ニ話 『帝国との決別』
プロローグの前日譚です。
「団長様、生まれたそうですよ! 双子でどちらも男の子だそうです!」
「そうか! 今行くぞ!」
遠くの方で父さんの嬉しそうな声と大きい足音が近づいてきて、俺を抱き上げてくれたのは15年たった今でも鮮明に覚えてる。
「ごめんなさいねぇ、アーロン、シーロン」
生まれて間もなくいなくなった母さんも覚えている。理由は知らない。
「大丈夫? 兄さん」
「大丈夫か! 怪我してないか!?」
「大丈夫だよ、父さんもいつまでたっても心配性なんだから」
俺は騎士団長の息子なのに、剣術が苦手でいつも地面に転がっていた。
弟、シーロンと父さんはそんな俺にも優しく対等に接してくれた。
でも家族以外は冷たかった。いつも廊下ですれ違う瞬間や、建物の陰で悪口を言ってくる。俺にだけ聞こえるように。
ただ、そんな俺にも起死回生の一手がある。
それが15歳、成人するときに行われる儀式のことだ。
「兄さん、成人の儀式のこと知ってる?」
「ん? そろそろじゃんか」
俺たちは今年十四歳だ。
「そうなんだよ! 成人の時に皆魔法を使えるようになるんだって!」
「何それ、マジか!」
「そうなんだよ! 僕も父さんみたいな身体強化系の魔法、使えるようになりたいなぁ!」
「父さんに聞いてもはぐらかされてきたのに。よくやった、弟よ!」
「でしょー! 兄さんはどんなの使えるようになりたい?」
俺……か。やっぱ見返すぐらいには強いやつだよな。
精々今まで馬鹿にしてきたやつを笑うぐらいには強いのがいいな。
「そうだなー、俺は剣が苦手だから魔術師っぽいのがいいけど……」
シーロンは楽しみそうだな。
まあ俺もこの状況からの脱出にかなり期待しているけど!
★ ★ ★
今日はシーロン共々王様の住んでいる城に呼び出されていた。
昨日の夜はあんまし眠れなかったな、子供じゃないが。
「アーロン、シーロン、気を引き締めろよ。王様の前だからな」
「「はいっ!」」
「まあ大体俺がとりなしてやるけどな!」
父さんは快活に笑っている。俺らは笑えないがこれは頼りがいあるな。
何度か来たことのある大広間の扉の前に3人で並ぶ。
後ろには同じぐらいの年の子がぞろぞろと並んでいる。100人ぐらいだろうか。
「諸君、中に入りたまえ!」
奥から王様の大きな声がする。
さあ悪口言ってたやつらに目にもの見せてやる!
大広間には赤絨毯が敷き詰められており、真ん中に大きい琥珀のようなものが宙に浮いている。
「皆の衆、口を閉ざせ。この琥珀は、触れたものに魔力を与え、魔法を使えるようにする神器である。魔法は千差万別であり、皆の人生がここで変わると言っても過言ではないのだ。聖なる場であるので、無礼なことは慎むように」
王が平民から順番に呼んでいき、100人を一列に並ばせる。
「では、始めよ」
俺の前のシーロンが琥珀に手を触れる。琥珀の中には白い靄が生まれ、活発に上や下へと動いているようだった。
騎士たちからおおっ、とどよめきが起こる。
「これはめでたいですな、シーロン。あなたの魔法は身体強化系である。騎士団長と同じものだ」
「はっ、ありがとうございます」
シーロンの顔がぱぁっと輝く。
次は俺の番だ。緊張しながら琥珀にそっと手を重ねる。
触れた瞬間、琥珀の中に白い靄が浮かぶ。シーロンの時と同じ、これは当たったか!?
しかし、シーロンの時は活発に動き回っていた靄は、琥珀の上部に集まり、集まりきったところで固体のようにすとんと落ちた。
騎士たちからはざわめきが起こる。王様も困惑したように本をめくっている。
遅れて、俺の魔法の種類を言い渡す。
「あー、アーロン。あなたの魔法は、重力系魔法である」
広間がシンと静まり返る。なんだこの空気。
「…………重力魔法ってなんかあるんですか?」
空気に耐えかねて聞いてしまったー! 王様に!
「…………重力魔法というのは極めて稀な魔法であり、極めて効果が薄い、出来損ないの魔法として知られている。あなたの母君と同じ魔法である」
「……はい、失礼しました」
目の前が真っ暗になった。
これほど、これほど挽回のチャンスを待ち望んだというのに。神は、どこまで俺に厳しいのか。
もう微かに笑い声が聞こえる、騎士だって笑いをこらえてる奴がいる。
誰も気づかない。そればっかを気にしてた俺以外、誰も。ああ、俺の人生ここで詰んだ。
★ ★ ★
「兄さん、元気出して」
「ああ。大丈夫だよ」
あれから1週間。シーロンとは、所詮立場が違う。落ちこぼれとエースだ。
俺なんか貴族たちに隠しもせず笑われ続けただけだ。
もういい、本当に嫌になる。
やっと分かった、母さんが出て行った理由が。あの腐れ貴族共が元凶だ。
暗い思考に時間を割きながら、仕方なく部屋を出る。外には待っていたかのようにあいつらが。
「何? どいてくんない?」
「はっ! 何を言っている、この出来損ない」
「我々に向かってどけとは。おこがましい」
「何逆らってるのか」
「お仕置きが必要なようだねぇ」
「「「「『水弾』」」」」
水をかぶってびしょぬれになった俺を見て汚い笑みを浮かべる。初めて魔法を使われた。
今までは悪し様に口で言われるだけだったのに。
騎士団長の息子っていう身分が一応守っててくれたのに。
今の俺は、それすらも関係ないほど落ちぶれたということか……!
今まで耐えてきた怒りが爆発する。散々、何年やられっぱなしだと思ってるんだ。
俺は理性のリミッターが外れたらしい。
部屋に置いてある鞘付きの剣を、笑いながら力の限り豚共の顔面に叩きつけた。
ちょうど現れた父さんが驚愕していたのだけが心残りだ。
そっからは早かった。城から止める間もなく駆け出した。
気分は爽快、初めての自由だし! ハイな気分のまま城の喧騒をBGMにそのまま街を飛び出した。




