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三十五話 『束の間の休日』

「婚約者……?」



 シンが顔面蒼白だ。

 俺も初耳だし。いたのか?!



「冒険者になるときの約束でス。冒険者を許可する代わりに素敵な婚約者を見つけるようニ、ト」

「……見つかったの?」

「決めてませン……」



 ……どうすんだ? 家帰れなくね?



「明日一日対策を考えまス」

「りょーかいや」

「じゃ俺たちは王都満喫するわ」

「ん、俺も行く」

「明日中に結論を出しまス」



 ★ ★ ★



「シン、アーロン! 朝やで!」

「朝っぱらからうるせぇよ……」



 目を開けると目の前にラルフの顔が。寝起きドッキリってやつか。



「今日は王都を観光すんねんで! テンション上げな!」

「もうちょっと寝る……」

「二度寝すんなやシン!」



 布団を頭の上にかぶった完全防御形態……。

 俺も二度寝――



「アーロン?」

「……起きよう」



 強烈な殺気……。笑顔で睨まれた。



 ★ ★ ★



「アリス無しなんて珍しいなぁ」

「だね」

「俺より先に入ってたし」



 男三人で観光……何するんだ?

 というか下町に何か見るような所あんのか?



「男三人と言ったらやることは一つや」

「……なんだ?」



 おもむろにラルフがサングラスを取り出す。



「……ナンパ、すんで」

「「うわー」」



 本気でB()()パーティーのリーダーか? 煩悩の塊じゃねぇか。



「俺たちもB級の上がってん。今は……いけるやろ」

「「何がいけんだ」」



 この金髪イケメンめ。



「あかんかな?」

「……俺はパス」



 仮にも帝国の騎士団長の息子だからね! 流石にだめかな!



「俺も、好きな人いるから」



 ん? んんー?



「「…………そうか」」



「あーあ! やったらナンパはあかんなぁ!」

「あー! そ、そうだねー!」

「急に気を遣うな!」



 無表情のシンが……今更羞恥心に悶えてる……?



 俺とラルフが同時にシンの背中に手を添える。



「「ま、がんば」」

「うっせぇ!」



 ★ ★ ★



「やったらどこ行く?」

「俺王都知らないんだよね」

「遊ぶんだったら……カジノとか?」



 いつものクールシンが、危なそうな遊びを提案する。





「「おー!」」



 天井には豪華なシャンデリアが付き、歓声が中を埋め尽くしている。



「ここがカジノか……」

「合法だから安心してね」



 おい、非合法なのあんのかよ。



「どうやんの?」

「まあ見ててみ、ラルフ先輩が教えたるわ」



 ラルフが奥にあるルーレットへと近づき、ディーラーを呼ぶ。



「ほなこの金貨五枚全部賭けんで」

「かしこまりました。賭け方はいかがいたしましょうか」

「ストレート・アップで頼むわ」

「……かしこまりました。番号は――」

「17で」



 ……ストレート・アップ? 番号?



「ストレート・アップってのはルーレット上の一ヶ所に賭けるの。あいつ馬鹿なの?」

「嘘だろ?」



 つまりラルフは途轍もなく低い可能性に賭けたのか……? アホか?



「始めます」

「おう、頼むで」



 玉がルーレットの上を回り続ける。

 いつのまにかギャラリーが……大勝負だからか。



 普通に考えればただ金貨五枚を失うだけ。しかし、この賭け方の配当は36倍、つまり金貨百八十枚だ。



 全員が固唾をのんで玉の行き先を見つめる。

 そんな中ラルフだけは堂々とした立ち住まいで玉の行く末を見守っている。



 俺の手にもいつの間にか汗がじっとりと滲んでいる。

 この緊張感、たまらないな……!



 玉がゆっくりと減速し、止まったのは――



「……17です」

「おっしゃーー!」

「「「おおおっーーッ!」」」



「どや? こんな感じや」

「いやいやいや、ありえないでしょ!」

「確率って知ってる?!」



 は!? どんな幸運だよ!?



「いやー、勝負強さには自信があんねん」

「そういう次元じゃないでしょ!」

「まあええやん、ほれ、金貨二十枚やるから賭けてき」



 今儲けた二十枚をジャラジャラと俺の手に載せる。

 やばい、金銭感覚が……。



「次、お兄さんやりますか?」



 無意識のうちに頷いてしまっていた。



 ★ ★ ★



「賭け方はどのように?」

「さっきと同じで」

「番号はいかがいたしましょう」

「んー、適当に3で」



 この高揚感、当たる気しかしない!



「待てアーロン! 考え直すんだ!」

「いけいけー! 一発当てたれ!」



 外野から悪魔と天使が会話してる。さらっと天使を無視。



「シン、当てたら半分あげるから」

「それで宥めるな!」



 残念、もう心は決まってる。



「本当によろしいのですか?」

「ええ、始めてください」



 運命の玉が転がされる。

 勢いよく番号の上をそっていく。



 ギャラリーもむしろさっきよりも盛り上がって勝負の行方を見つめている。

 ……頭抱えてるシンが一人浮いてるな。



 玉の走る小気味よい音のテンポがゆっくりとなっていく。

 重力魔法を使ったらイカサマできるが、そんな野暮なことはしない。



 ゆっくりと滑り、行きついた先は――



「…………3です」

「よっしゃ!」

「「「おおおおっ!」」」

「はあぁーーッ!?」



「兄ちゃんすげーぞー!」

「イカサマしてんじゃねぇのかー?」

「私にも分けてー!」



 声援を手で応えながら、シンとラルフの方へ向かう。

 手には両替してもらい、レアコイン七十二枚。金貨七百二十枚相当だ。



「ほーら言ったやんかー、アーロンは当てんで、って」

「ありえないでしょ! イカサマしたの!?」

「するわけないじゃん」



 もう夢見心地で、金銭感覚が消えた……。お金? 山ほどあるじゃん。



「シン」



 レアコインを六枚渡す。



「ゴー」

「正気?」

「声の覇気が消えてんでー」



 シンも目の前の常軌を逸した金額に頭がおかしくなっている。

 目がおかしい。



「行ってくる」

「「頑張れー」」



「……いかがいたしましょう」

「ストレート・アップ。0だ」

「かしこまりました」





 あっさり負けた。



 ★ ★ ★



「はー、最後は清々しい負けっぷりやったな!」

「まさか正反対とはねー」

「おかげで目が覚めただろ」



 結局最後は負けたが、それでも大儲け中の大儲けだ。

 合計レアコイン八十二枚、金貨八百二十枚だ。信じがたし。



「この後は? カジノ以外で」

「俺は『鋼の義肢』に挨拶言ってくんで。二人は先アリスのとこ行っててーや」

「……答え、聞かないの?」

「すぐ終わんで、ちょっと待ってるように伝えてや」

「了解」



「ちゅーわけでここで解散や! ほな!」



「じゃ、俺らも」

「ん」



 アリスに手を振り、ギルドの方へ足を向ける。



 アリス……まあ、誰を選ぶか、薄々予想はつくけどな。

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