二章幕間 『リザ・レイモンド』
「行った……か」
魔剣『インビジブル』をラルフって奴に継承させた。
肩の荷が降りたぜ。
「これで良かったんだよな、リザ嬢」
リンスの娘……懐かしいな、もう五年か。
あの約束、果たしたぞ。
★ ★ ★
俺はリザ嬢の父さん、リンス・レイモンドと親友だった。再会は棺桶の中だったが。
リザ嬢の父さんも母さんもA級冒険者でな。リンスの方は魔剣『インビジブル』使いだった。
「私も大きくなったら魔剣を使うの!」
リザ嬢の口癖だった。
それを言わなくなったのは、リンスが死んでからだ。
「パーティー、全滅らしいわよ」
葬式でそう言われた。リンスのパーティーはA級なのに、全滅らしい。
「唯一の遺品がこの魔剣なんですって」
「誰が継承を……?」
「リザさんでしょう」
「まだ十七よ!」
うるせえ。周りの奴らの噂話がリザ嬢を蝕んでいくんだ。
棺のリンスに会った時のリザ嬢は……まだ子供だった。
「父……さん?」
「リザ嬢」
「レイ……さん。父さんは」
「死んだよ」
胸が張り裂けそうだ。歯を噛み締める。
「わ、私の回復魔法なら! もっと頑張っていれば!」
「リザ嬢」
肩に手をかける。
「やめろ」
十七で死なんて、重すぎんだよ。
なぁ、リンス。なんで死んだんだ。
「こんにちは」
「ああ?」
「ご遺族の……方ですか?」
話しかけてきたのは、勇者だった。
「僕はあの時、傍にいたんです。お父上の」
「……何してたの?」
「リザ嬢」
冷たい殺気を感じた。リザの感情が周囲に溢れ出す。
「あなたも、お仲間も無傷だね。ピンピンしてるね。元気そうだね。……あなたは父さんが死んでる間何をしてたの?」
「……すまない。僕は、僕たちは……動けなかった」
「ふ――」
「リザ――」
リザ嬢が勇者の前に駆け出る。
「グッ!」
頬骨に拳が当たる音が響く。勇者が横に吹っ飛ぶ。
「ふっざけんな!」
「リザ嬢……」
「あなたは勇者でしょう? 強いんでしょう? なら! なんで助けてくれなかったのよ!」
「すまない……」
「謝っても父さんは帰ってこない! 強いなら……どうじで見捨てだの……!」
子供の真っ直ぐな問いと涙は、深く、心に刺さる。
あまりにも純粋な問いに、誰も動くことすらできない。
「あんだなんが! 勇者じゃない! 殺人者よ!」
泣き声が鼓膜に、心に反響する。
「リンスはな、盾と剣、使ってたんだ」
火葬場の炎を見ながら語りかける。
「……?」
「盾で守りながら魔剣で攻撃する。受けた攻撃は回復魔法で治しながら耐えるんだ」
「だがら、何?」
「馬鹿みたいな戦い方だろ? リンス」
「父さんを侮辱――」
「でも、かっこいい」
あいつとの初対面の光景は、鮮烈に覚えている。
盾で俺守りながら傷を顧みずに魔剣で戦う。俺にとってはいつまでも勇者だ。
「リンスが俺を助け、俺がリンスを救った。医者やってたからな」
「それが……出会い?」
「ああ」
火が燃える音がリンスがいないと実感させる。
「リリー、お前の母さんもリンスも凄い冒険者だ」
「母さんは冒険者やってない」
「昔は凄かったんだ」
「何が言いたいの?」
「リザ嬢には冒険者が向いてるよ。やっぱりな」
「絶対やらない」
「いや、お前はやるよ」
魔剣『インビジブル』を手渡す。
「リンスの形見だ。持っとけ」
「あなたは……父さんが大好きね」
「俺はリンスの思い出話なんてしたかねぇよ」
リンスと思い出話をしたかったんだ。
★ ★ ★
リンスの死の三年後、リリー、リザ嬢の母さんが死んだ。病気らしい。
「リザ嬢、こんな形で会いたくはなかったな」
「……ええ」
「泣かねぇのか」
「父さんの時もだけど……私が『究極の回復』をもっと極めていれば、救えたかもしれないのにね」
「……大きくなったな」
リンスの形見の魔剣は腰に刺さっている。よかった。
「そっちが……」
「アン、母さんの弟子」
「アンです」
「リリーに弟子か……」
「師匠は素晴らしい師匠でした」
「そうか」
「あ、レイさん。後で話が」
「分かった。外で待ってんぞ、リザ嬢」
「改めて、ご愁傷さまでした」
「レイさんも仲良かったんでしょう」
「ああ。この世で立った二人の、親友だった」
どっちも逝っちまったなぁ。なんでこんな早死にすんだ。
「話ってのは?」
「私、冒険者になるわ!」
予想通り、だな。リンス、リリー。
「アンと組んで、最強を目指すわ!」
「何のために?」
「もう、私の大切な人を、二度と失わないために!」
あの二人の娘だな。納得だ。
「頑張れ、リザ嬢」
絶望から這い上がった者は強い。力だけじゃない、力の原動力が強い。
リザ嬢なら、お前なら、俺の誇る親友たちを越えられる。そんな気がする。
「私は父さんと母さんの娘だからね!」
「……ああ!」
「それで、お願いがあって」
「なんだ?」
「この剣を、預かっていて」
……は? リンスの形見の魔剣だぞ?
「何故だ」
「勇者一強の時代は終わった。レイさんも三年前、痛感したでしょ」
「ああ」
「これからは冒険者の時代になる。必ずね」
「それと魔剣に何の関係が?」
形見の重さを知ってるのか? リンスの……ただ一つの生きた証拠だ。
「私ではこれを使いこなせない」
「でも――」
「私は必ずS級になる。見込みのある者をレイさんの店に紹介するわ」
「……」
「その子に未来を感じたら、この魔剣を継承させて」
「その意味を分かっているのか」
「ええ、でも私はもう犠牲者を出したくない」
目に宿る意志の強さに圧倒されそうになる。
「次に繋ぐ。次をも育てる! 勇者に頼らず、自分たちで全てを守り切る!」
リザ嬢が手の届かないところにいる気がして、寂しい気もするな。
「お前は……何を望む?」
「大切な人との日常ね。自分の手の中は絶対に取りこぼさない」
リザ嬢……。
「大きくなったな」
魔剣と覚悟を受け取った。
「アン、行こう!」
「ええ!」
「頑張れよ、リザ・レイモンド」
去っていくその背中に、リンスとリリーを幻視した。




