二十一話 『狂気の覚醒』
アリスは身体中を食いちぎられ、ラルフは右腕損傷、そして、シンの頸動脈断裂。
怒りが限界を突破し、力のリミッターが外される。
「シ……ン……君?」
「…………」
「シン君!」
「…………」
「アリス、落ち着け、二人の回復を」
「アー……ロンハ?」
「俺は……奴らを殺す」
「What?」
まずは俺の腕をしゃぶっている黒狼を引き剥がすか。
「邪魔だ」
強烈な反重力をかけ、吹き飛ばす。
「アリス、上へ」
なんでだろうか、ずっと出来なかった他人の重力の弄り方が分かる。
「俺の感覚をイメージしてやればいい……のか」
アリスら三人を宙に浮かせる。
「うわっ……!」
「回復してろよ」
さてと、殺戮の時間だ。
「キヒッ」
★ ★ ★
「ほら、襲ってこいよ。この狂気に引いてんのか?」
制御されてた狂気が解き放たれる。残忍な本能が、本気の殺気を放出する。
『グラウッ!』
「いいぞ、その度胸は認めてやるよ」
そいつを筆頭に、集団で向かってくる。ただ――
「甘いねぇ、キヒッ」
横に落ちる。上や下しか出来なかった落下を横で実践する。
尋常じゃないスピードと不可能な曲がりかたも可能にし、紙一重で牙を、爪を躱していく。
「ゲボッ!」
吐く。当たり前か、一瞬で五、六回の方向転換。三半規管が悲鳴を上げる。
「それがどうしたよ」
吐く。気持ち悪りい。吐く吐く吐く吐く。
「それがどうしたってんだ!」
体を一歩も動かさず、ただ攻撃を躱していく。
「そろそろチェックメイトだ」
奥の神殿に達し、眼下の獣どもを見下ろす。
「死ね」
突如、全ての黒狼にとてつもない重力がかかった。
★ ★ ★
自分以外に重力を掛けるのはやれば簡単だった。
師匠のとこで俺が受けた、あの潰れるような痛みを味わわせてやればいい。純粋な殺意を持って押し潰しにいく。
「死ね」
もっと重く。
「死ね」
もっとだ。部屋中から足の骨が砕ける音がする。
「死ね、這いつくばって」
さらに重く。黒狼の反逆心が籠った声が響く。
「死ね、拷問に苦しみながら」
もう一段。近場の奴から内臓が破裂する音が聞こえる。
「死ね、俺のローブを染めろ」
もう骨が残る奴はいないぐらいの重力。命乞いの声が響く。
「死ね、脳髄を晒して」
魔力が目減りするのを感じる。無い魔力を捻り出し、もっと重く。
全ての黒狼の体が潰れ弾けた。血の雨が大量に降り、俺のローブをさらに深く染める。
「終わったよ」
「あなた……アーロン……?」
「俺は俺だ。で、回復は?」
「…………正直、打つ手がなイ」
ラルフの腕を縛り、シンの頸動脈は繋がっている。頑張った方だろう。ただ、頸動脈が露出しており、心臓も損傷し、命は吹けば消えそうだ。
「取り敢えず、出るぞ」
「アーロンの回復……」
「しなくていい、シンに回せ」
「OK!」
血液を重力で操り、心臓の代わりをする。馬鹿みたいに繊細なコントロールで、今じゃなきゃできない。
「魔法陣に載っテ!」
「おう」
光が包み込み、出てきた先は――
「ここは……」
「一階層のボス部屋だネ」
「ラッキーだ、急ぐぞ」
多分俺の意識がそろそろ消える。やばい……俺が落ちたらシンが死ぬ……。
「アーロン、人狼が!」
「邪魔だ!」
捻り潰す。攻撃力が尋常じゃない。
「出口でス!」
「あと……少し……!」
光が……見える。
「外でス!」
「やっと……」
やばい、本格的に意識が……。
「くそ……シン、ラルフ……!」
「やぁ、アーロン君。久し振り~」
へ?
「あなたハ?」
「私はリザ。アーロン君の師匠の友達だ。そして……治癒師!」
「リザさん……頼む」
「任されたよ、アーロン君」




