二十話 『■■の代償』
俺たちが載っている空中に浮いた岩の下では無数の黒狼たちが待ち構えていた。薄暗い……大きな神殿のような作りだ。
「出口はあるのか?」
「多分やけどあっちに浮いてる岩の上やないか?」
「かなり先だぞ」
「逃げるっテ、あの世へ逃げるって意味かナ」
随分と皮肉屋な大迷宮だこと。
「戦うを選んでたら」
「多分行き止まりとかじゃないですカ?」
「絶望しかない」
「あの浮いてる岩に移ればまだ光明は見えるよね?」
「Yes」
「やったらアーロン! 重力魔法で俺ら運ばれへん?」
「…………残念だけど無理だ……。俺にはそこまでの力はない……」
師匠が、母さんがこの場に居れば多分笑いながらクリアできたのだろう。自分の無力さが悔しい……!
「ごめ――」
「やったらしゃあないなあ。今打てる別の手や」
「ラルフが俺たちを投げれない?」
「失速して落ちんで」
俺に力があったら命は助かったかもしれないのに――
「なんで責めないんだ? 俺ができれば……」
「責めるわけないやん。そんなのはただの八つ当たりや」
「ないものねだりは非効率的」
「We can’t,アーロンを責めるわけなイ」
優しさが心に沁みるっ! 流石最高のパーティー!
「アーロンは自分は浮かせられんねんな?」
「ああ」
「やったら俺らと手繋いで浮くのはどうや?」
「重量オーバーだと思う」
「往復すれば!」
「いけるかも!」
「「それで――」」
ちょこんっとアリスが手を挙げる。
「Maybe,it can't」
「アリス?」
「私トラップ解析できル。罠の種類が分かるやつでス」
「「「うん」」」
「それによるト……大迷宮的には上通るの禁止みたイ」
ひょいっと虚空に石を投げると、空中で……砂になった。
「切り刻まれるんか……」
「大人しく下通れってこと」
「いよいよ絶望的だな」
「しかもこの岩ちょっとずつ下がってまス」
ずっと空中で逃げるのは禁止ってことか。流石大迷宮ということか。
「覚悟決めや」
「Yes」
「俺らは最高のパーティーやからな。自分だけ助かろうとすんのは禁止や。全員で生き残る、これが最優先や」
「おう」
「シンの爆弾でルートの大部分を掃討。あとは全員で岩までの最短ルートを確保する。ええな?」
「ん」
「行くで!」
★ ★ ★
「シン!」
「ほいっ!」
過去最高の個数の爆弾たち。二十個ぐらいマントの中に隠しこんでいたのか。
「はあっ!」
ルート上の敵を殺し尽くすように最凶兵器が投入されていく。瞬間、轟音や爆風、火の明かりと共に肉が焼け落ちる臭いが漂ってくる。
「今が最後のチャンスや! 進め!」
「「「おう!」」」
全速力で、目の前の敵を葬りながら突貫する。
ただ、そんな上手くいく訳がなかった。
「あぐっ!」
「ラルフ!」
「俺を置いて先に行きいや!」
「そんな!」
右肩を射抜かれているため、剣が十分に触れないラルフが腕をかみ砕かれる。
「ラル――」
「シン君!」
「な」
ブシャッとシンの肩から血を吹き出す。短剣で反撃しようとするが多すぎる。体が魔獣で黒色に覆われていき、血が遠目でも分かるほど溢れ出る。
「アリス、危ねぇ!」
「シン君ガ!」
「もちろん助けるよっ!」
「援護やりまス!」
全員に結界を張り、一瞬攻撃を保つ。その隙に奪還する!
「ぐうう!」
腕に嚙みつかれ、骨が見える程深く抉られる。が! ここまで来て引けるか! 無理やり二人を抱え込み――
「アリスっ!」
「えエ!」
受け取ってくれた……、肩の荷が下りる……。
「アリス! 先へ行け! 援護する!」
「アーロンハ!」
「俺はいざとなったら上がれるから!」
「…………頼みまス! ちょっと耐えテ!」
もう少し! ここで命を、燃やし切れっ!
「ぐああ!」
体中に黒狼が張り付いてくる。無理やり引き剝がし、皆の前の敵を殴り殺す。
「アーロン! 無理ハ!」
「大丈夫、だっ!」
普通なら飛んでいるであろう意識を、絶叫してショック死してもおかしくない痛みを、絶望の恐怖を、全部気力で抑え込め! 一秒、一体敵を殺せ! 俺を見捨てて仲間を生かせ!
「おらぁぁ!」
「いっっきゃああ!」
「アリス!」
「『炎弾』『風刃』『雷撃』っ!」
「っ、死――」
両手が塞がっていて血だらけになってもなお、効果の薄い魔法を放ち続ける。やばい、頸に……。
「っ、シン君とラルフ……」
「堪忍や、アリス、アーロン」
「アリスをありがと、アーロン」
「おい、ラルフ……その腕……」
ラルフの右肩から下は……歪な形に食い散らかされ、ほとんど存在していない。
「ええねん、掠り傷や。それよりシンも、やばいやろ」
「…………問題ない」
「口から下真っ赤に染めて何言ってんノ……」
「掠り傷じゃねぇよ」
どちらも滝のように血を流しながら何を言う。
「まだ来るぞ、集中だ」
「お前らはもう戦うな、アリスと一緒に逃げろ」
「自分、命捨てる気やろ。死ぬときは一緒や」
「やってやるよ、アーロン、もう俺たちは無理だろ」
『ガウッ』『グッルルル』『ハァ―へァ』
「ラルフッ!」
「おらぁっっあ!」
腕を無くしてもなお左手で突撃していく。体の各箇所を食べられ、昔の自分を見ているようだ。
「アリス!」
「シン君!」
「っ! お前ら!」
「アーロン、ラルフを!」
「……分かった!」
指示通りラルフを回収しに行く。滑りそうになるぐらいねっとりとした血が辺り一帯を覆っている。
「やめろ、食うんじゃねぇ!」
「ア……ロ、ン。……来ん、な……」
「行くに決まってんだろ!」
太腿の骨を削られる音が聞こえる。これは……俺のか。肉が消え、血が塊のように噴き出す。なのに全く痛みを感じねぇ。
「ラルフッ、しっかり……」
「アー、ロン。……逃、げろ」
もう助からねぇよ。終わったんだよ。俺は逃げれるけど、ここで逃げたら「俺」は死ぬ。
「あいつら……は?」
黒狼に四肢を食われながら後ろを振り返る。声が――
「――生き、て」
「シ、ン……」
俺が見たのは、シンの頸に牙が抉りこみ、頸動脈が断裂する光景。
瞬間、リミッターは外された。




