三話 『運命の救世主』
草原に一人取り残されて、やっと自分のしでかしたことに気が付いた。俺はどんだけ馬鹿なことをしたんだ?!
「はぁー、終わった。剣もできない、魔法もカス、……どうやって生きていけばいいんだよ!」
虚しい叫びは誰にも届かない。
俺も自分で重力魔法について出てく一週間必死に調べまくった。どこかに戦闘に使える要素があるんじゃないか、何か大きなことに使えないか、と。結果は全部変わらない、重力魔法っていうのは名前の物々しさに反して宴会芸にしか使えないような魔法だ。
あらゆる本を読みつくしても書いていることは一緒で、何年修行をして極めたとしても、自分の体重をほんの少しだけ変えることしかできなかったり、物がゆっくり落ちるのをネタにすることぐらいしかできない究極のネタ魔法だ。
「取り敢えず街に行こう、ここでダラダラしてても仕方ない! 荷物持ちでも何でもやってやる!街はずっと突き進めばあるだろ! 頑張れ俺!」
すくっと立ち上がり、気持ちを切り替えて前を向く。さあ、人生リスタートだ!
後から思えば、その時の俺は、後ろから無数の赤い目が自分を見つめていたことなんて知る由もなかったんだ。
★ ★ ★
「あぁ、疲れた。もうかなり歩いたはずなのに、一向に街らしきものが見えてこねぇ……」
俺は国から出たことがなく、それでいて国の外のことは何も勉強していなかった。
普通街や国から出ていくのは冒険者や商人しかいないのだ。騎士や貴族たちにとって外は未知の世界だ。流石に世界には自分たちの国以外もあるってことぐらいは知っているが。
「ここで休憩するか。夜まで着かなかったらどうしようか、狩りでもするか……?」
周りは腰ぐらいの高さの高い草で覆われている。草の中は何も見えない状況だが、草の中で何かがカサッと動く音が確かに聞こえた。
「なんだ? 魔獣……じゃないよな。あいつらだったらもっとでかい音を立てるしな。じゃあもしかして動物か! 丁度いいな、流石に動物ぐらいなら狩れるだろ」
ガサガサと音を立てながらさっき音がした方に近づく。手には剣を持っている、抜いたこともない剣だが、動物ならこれでもいける。
魔獣だったら……逃げるしかないか。
「あ、いた!」
遠くの方に俺から逃げていくウサギの姿が見える。せっかく見つけた獲物だ、逃がしてたまるか!
全速力で追いかけたが、一層草の高さが高いところに逃げ込まれる。やばいな、これ以上深追いはしない方がいいか?
そう思って追いかけてきた方に帰ろうとする。しかしなんか妙な気配がする。なんだ?
「囲まれてる……?」
俺も騎士団長の息子で幼いころから戦闘を叩きこまれているので、多少の気配感知ぐらいはできる。手練れじゃないからよく分からないが、俺の周りをぐるっと囲まれているような気配がする。
警戒レベルを数段上げ、剣を抜く。
「どこだ! 出てこい!」
問いかけに対する答えは返ってこない。注意深く周りを見渡すが、草のせいで何も見えない。何が来る……?!
「キュウッ!」
小さい鳴き声がした。声の方を見ると……さっき追いかけてきたウサギがいた。なんだ、ウサギか。この周りの気配もそうだと思い、剣を下す。それが命取りだった。
剣を下したのが合図のように、さっきまで動いていなかった気配が一斉に向かってくる。警戒を解いたことで一瞬反応が遅れてしまう。
「あぁ!?」
四方八方の草から一斉にウサギが飛び出してくる。剣を構えなおすがもう遅い、俺の横腹に突っ込んできたウサギの角が突き刺さる。ウサギに角……?
「てめぇら……B級魔獣の『ホーンラビット』かよっ!」
さっきはただのウサギに見えたが違った!こいつらにはよく見なきゃ分かんないほどの鋭い角がある。集団で行動し、知能があり狡猾なことから上位のB級に位置している。
「くそが! ここまでおびき寄せてきたのも計算のうちってか……」
くそ、最初の一匹の傷がかなり深い、それを分かっているからか襲ってこない。
いたぶってやがんのかこの糞魔獣……。
どうするか、決まってる。望みが薄いって薄々感じてるがこっから逃げるぞ。
「おら死ねぇ!」
「キュッ!」
剣を握りしめ、撤退する方向にいるホーンラビットを串刺しにする。それが合図かのように奴らが30匹ぐらいで一気に襲い掛かってきた。ああ、やべぇ、死ぬ。
「ッッ! ぐぎゃぁぁぁ?!」
腕にかみつかれ肉が抉られる。
次々と突進してきて、角によって腹のあたりに大量の穴が開く。腹からはごぼっと白いウサギを真っ赤に染めるほどの血が噴き出る。口からも出てはいけないほどの量の血を吐き出す。
口の中が血だらけで不味い。腕を、足を鈍い歯で嚙みつかれ、食べられていく。俺が、人間の俺が食べられる?
ああ、痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい辛い熱い痛い痛い痛い痛い、死にたい殺せやめろやめろやめろやめろ死にたい死にたいしにたいしにたいしにたい死ねしねしねしね!
「…………じにたぐっ、ない! 誰かだずげて……!」
感じないほど、意識を飛ばすほどの痛みで、自分の血で真っ赤に染まった視界の中で、届かないと知りながらも上に向かって手を伸ばす、伸ばした腕にもホーンラビットが組み付いてくる。
……母さんっ!
死を完全に覚悟する。祈るように顔を空へ向けると、宙に人が浮かんでいた。一瞬痛みも忘れて呆然としてしまった。死の間際に見る幻覚の類か疑ってしまう。
「あ……ぁ?」
その人は手を上げ、何かを唱えた……ように見える。
瞬間、ホーンラビットが一斉に地に堕ち、そのままグチャッと押し潰された。とにかく一瞬で全ての魔獣が地面の染みになったのだ。た、助かった……?
「大丈夫? アーロン」
想像を絶するほどの痛みで意識が途切れる。消える瞬間にそんな、どこか聞き覚えがあって優しい声が聞こえた。安堵の中で、しかし意識は保つことはできず、落ちた。