三十六話 『ユナイト英国へ』
「よう、元気やった?」
鋼の義肢、のドアを開ける。今日は追い返されへんかったな。
「俺は老人じゃねぇよ。何の用だ?」
「……俺ら、英国に行くことになってん。そのお別れや」
「わざわざ俺にか」
「世話になったからな」
もう少し話すからか、椅子を勧められる。
最初に来た時のようにあの茶を出される。
「飲めるか?」
にやけながら聞いてくる。わざとやな。
「飲めるに決まってるやん」
一気に飲み干す。うまいんやけど……原料がな。
「機械腕の調子はどうだ?」
「いいもんやな。加速するやつも使えたで」
「そうか、何よりだ」
店主がキセルをふかし始める。
「俺と離れて、壊れたときはどうする」
「説明書入ってたからな。誰かに見てもらうわ」
「そうか」
白い煙が吐き出され、虚空に消える。
「……寂しいもんだな、意外と」
「せやな。またいつか顔出すわ」
「……楽しみにしてるよ」
席を立ち、出口の方へと歩を進める。
「ラルフ・ランド」
突然、後ろから名前を呼ばれた。
振り返ると店主が何かを持っている。
「餞別だ。これ持ってけ」
「何やこれ」
「直してもらうときに技師に見せろ。優遇してくれる」
お得になったり本気でやってくれたりすんねんかな?
「なんで自分こんなん持ってんねん」
「ま、俺も意外とすごかったって話だ」
餞別を握りしめ、心からのお礼を。
「ありがとうございました」
「おう、元気でな。頑張れ」
その言葉を背中に、店を立ち去る。
ドアを閉め、店主の姿は見えなくなった。
★ ★ ★
閉められたドアの向こうを見つめながら、キセルをふかす。
「どうだリザ嬢――」
最期に一筋長い煙を吐き出す。
「終わったぜ――」
レイ、王国御用達、鋼の義肢の店主は今、ゆっくりと眠りについた。
★ ★ ★
「ア、ラルフも来ましタ」
「よう、……ってどうしたん?」
それもそうだろう、この雰囲気。
「ラルフ、あなたからもこのお金の説明ヲ」
恐ろしく冷たい声音……俺じゃなきゃ倒れてるね。
「あーそれか、カジノで儲けてん」
「カジノ……」
あー、お疲れ様です、ラルフ。
「カジノなんかニ、なんで行ってるんですカ!」
「え、」
事の重大さをやっと理解したか。
「皆で命を張ったお金を、そんな賭け事に使うんですカ!」
「いや、儲けてんけ――」
「今回は非常に稀でス! こんなお金を吸い取られるようなのは今後一切禁止でス!」
「ええー、」
そう、帰ってきてこのお金を自慢したらめっちゃ怒られた。
それはもうめっちゃ。さっきは今の十倍ぐらい怒ってた。
「で、やっと本題でス」
「そもそもどうするかやな」
「私ハ――」
一瞬の逡巡。
「やはりマミー相手に隠し通せはしませン」
「つまり」
アリスが席を立ち――シンの前へ。
「シン君。嘘でいいでス。仮でいいのデ……私と婚約してくれませんカ?」
「な」
シンが驚いた顔をする。
っても俺ら二人は予想済みだったけど。
「本当に?」
「ア、もちろん終わった後は分かれたことにしてモ――」
シンがそっと席を立ち、アリスの前に跪く。
「もちろん、喜んで」
アリスが口元を綻ばせる。
「Thank you!」
★ ★ ★
「出発はいつにする?」
「一週間後に始めるそうでス。その前に家にもいかなきゃいけないのデ」
「明日発つか」
「せやな、じゃ、解散や!」
★ ★ ★
次の日の朝。ちょっと楽しみで早く起きた。
「いよいよやで! 英国!」
「英国は私が案内できまス!」
「ビッグベンとかエッフェル塔があるんだっけ」
「ん、そのはず」
呼びつけた馬車に乗り込みながらラルフが宣言する。
「いざ! 英国へ!」
「「「出発!」




