四十五話 『読めない思惑』
「いや追えぇぇ!」
俺の絶叫と共に固まっていた時が動き出す。
「アリス! あっちはどこに繋がってんだ?」
「裏口ですヨ!」
「アーロン! 俺らを飛ばしてくれ!」
了解した! 集中――
「『グラビオル』ッ!」
「……何も起こらんで!?」
「失敗だ畜生!」
「走った方が速いですネ!」
まずい、もう奴は視界の端まで移動してやがる。
急がないと――。『ゼログラビティ』。
「キング!」
アリスの足が黒狼化する。
一応全員にプレッシャーで体重を軽くする。
「サンキュやアーロン!」
「おう!」
準備は整った。鬼ごっこのスタートだ。
★ ★ ★
怪盗は遂に大広間から姿を消した。あかん、早よせな。
アリスは黒狼の足で速いし、アーロンは重力操って速いわ。シンも魔導具……。
俺も本気出さな。暖めてた隠し技や!
「『インビジブル』」
背中の魔剣を抜刀すると共に、不可視の刃が浮き出る。
俺はそれに飛び乗んねん。
「よっしゃ! 高速スケボーの完成や!」
テーブルをなぎ倒しながら追い始める。
他のまともな奴らも追い始めてんな。
舞台を飛び越え、怪盗の後を追う。
廊下に出たら――
「見えたで!」
「見つけたぁ!」
丁度先の廊下を曲がる瞬間か! 逃がさへんで!
「飛ばすで!」
「もう少しでス!」
「距離……百」
数秒で駆け抜ける。
廊下を曲がると――いた! 三十メーターぐらいや!
「アーロン! 拘束や!」
「任せて! 『プレッシャー』ッ!」
全員が勝った、と思った瞬間や。
急に体重が増した感覚。アーロンの魔法が切れたんか?
前を向くと――拘束できてへん。
しかもアーロンのスピードがめっちゃ落ちた。
「どないしてん!?」
「なんか、何故か、魔法が使えねぇ!」
「「「何!?」」」
その数瞬でまた距離が開く。
「アーロン! 私に掴まってくださイ!」
「え」
「私ならアーロンをおんぶできまス」
「一刻もはよ追わな」
「了解!」
アーロンがアリスに掴まり、追い始める。
せやけどまた距離開いたなぁ。見えんくなったわ。
あと――
「アーロン」
「何?」
「さっき魔法が使えないって、どないな感じや?」
「あー、なんていうか、かき消される感じ?」
「そうか」
嫌な感じやな。
怪盗の正体……あいつじゃないこと願ってるわ。
胸の奥に葛藤を封じ込め、廊下を曲がる。後続はこーへんのな。
と、見えたわ。距離五十。
「見えたで。アーロン、魔法は?」
「くそ、使えねぇ」
「了解や」
だったら直接捕まえるしかないんか。
その前に、最悪の状況かを確かめな。
「怪盗ーッッ!」
大声で呼び掛ける。
反射で振り向いた瞬間、腰の刀の鞘が見える。その大きな傷の入った鞘が。
剣聖だけが持てる魔刀の鞘が。
魔法無効化の魔法、その鞘。導き出される答えは一つや。
「なんで、ここにおんねん」
「「「え?」」」
「なんで先生が! ここにおんねんッッ!」
怪盗、改め先生が振り向く。シルクハットとスカーフでその素顔は見えない。
固い音を立て、大理石の床に何かが落ちる。多分変声機やな。
「答えろッ! 先生!」
「あらら? バレちゃってんかな?」
聞き覚えのある声が、鼓膜を揺らす。
★ ★ ★
先生はそう答えた瞬間、突き当りの窓から外に躍り出る。
俺たちも一瞬遅れて窓から飛び出す。
裏には大きい庭園が広がっており、奥にはテムズ川が流れている。
「よっと」
先生は華麗な着地を決め、女王を抱えたまま走り出す。
さっさと諦めへんかな……。
「キッド!」
先生が突如川の方に何かを叫ぶ。人名だよな?
「誰か来まス!」
「な!」
誰かさんは彗星のような勢いで庭園に着地する。誰やねん!
「女王をお願い!」
「任された」
俺らの方を一瞥し……凄まじい勢いで氷を作り出し、川の方まで戻っていった。
一瞬の出来事に動けへんかった……!
「チッ! 今度はあっちを追うで!」
「「「ラジャ!」」」
先生を逃がすようやけど、女王が最優先や。
恐らくアーロンは魔法を使えないやろうしな。後続に任せよ。
先生を無視して横を通る瞬間、本能が危機を察知する。
反射的に体を伏せる。
「ッッ!」
「悪いけど」
先生から噴き出す凄まじい殺気に俺たちは硬直する。
手と足が震え、今すぐ逃げたしたくなる。相変わらずのバケモンやな。
「キッドを追いたければ――」
左腰に下げている剣を構えられる。
「この俺を倒しな」
「……テンプレってやつやな」
★ ★ ★
「皆」
先生に聞こえないくらい小さな声で呼び掛ける。
「俺が時間を稼ぐから、その隙にヒュッてあいつを抜けてや」
「どうやって?」
「あいつ……化け物すぎんぞ」
「結局怪盗じゃなかったんですカ?」
あの先生と剣を合わせて……もって一分やろな。
「俺が合図したら最高速度であいつを追ってや」
「策があんの?」
「ああ、あるで」
その言葉を最後に一歩踏み出す。もちろん魔剣も含めて二刀流や。
「準備はいいのかな?」
「ああ、先生」
ここで何してんのかは知らん。久し振りの再会やから話したいことはあんねんけど。
「今は仮にも敵やからな」
「せやね」
ちょっとこの一時間で怒涛の展開過ぎたわ。
パーティー行ったら先生が怪盗に扮して女王を誘拐してるとかどんなんや。聞きたいことが多すぎるわ。
「お仲間さんはいいのかな?」
「俺一人で十分やわ」
双流剣術の構えをとる。対して先生は憎たらしいほどの自然体。
「そもそも英国の宝の宮殿で戦ってええんか?」
「心配せんでいいよ。ボスがどうにかしてくれてはるから」
チラリと後ろを見る。頷きで返してくれたわ。
「さてと、現剣聖の剣技を持って――」
空気が変わる。
傍から見たら冒険者と怪盗の戦いやのに神聖な決闘に錯覚してまう。
「――俺たちの目的を果たそうじゃないか。君たちは足止めさせてもらう」
「意味分からん。話ついて行かれへんわ」
「逆刃・疾風」




