三十八話 『再来は突然に』
王都から馬車に乗って七日七晩――
「「「ようやく――」」」
「首都、ロンドンでス!」
英国の中枢都市、ロンドンに到着だ!
★ ★ ★
馬車の窓から外を見上げる。
男三人が窓にべたっと張り付いている。
「あれが……」
「ビックベン!」
巨大な時計台が窓の外にそびえ立っている。
世界有数の観光名所で、告白スポットとしても伝説を残している。
見上げても全貌が見えない……。
「何mぐらいあるんだ?」
「約百mでス」
「たっけー!」
「夜はライトアップもされまス。見に行きましょウ!」
後ろから来る馬車に押されながら過ぎ去っていく。
……名残惜しい。
「異常な交通量だね」
「そりゃロンドンやからなぁ」
「前も横も馬車ばっかだな」
「取り敢えずどこに行くんだ?」
「観光名所を回りながラ……最後は私の家に行きましょウ」
「「了解」」
ランドンの観光名所って……エッフェル塔とかピサの斜塔とかか。
「あの有名な探偵小説の聖地やねんな?」
「Yes! ベイカー街のことですネ!」
「俺そこにも行きたいねんけど」
ラルフその小説のファンなのか。意外だと思うのは俺だけか?
「OK! 私もファンなんですヨ!」
「御者さん、どう回るのが近いん?」
名探偵のコスプレをした御者にラルフが尋ねる。
「まずはベイカー街からですね。参りましょう」
鞭をしならせ、馬車が加速する。
★ ★ ★
「そろそろ到着いたしますよ」
「「「おおー!」」」
窓の外に見えるのは王国とは打って変わったお洒落な街並み。
お伽噺の中みたいだな。
「小説の中みたいやな!」
「英風の文化なんですよネ」
家と家との間の路地はかなり入り組んでいる。
「本当に事件とか起きそうな場所だな」
「最近は街に魔物が突如現れるという事件が起こっておりますよ」
「「「何?」」」
突然魔物が現れるだと?
「ギルドの冒険者たちが対処してくれるので大したことではないのですが……」
「いや、あかんやろ」
「人為的なのか?」
「やばいね」
「気を付けないとだめですネ」
「それよりもお客様、ここがかのホームズの家とされている場所でございます」
「「「おおおっ!」」」
何の変哲もない家だが、大勢の観光客で賑わっている。
「中に入れるん?」
「ええ、ごゆっくり」
★ ★ ★
人を押し分けながら中を覗き込む。
「こら、えらいこっちゃ!」
「ですネ!」
家具とかも小説通りだ!
「完成度高いね」
「えエ、初めてきましたが想像以上でス」
俺たちはベイカー街をゆっくりと堪能して、馬車に戻った。
★ ★ ★
馬車を走らせながら御者が尋ねてくる。
「次はいかがいたしましょうか」
「どないする?」
「エッフェル塔行きたい」
「かしこまりました」
「ここがエッフェル塔でございます」
「すげー」
「綺麗……」
「「めっちゃすげーな」」
目の前に聳え立つのは美しいまでの左右対称の塔。
圧巻だ。
正面の公園から何の障害物もなくはっきりと見える。
まさに完璧に計算された美しさ。
木々もその塔のためだけに存在しているようだ。
「しっかしやっぱ混んどるなぁ」
「だね」
「ごった返してるよな」
こんなとこで魔物が突然放たれたら……。
「いつもこういう混んでいるところに出現するんです」
「それフラグでス――」
その瞬間。
巨大な地響きと共に、奴が現れた。
★ ★ ★
空気が震えるほどの衝撃――!
「後ろ!」
「サイクロプスやで!」
「「「うわぁぁっ!」」」「「「きゃぁぁぁ!」」」
美しい景色が一瞬にして阿鼻叫喚の地獄に変わる。
「シンと俺は避難の誘導や! アリスとアーロンは足止め頼むで!」
「「「了解!」」」
ラルフのスムーズな指示が飛ぶ。
赤ローブを翻して奴に肉薄する。
「アリス! 後ろの人を!」
「OK!」
サイクロプスの足元には出現時に踏みつぶされた人の死体が転がっている。
一瞬躊躇しながらも、踏みつけにしながら回転蹴りを放つ。
「チイッ!」
「効きませんカ」
一瞬遅れてお得意の棍棒が振るわれる。
やばい、まだ周りに人が多すぎる。躱せない!
躱したら一般人に大惨事、受けれるか……?
ちらっとアリスの方を向く。すると――
「No problem!」
アリスが一般人を蹴飛ばして範囲外へ。
助かった!
「サンキュ!」
体を逸らせながらギリギリで躱す。
奴の背後には……十人ちょっと。まだ引き付けないと――。
「こっちだデカブツ!」
バク転。直後に飛び上がって跳び膝蹴り!
まだ、もう少し……。
しかし、妙な違和感を感じる――ッ!
「アリス! 後ろの人たちを!」
「――了解!」
殺気の方向が変わった! 奴の狙いは――
「避けろッッ!」
後ろの一般人!
「「ひっ!」」
即座に大勢逃げだす、だが――
「いたっ」
三歳ぐらいの子供が転ぶ。
避けろ、そこは射程内――
「『プレッシャー』ッッ!」
乱暴にはじき出す。が、間に合わ――
「ふぇっ」
「「避けてッッ!」」
走っても、魔法でも、黒狼でも間に合わない。
振り下ろされる棍棒により、トマトのように目の前で弾ける未来を幻視した。
「あ」
目の前が血で染まる。
子供のじゃない。サイクロプスの血で。
「何が起きたんですカ?」
その光景を見ていた全員が絶句した。
俺はギリギリ見えた。
潰されるほんの直前、彗星のごとく超スピードで子供を救い出し、一瞬のうちに奴の体を捻りつぶした、赤ローブを。
血煙が収まり、その姿が露わになる。
あのスピード、あの威力、赤ローブ。
「久しぶり、アーロン」
そしてこの声音。
「……師匠」
師匠兼母さん。S級冒険者『紅桜』。
またの名を、最強。




