決勝で会いましょう、というそうです」
★ ★ ★
そして、決戦の朝はやってきた。




