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九十八話 『因果の報い』

 ギリギリだったな。あと一瞬遅れていたらアナスタシアの弟は助かっていなかっただろう。治療に逃げなくて良かった、龍神をアナスタシアに任せてきて正解だった。



「お前がアンデッドか」

「……ええ。あんたは……」

「魔族に名乗る名は、持ち合わせていないんだ」



 正々堂々なんて精神はとうに捨てている。

 不意打ちのような形だが、道路全体を炎で埋め尽くす。辛うじて立っていた家は数瞬で燃え尽き、道は沸騰する。



「これで殺せるほど甘くはないか」

「どいつもこいつも……人間ってやつは!」



 ゆっくりと炎の中からこちらへ歩いてくる。

 目を血走らせ、皮膚は焼け爛れ、髪を怒りで引きちぎりながら歩くその姿は。



「まさに狂人だな。痛覚がないわけではないだろう」

「うるさい!」



 四方八方からノーモーションの稲妻!



「嬉しいな。大魔法のぶつけ合いなら、俺の得意分野だ」



 ラルフらを守るように氷を覆いかぶせる。これでそっちに気を配る必要はなくなった。


 俺に迫る稲妻は氷の壁を作って防御する。

 間髪入れずに作った隙間から爆炎を吹き出す。炎が地を舐めるように進み奴を焼け焦がさんと迫る。



 不死王は防御用に氷と岩、そして攻撃用に無尽蔵に炎、稲妻、氷、岩、風……。何種類の魔法を同時に使ってるんだ。



「控えめに言っても、化け物だな」



 これだけの種類、数の大魔法をクールタイム無しに連続使用。俺も防御用の氷を作り続けなければすぐに魔法に晒される。


 多分子供たちの前じゃ本気じゃなかったな。流石にこれをしのぎ切るのはまだ不可能だろう。



 だが、荒いな。避けられないように隙間なく魔法を撃つでもなく、効果が相乗して上がるように相性のいい魔法を並べて撃つでもない。覚えたての子供みたいに、魔力量に任せて適当に撃ってるだけだな。



「相手が俺以外だったら、かなり勝機はあったのにな」

「あんただって、今すぐにでも殺してやるわよ!」



 さらに魔法の数が増える。一個一個が必殺の威力を持つ魔法を山のように撃ってくる。



「厳しいでしょう! 辛いでしょう! そんな余裕の表情をしててもギリギリでしょう! 後ろのガキたちに希望を見せるため!? 随分と、かっこいいわね!」



 子供のように叫び、喚いている。確かに普通の魔法使いじゃあとっくに限界だろう。なんならS級冒険者でもギリギリだろう。間違いじゃない、俺以外には。



「確かにあんたは強いな」

「何! 降参か! 命乞いか!?」



「だが、戦場で喚くのは、弱い奴だけだぞ」



 僅かに嘲笑を交えて一言返す。それだけで浮かんでいた気色の悪い満面の笑みが消えた。あるかも分からない血管が切れる音が聞こえてきそうな表情だ。



「弱者が……私に……口答えすんなっ!」

「騒ぐなよ。ガキか」



 使う魔法を氷だけに絞る。炎に割く集中力が無駄だ。それに多分奴は炎で灰にするよりも氷漬けにした方がやりやすい。

 左手で自分を守る固い氷を作り出し、右手でとにかく速く多く氷を作り出す。純粋な魔法の物量戦。これほど大量の魔法を繰り出しても死なない敵は初めてだ。



「たかが十数年しか生きてない人間が、誰に向かって口きいてんだ!?」

「ガキじゃなくてババアかよ。頭の固い老人程厄介な物はない。世代交代したらどうだ? 魔王も若い部下の方が嬉しいだろう」



 荒くなる。どんどん魔法にかける集中力が削れていってるな。動揺し過ぎだ。

 それは、この拮抗状態じゃ致命的だ。


 一撃が軽くなるし、数も減っていく。おまけに命中率も下がっているから最初より遥かにやりやすくなった。


 左手も攻撃参加する。防御は必要ないな。攻撃している氷だけで十分捌ける。


 徐々に俺の魔法が占める領域が多くなってきた。



「なんでだ! さっきまで私の方が優勢だった! 何をした!」

「いや、ただお前が弱くなってっただけだ」



 遂に、やっと奴の指先が凍り始める。瞬間溶かされるがまたすぐに凍る。ほんの少しずつ、亀の歩みのようにゆっくりと、死神が奴の頸に鎌をかけていく。



「嫌、いやだ! 私は、死にたくない!」

「……」



 必死に魔法を放つ。命の危機に瀕してようやく集中力と精彩が戻ってきたが、もう遅いな。離した流れは簡単には戻ってこない。俺が、離さない。



「い、い、いやあぁぁぁぁぁ!」



 後ろを向いて逃げようとするが、それは許さない。一瞬攻撃、防御にかけるリソースが減ったんだ。足を凍り付かせた。これでもう動けない、逃げられない。



 ゆっくりと、危険のない範囲で近づいていく。

 依然まだ奴は無限に抵抗の魔法を垂れ流しているから、街を埋め尽くすんじゃないかって勢いで氷を吹き出しながら、近づく。



「助けて! 見逃して……!」

「何百人も殺した化け物が、今さら何を言う」



 地面にへたり込んだ不死王の膝辺りまでもう凍り付いている。



「私を凍らせても、魔法を放ち続けるわよ! 私を凍らせても、無駄よ!」

「確かにそれじゃお前は死なないが……意識を断てば魔法は使えないだろ」



 泣き顔から絶望の表情へと変わる。

 俺は勝利を確信したが、別に笑えない。ただ、無表情だ。



「こんなことして、何が面白いの……」

「面白くない」

「いや、いやあ……」



 白い息を吐く。意思と知能のある魔獣を殺すのはどうも苦手だ。昔から。いくら同情できないことをしていても嫌な感触が残る。魂が穢れる。そして多分この穢れは、一生取れない。殺す責任とはそういうものだ。


 それを感じないやつは、やっぱり人間ではないだろう。責任をもって殺すべきだ。



「随分と惨めで呆気ない最後だな」

「いあ――」



 口を塞ぎ、頭の上まで凍らせる。戦える奴が呼吸無しで意識を失うまでおよそ五分。

 内側から必死に氷を破ろうと抵抗する奴を、氷を作り、強化し抑え込む。



 そして、抵抗はなくなった。



「俺の、俺たちの勝ちだ。化け物め」



 ★ ★ ★



 不死王の魔法で瓦礫に突っ込んで、何とか戻ってきたのに……終わったのか?


 ふわりと地面に着地する。



「アーロン! 生きてたか!」

「ああ、まあ、何とか?」



 で、これは何だ。どういう状況だ。説明してくれ。なんでいつの間にか氷漬けにされてるんだ。流石にアリスの魔法じゃないだろ。



「無事だったか。紅桜の息子」

「ええ。あなたが……」

「ああ。強敵だった」



 直後、わしっと頭を掴まれ強引に振り回される。



「本当によく、戦ってくれた」

「結局魔術師さんが倒したんですけどね」

「だが、この怪物を抑え込んでたのは間違いなく君たちだ。胸を張れ」

「……はい!」



 実感はない。他の所はどうなってるか分かんないけど、不死王は倒した。未来は変わったはずだ。なあギルド長。



「まずは治療だ。連れて行こう」

「「「「ありがとうございます」」」」



 取り敢えず俺たちは、俺たちだけは、勝ったんだ。

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