四話 『スタート地点』
目が覚めると、きれいに削られた木の板が見えた。そして体の背中側には固い感触。どうやら俺はベッドの上に寝転んでいるらしい。取り敢えず一言。
「知らない天井だ」
「何言ってんの」
ここはどこだ? この真っ赤なフードを目深にかぶっているお姉さんは声の感じから30代ぐらいか?
「女性のことを探るのはタブーよ」
「何のことでしょうか。…………ここがどこで今どんな状況か聞いていいですか?」
思考を読まれたっ?! こいつ、何者だ!
頭の中でのボケを鎮めて、寝たまま話を聞くのは失礼だろうと思い、起き上がろうとする。
「あっ! まだ……」
「…………痛ってぇーっ!」
さっき魔物に殺されかけたことは夢じゃなかったらしい。やばい、超痛ぇ! 俺動けねぇ!
★ ★ ★
「大丈夫? アーロン?」
「ええ。あのとき俺を助けてくださり、ありがとうございます。そして今は怪我の手当てまでしていただいて、本当にありがとうございます」
お辞儀できないから心の中で土下座する。
手当のおかげであの時助かっても出血とかで死ぬっていう悲しい死に方は回避できそうだ。今の俺は包帯ぐるぐる人間だ。ミイラみたい。
「いやいや、おy……人として当然のことをしたまでよ。治るまでここにいていいよ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「そんな喜ばなくても……」
ふっと頭の中に違和感がある。
そうだ、何でこの人俺の名前知ってんだ?
「そういえばさっきも今も俺のことをアーロンって呼びましたよね。なんで名前知ってるんですか? もしかしてどこかでお会いしたことが……?」
「いいえ、そう、それはね、あれよ、あの……………………」
「何ですか?」
めっちゃ挙動不審だぞ、何かあるのか。悪いことしてんのか。
「…………そう! 私、賢者だから! 何でも知ってるから!」
「…………はい?」
賢者……? ちょっと予想外の奴が出てきた。まるで今思いついたように言ってんのが気になるんだが。
てか賢者って。お伽噺の中の存在じゃないのか? 全知全能つってもなぁ、せめて魔法だろ。
「本当ですか?」
「本当よ」
「本当に?」
「だから本当だって」
嘘くさい。だけど口を割る気配がない。仕方ない、聞き出せそうにねぇわ。怒らせてここから放り出された方が困る。
「まあいいです、命の恩人なんで」
「信じてないわよね!」
いきなり賢者って言われて信じる奴いるのか?
「そういえばまだあなたのことをよく聞いていませんでした」
「え……言うの? 賢者って言ったじゃない」
「自己紹介をそんなもので済ます気ですか」
「えー……、そうね、私の名前は……」
言わない。すぐには言ってくれない。別に知ったら呪うってわけでもないのに。
「あなたの名前は?」
「……アンよ、ただのアン」
「家の母と同じ名前なんですね」
なんでやらかしたー、みたいな珍妙な顔をしてんだ。
「お母さん……いるの?」
「なんでいない前提なんですか。昔に出て行ってしまったそうですが」
「そう……お母さんのこと恨んでるの?」
恨む? そんなことするつもりもない。正直母さんがいなくても困ったことないしな、大抵近くに父さんかシーロンがいたし。
いや、貴族共の方が近くにいたか。
「いえ、全然。もう小さい頃の話ですし。第一父や周りの人が何でもしてくれるのでそんなに不自由ではありませんでしたし」
「そう、よかったわ」
「よかったわとは?」
「…………アーロンが普通に暮らしてくれてよかったってことよ」
「…………そうですか。……それにです、母は自分のせいで出て行ったんじゃないと思います。多分、周りの奴のせいで」
あの憎々しい面が頭に浮かぶ。チッ、嫌なことを思い出した。
「アーロンも、そうだったの?」
「ええ、私はとある騎士団長の長男なんですよ。なのに昔から剣もできず、陰口を叩かれてきた。丁度15歳なんですごい魔法で見返してやろうって思ったら引いたのはカス魔法。俺はこういう、変えようがない運命だったらしいです」
「その魔法って言うのは?」
「重力魔法ですよ。体重変えることしかできない魔法です」
重力魔法。その言葉に反応し、なぜかアンさんが驚き、喜び震えてるのが分かった。
「重力魔法……どおりで魔獣たちと戦ってた時に魔法を使わなかったわけね」
「ええ、どんな本を読んでも書いてることは全部同じ、重力魔法は何にも使えないってことだけです。もう戦う職業として生きていくのは諦めました」
「もし、重力魔法で戦えるなら戦いたい?」
「そりゃあもう! 楽しみに楽しみに期待を持っていた魔法でしたから!…………ただ、俺はできない。俺はアンさんのように魔獣をかっこよく殲滅するなんてことは、絶対にできません。そういえばあのすごい魔法は何なんですか?」
なんで人がこんな重い話をしてる時にクスクス笑ってんだ。ちょっとイラっとするぞ。
「重力魔法よ」
「はい?」
「だから、私の魔法は重力魔法よ」
「え? 何を言ってるんですか? あれが、ハズレの重力魔法?」
「『重力魔法はな、使う奴いないし、そもそも扱いが難しいし、世間からは批判されて嘲笑されるし、ネタ魔法って言われてるけどな、最強だ。極めればあらゆる魔法をも超越する最強の魔法だ』」
「…………??」
「私の師匠の受け売りなんだけどね。改めて自己紹介しよう」
バサッと赤フードを翻す。俺はその姿に、一瞬目を奪われる。
「私は賢者アン、世界最強を自負する、重力魔法を極めし者よ。アーロン、重力魔法を極める気はあるかい?」