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三十九話 『最強はいまだ遠く』

「久しぶり、アーロン」

「……師匠」



 ゆっくりと俺に近づいてくる。そして――



「いでっ」

「母さんって呼んで」



 デコピンされた。



「あら? そちらの方々は……?」

「あぁ、俺の仲間。パーティー組んでんの」

「そういえばリザがそんな話をしてたわね!」



 急に元気になった。もしかして俺がパーティー組めてるか心配だったのか?

 ……重力魔法の差別を受けてけっこうやばかったけど。



「立ち話もなんだしどっか入ろうか!」

「あ、お、お願いします」



 ラルフがめっちゃ驚いてる。



 ★ ★ ★



 洋風のお洒落なカフェに連れてかれてんけど。随分と愉快な人やなぁ。



「何にする? 私コーヒーね」

「あ、俺オレンジジュース」

「紅茶をお願いします」

「コーヒーで」

「カフェオレでお願いしまス」



 この人アーロンのお母さんやねんな? 同じ赤ローブやし。それに化け物みたいに強かったわ。何者なん?



 アーロンに説明くれ、と目で合図を送る。

 小さくうなずいてくれた。



「母さん、自己紹介。皆混乱してるから」

「確かにまだしてなかったわね」



 お母さんがすっと立ち上がってフードを取る。べっぴんさんやな。



「私の名前はアン。アーロンの母親でS級冒険者をしているわ。別名『紅桜』。世界最強よ」

「「「……!?」」



 ごめん、ツッコミどころ多すぎひん?

 S級冒険者!? 世界最強!?



「ホンマなん、アーロン」

「ああ、リザさんも言ってたしな」

「世界最強もですカ?」

「……あー、それは分からん」



 でも自分でそれを本気で言ってんなら……超傲慢かホンマの化け物。

 少なくとも神速で移動できてサイクロプスを一捻りできんのは嘘やない……。

 流石S級やな。



「皆の自己紹介もしてくれる?」

「ああ、俺の名前はラルフや。魔法は物体を光速で移動させんねん」

「私の名前はシン。魔法は隠密です。気配を隠せます」

「私はアリスでス。魔法は収集。見た魔法を使えまス。あと中に黒狼の王がいまス」



 アリスの黒狼の王って……初めて聞いたら意味不明やろうな。



「ほうほう、皆ユニークな魔法だね!」



 そこなん!?



「ところでなんで英国に?」

「あ、S級冒険者が特訓してくれるイベントみたいなのがあって……」

「あれってA級以上じゃなかった?」



 そうなんか。やったら割と全員凄腕やな。



「俺たちってA級だっけ?」

「B級じゃありませんでしたカ?」

「サイクロプス倒してA級になってん」



 知らなかったんかい。いや、俺も伝えてへんかったけど。



「母さんは教える側で参加するの?」

「残念。私は共和国で別任務があるから参加できない」

「「「え!」」」

「最強の指南を受けれなくて残念かな?」



 そりゃ……直接知りたかったわなぁ。



「どうしても無理なの?」

「あー、流石にね」



 全員がっくりと肩を落とす。まあS級は紅桜さん以外にもおるからええか。



「その代わり」



 紅桜さんがピンと指を立てる。なんや? 救済措置か?



「今、私時間あるから。少しなら教えられるよ」

「ホンマか!」

「マジで!」



 思わず椅子を蹴り倒して立ち上がる。

 願ったり叶ったりや!



「うん。短時間で戦闘力が劇的に変わるアドバイスをあげようじゃないか!」

「おお!」

「Thank you!」



 コーヒーを飲み干す。そうと決まったら早よ行かな。



「とりあえずコロシアムに行こうか」

「コロシアムって何なん? アリス」

「闘技場のことですネ」



 簡単にとれるもんなんか……?



「私はS級権限で通れるから心配しないで」

「紅桜様……規格外ですね」



 ★ ★ ★



「ここがコロシアムか」



 闘技場の周りは観客席で埋め尽くされている。何の施設だ?



「ここ、何に使われてんの?」

「普段は剣奴の試合ね。英国では賭け事に使われてるわ」



 随分と物騒じゃないか。紳士淑女の精神はどこいった。



 闘技場の真ん中に集まる。ちなみに本当に顔パスで貸し切りにできた。



「さてと、まずは皆の戦闘力を測らなきゃね」

「何すんの?」



 またあの地獄みたいな訓練すんの? それともお手玉みたいなお遊び?



「十秒、私に全員で攻撃してきて。私はその間一歩も動かず、攻撃もしないし回避もしないから」

「「「は?」」」



 ほらみた、無茶苦茶戦闘訓練だ。皆引いてるじゃん、母さん。



「準備はいい?」

「ちょ、ちょい待ち! ホンマにええん?」

「いいよー」

「怪我とか……」

「流石に危なくないですカ? 仮にもA級ですヨ」



 アリスの言葉を聞き、母さんが不敵に笑う。



「私、仮にも最強よ? やれるものなら――」



 一瞬、凄まじい闘気が迸る。



「――やってみな」



 凄まじい圧。体が本能的に恐怖する。

 が、無性に笑えてくる。

 口元が三日月のように裂け、俺からも殺気を走らせる。



「アーロン?」

「やってやるよ。俺たちは、最強になるんだからな」

「……準備はいいかな?」



 空気が変わる。俺以外も覚悟を決め、戦闘態勢へ。



「Ready――」



「――go」



 ★ ★ ★



「キング!」

『承知した!』



 一瞬で黒狼に変わリ、紅桜さんに肉薄すル。



 ほぼ同時に全員が駆け出ス。一瞬で――



「落としまス!」

「十」



 その鋭い爪を横腹ニ――



「「「「届かない?」」」」



 どれだけ力を入れてもそれよりも先に爪が進まなイ。

 体から三十センチ程離れてそれ以上は近づかなイ。



「Why!?」

『何故だ?』

「九」



 なら魔法デ!

 バックステップ、からノ――



「『ファイヤーボール』!」



 But(しかし)、当たる寸前で搔き消えタ。

 魔法もダメ、近距離もダメですカ。



「八」



 ★ ★ ★



「八」



 なんでや? 剣が通らへん。というより近づかれへん。

 あかん、時間がない。



「『インビジブル』!」



 鬼札切るしかないなぁ。

 不可視の刃が光速で体を両断しようと試みる。当たれば大惨事だが、そんなことを気にしてたら勝てへんわ。



「ん?」

「くそっ!」



 これもあかんのかい! さっきの俺の剣となんも変わらへん!



「七」



 からくりは……やっぱ重力魔法やろうな。反重力かなんかか?



「アーロン! 攻略法は無いんか!?」

「考えてる!」

「六」



 ★ ★ ★



「六」



 間違いなく反重力だ。全身に纏ってるのか?

 だったら俺の重力魔法が通じないか?



「『プレッシャー』!」



 ヘビリティの近接攻撃じゃ通じない。これは――?



 くそ、微動だにしねぇ! 母さんの重力が強すぎて相殺されんだ!



「五」



 待てよ? 全身に反重力を纏っているなら地面に立てないはずだ。浮いちゃう。

 分かった!



「足の裏だ! そこだけフリー!」

「「「了解!」」」



 問題はどうやってそこを晒すか……。



「アーロンの重力魔法で浮かせられへん?」

「すまん、無理だ!」

「四」

「一か八か俺がやる」



 任せた、シン!



 ★ ★ ★



 さっきからナイフもダメ。もちろん投げナイフもだ。

 足の裏……だったら多少危険だけど爆弾を使うか。



「離れて」

「三」



 皆を離して懐からバラッと撒く。

 地面を壊して、その隙に足の裏に爆風が伝われば勝機はある。



 閃光、遅れて大爆風。



「やったか?」

「それはダメ」



 完全な生き残りフラグ……。



「二」

「ほら見た」

「くそが!」



「一」



 ★ ★ ★



「一」



 母さんの口から最終リミットが告げられる。

 けど……もちうる手段は全部使った。それでも……届かない。



「零」



 瞬間、全身の骨が砕けるかと錯覚するほどの重さがのしかかる。

 一瞬の抵抗も許さずに膝をつかせ、うつ伏せにされる。



「あが」

「は」

「冗……談」

「エ」



 指一本すら動かせない。

 どれだけ自分に重力をかけても何の効果も示さない。

 これが、S級か。



 ひたすら差を見せつけられた十秒間だった。

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