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九十九話 『紅桜』

「もう大丈夫。よく頑張ったよ」

「……紅桜さん?」



 私は、助かったことを確信した。



 ★ ★ ★



 アーロンから英都が襲われることを聞いた直後、賢明にもギルドの長は現最強、生きる伝説と言っても過言ではない程のギルドの最高戦力、紅桜に英国に戻ってくるように使いを出した。


 惜しくも特殊な魔導具は無いため、伝令に特化した冒険者が全力で伝えに行っただけなのだが。



 ここまで迅速な判断を下しても、遅い。紅桜はオランタリア共和国にいたため伝令に特化した冒険者でも数時間を要した。紅桜に伝わった時点で既に戦いは始まっている。並のS級冒険者なら、遅すぎた。



 だが、紅桜は規格外。

 さっきの者が数時間を要した道のりを僅か数十分で踏破した。



 戦いが終盤に差し掛かってきたころ英都の上空に到着。ちなみに眼下に見えた魔獣は一匹残らず潰し、視界に入った龍たちは何の抵抗も許されず殺された。



「アーロンたちは……生きてるのかな」



 独り言を零しながらぐるっと戦場を見渡す。死んでしまった人、善戦している人、死にそうな人。各地の戦局といる人、敵の価値を考えながらどこから行くか考える。


 偶然にも、二人の瀕死の冒険者と、一人の悠々と空を旋回している冒険者の姿が目に入る。



「裏切者はあいつか」



 今この瞬間。二人のS級冒険者が命を奪われようとしている。

 ただでさえ魔王が現れる時代で、冒険者の人材不足も甚だしいのにこの戦力は失えない。



「まずい」



 紅桜は助けることを即決した。

 隕石のような速さで地上に迫る。危機一髪、鬼から伸ばされた手を掴んだ。



「もう大丈夫。よく頑張ったよ」

「……紅桜さん?」



「戦いは、終わりだ」



 紅桜は誰にともなく独りで呟く。



「蹂躙、尋問、そして制裁の時間だよ」



 誰にも聞こえないような声量。童子たちも、元道化の人形の鬼も、ましてや魔の支配者に聞こえたはずはない。


 だが、鬼と魔の支配者には何故か、強烈な寒気が背筋を走った。



 ★ ★ ★



 不死鳥の背中から地上を見下ろしている。それなのに、なぜか今、猛烈に全てを捨ててここから逃げ出したくなった。


 奇妙な感覚だ。今まで味わったことがない。



 最強の冒険者、紅桜か。あの魔王様すら一目置いている存在。



「実に……楽しみだ」



 こいつの死体を持って帰ったら、魔王様はどれほど喜ばれるだろう。想像しただけでにやけてくる。



 力を測るような目で奴を見つめると、目が、あった。


 奴と、目があった。


 紅桜と目があった。


 最強の冒険者と目があった。


 ただそれだけ、のはずなのに全身の感覚が消えていく。どばっと冷汗が溢れ出た。心臓が異常に早鐘を打つ。


 殺気も何も向けられていないぞ。なんだ……?



 また、こちらを向いて少し微笑む。

 不死鳥の支配が一瞬外された。全力で逃げようとする不死鳥の意志が一瞬私の支配を越えやがった。


 ただ、気持ちは分かる。


 あの目、笑み。もし生きていたら、一生悪夢にうなされそうだ。



 ★ ★ ★



「元に戻す方法はあるのか? 魔の支配者」

「あいにく無理ですねぇーえ」



 すっと紅桜は目を細めて魔の支配者を見つめる。その目に少しの殺気を込めながらもう一度問う。



「あんたを殺しても、無理なのかな」

「さあ。それはどぉーでしょ――」



 言葉を言い終える前に紅桜の一言が遮った。



「まあいいや。助ける気もない。疑わしきは罰する、だよね?」



 そう言い終わる前に、まるで羽虫を払うかのように何の殺気も敵意も見せず、一切の感情を揺らさず、軽い手つきで目の前を払う。


 その動きに従うように、生み出された重力は何の慈悲も躊躇いもなく、ただ主人の意に従って魔の支配者の被害者、元S級冒険者『道化の人形』の成れの果てを一瞬にして肉片に変えた。



「「は……?」」

「何二人とも驚いてるの」



 心底意外だという口調で紅桜は告げた。



「まさか私が躊躇うとでも期待したの? 裏切者さん?」

「いえいーぇ。そんなことは……ないですよーぉ」



 その言葉を聞き、紅桜の口が三日月のように裂ける。

 笑みだ。笑っているのだ。その場の誰もが一瞬それに気づかない程恐ろしい笑顔。



「まさかのまさか。たかが人形が私を一瞬でも止められるとでも思ってたのかな? あわよくば、倒せるんじゃないか、とか思ってたりしないよね?」



 戦慄した。敵はもちろん、味方まで。


 この場の全員、まだS級になって日が浅い。


 今、ようやく理解した。周りの先輩の表現や敬意は一切の誇張なく本当なのだと。

 紅桜が戦場に一人いるだけで全てが解決する。その表現すら生ぬるい。


 魔獣よりも遥かに化け物だと、人間の形をしているが、人間の枠などとうに超えた規格外なのだと、実感した。



「さよなら、次は尋問室でね」



 魔の支配者は正しい、しかしその行動をとるには遅すぎた。本当なら来ることが予測できた時点でその行動をとるべきだった。


 不死鳥の背をひっつかみ、恥も外聞もプライドも捨てて死に物狂いで逃げようとした。

 あまりにも判断が遅すぎる。



 一瞬で不死鳥は地に落とされた。

 主の命令に従い全力で守ろうと立ちふさがったS級の魔獣は一秒と持たずただの肉に変わった。



「んなっ!」



 地に落とされてもなお走って逃げようとした魔の支配者は、両手両足を強烈な重力で引きちぎられ、紅桜の手刀を首に受け意識を落とした。



「制圧完了だね。治療に連れていくよ、二人とも」

「あ……はい」



 影踏み童子、怠惰な王が全力を賭しても敵わなかった魔の支配者はものの数分で壊滅した。


 こうして、英都防衛戦の大部分は終了した。

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