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九話 『卒業、そして旅立ち』

「よっしゃぁぁぁ!!」

「うん、百点だ。お疲れ様、アーロン!」



俺はこの馬鹿訓練で、やっと!やっと重力魔法を使えるようになった。来てから1ヶ月半……長かったぁー。心が何回折れそうになったか分かんねぇ。



上に上がると、リザさんが声を掛けてきてくれた。



「お、雄叫びが聞こえたけど、遂にかい?」

「ああ、遂にだよ。」

「早いもんだね~。私来てから一日しか経ってないよ?」

「痛みの力だな。」

「確かにそうですけど、もう懲り懲りですよ。」



あんな痛いの二度としたくない。



「確かにねぇ~。重力魔法の訓練、私も見てたけど中々鬼だもんね~。」

「他の魔法とは一線を画すレベルだからね。強さも、扱いにくさも。」

「でも空中浮遊だけじゃ戦えませんよね?」



そう、今日の段階で俺ができるのは宙に浮かぶことぐらいだ。戦闘には使えない。



「もちろん。だからこれからが本番だよ。卒業はまだまだ先だよ~!」

「また崖ダイブですか!?」

「安心して、それはないわ。普通の戦闘訓練よ。」



よかったぁー!超絶ホッとしたー!



「今日はご馳走ね!」

「私頑張るわ!ちょっと狩りに行ってくるから二人で先に戻っててね!」

「家には……。」

「上がれるでしょ!リザを抱えながら上に上がってね!魔法で!」



そうだ、俺、上れるようになったんだ!感動なんだけど。



「分かりましたー!先帰ってますねー!」

「アン~!頼んだわよー!」

「師匠に任せなさーい!」



いつか、師匠と一緒に狩りや戦闘ができるぐらい強くなれたらいいんだが。



★ ★ ★



「帰ったわ。」

「お、こっちも料理の準備は万端だよ。」



師匠は両手に抱えきれない程の量の肉や野菜を宙に浮かせながら持ってきた。重力魔法ってホント便利!



「俺も料理手伝います。」

「いいの、本日の主役は座ってて。こう見えても私、料理得意だから。」

「どうしても暇だったら魔法の訓練してな。イメトレでも効果あるから。重力魔法のコツを掴んだらあとはイメージが物を言うから。」

「はいっ!」

「じゃあパパッと作っちゃいますか。」

「うん。」



もの凄い手際で肉を切り、野菜を刻んでいっていた。



1時間経過。



「ご飯できたわよ!」

「おおっ!」



すごい、豪華だ。魔物の肉のはずなのに、調理の加減のお陰でめっちゃ美味しそう!キラキラしてる!



「リザの料理技術、凄いでしょ。」

「ええ!凄い美味しそうですリザさん!」

「実際美味しいわよ~。じゃあ、食べましょうか!」

「「「いただきます!」」」



騎士団長の息子で、いっぱい高価で美味しいものを食べてきたはずなのに、今までに食べた中でダントツで一番美味しかった。



★ ★ ★



朝だ、師匠曰く今日から魔法を使えるようにする訓練じゃなくて、使う訓練をするらしい。



「じゃあ訓練始めるよ。」

「はいっ!」

「まずアーロンがマスターする重力魔法は、体の重さを変えること。」

「……つまり、軽くして速く動けるようにするってことですか?」

「そう、それに加えて攻撃の瞬間に攻撃する部位を重くする。」

「すると超速度で超重量の攻撃ができるから強い威力が出るってことですか?」

「その通り。極めれば鉄球をぶんぶん振り回して叩きつけるのより強い威力が出る。岩なんて簡単に粉砕できるよ。」



それを肉体で出せるってかなり馬鹿威力だな。しかも高速だから攻撃の回避にも最適だし。



「割と簡単に使えるようになるんですか?」

「まーね。基本ってところかな。ただ最初ほど難しくないよ。空中浮遊を使えたら何でも使えるよ。」

「頑張ります!」

「その意気や良し!」



師匠によると、まず体の重力を0に近くする。0だと無重力になるからダメ。限りなく軽くする、けど地面から離れない程度に。



そして、パンチなら手を、蹴りなら足を、攻撃の瞬間に最大まで重くする。すると速度はそのままで超重い攻撃が繰り出せるらしい。空中浮遊ができるから自分の重力を軽くするのは出来るのだが、自分を瞬間的に重くすることが中々難しい。



「当たる瞬間じゃないと速度と精度が落ちるから、一瞬で、ね。」

「はい!」



瞬間的に、重くする!



そして次のステップは、その魔法を戦闘中に流れるように、息をするようにやらなくては意味がない。しかも戦闘の技術がないと話にすらならない。



いつもやってた戦闘訓練に魔法を全力で加えて手足をぶんぶん振り回す。日を経るごとにどんどん無意識に、どんどん重く出来るようになっていった。頑張れ俺!もちろん日課のランニングとお手玉も忘れない。最近は6個まで出来るようになった。師匠に、「宴会の主役になれるね!」って言われたけど嬉しくねぇ。



そんな日々を過ごしながら、怪我して来てから2ヶ月半。季節はいよいよ暑く、夏に突入だ。



★ ★ ★



ある日の夕食時だった。



「今日のご飯なんですかー?」

「久し振りにホーンラビットのトマト煮よ。」

「大丈夫!私が作ったんだよ!」

「だったら安心ですけど。」

「なんで私だと信用できないの、アーロン?私料理下手じゃないよね!?」

「……なんででしょうか。」

「「知らないよ!」」



「じゃあ食べましょうか。」

「「「いただきます。」」」

「ん~、やっぱリザのご飯は美味しいわね~、魔物なのに。」

「アンが狩ってこないと作れないけどね~。……どうしたの?口に合わなかった?」

「……いえ、リザさんの料理でもホーンラビットに抵抗があるのはどうしてでしょうか。」

「大丈夫だよ、アーロン。君は以前の君じゃないから。あの時の様にただ喰われるだけの獲物じゃないよ、少なくとも抵抗はできると思うわ。」



なぜか師匠とリザさんが意味ありげに目配せしたような気がする。



「アーロン、ちょっと待っていてね。」



そう言いながら師匠がガタッと椅子から立ち上がり、家の奥の方へ行く。マナーにうるさいリザさんも何故か何も言わない。



少しして師匠が何か大きな包みの様なものを持ってきて戻ってきた。なんだ?



「君。」

「何でしょうか、師匠。」



いきなり君っすか?とは深刻そうな雰囲気なので言えない。何の話だろう。



「君は自分が強くなったのを自覚しているかしら?」

「…………??」

「普通の人はね、15歳で魔法を貰った瞬間に誰かに教わることで、すぐに強くなったと自覚するのよ。」

「はい?」



んん?何の話だ?



「それを君は貰った瞬間には感じとれず、遂には家から飛び出した。」

「……そうですね。」

「しかし、私と出会い、君は魔法が使えるようになったわね。戦うって選択肢を選べるようになったわ。」

「はい。」

「それは君が、君自身が!自分の力で勝ち取ったものよ。普通に少しの努力で使えた魔法とは違う。苦しみも、痛みも、もどかしさも、全部受け入れて、乗り越えて、君が掴んだ最強の魔法よ。」

「……はい!」

「そこで最初の質問に戻るのよ。君は自分が強くなったのを自覚しているかしら?」

「まあ、少しは。」

「もっと自信を持ちなさい。私とリザの見立てではあなたは新人冒険者として十分すぎる力を持っているわ。」

「そんなですか?」



冒険者って、戦闘系の魔法を得た子供が成るやつだろ。俺なんか。



「ええ。そして君は、なぜ私が君を育てたか覚えているかしら。」

「確か……、俺が戦えるようになるため……でしたっけ。」

「その通りよ。そして今、君は十分に戦える。」

「…………?……!それって!」

「察しの通りよ。卒業よ、私のところから。」



突き放すような言い方なのに師匠が、苦しんでいるように感じる。てか、俺は、まだここに居たい。



「ええっと……もう……ですか?」

「ええ、もうよ。私が教えられることはまだ山ほどある。だけどね、君にはこの鳥籠の中じゃなくて、大空で羽ばたいてほしいのよ。これは卒業祝、受け取って!」

「あ、ありがとうございます。」



師匠が差し出してきた包みを開けると……。中には、師匠と同じ、真っ赤なローブと、手袋と靴が入っていた。



「これは……?」

「まず、深紅のローブね。それは私と全く同じのよ、師弟だからね。ちなみにもう一つ意味があるけど……それは君が強くなったら分かるわ。」

「気になることをいいますね。そしてこの手袋と靴は?」

「それは手と足を守るためのものよ。君の魔法だと手や足も、もの凄い傷つくからね。思ったより頑丈だから安心して。しかもその靴は魔導具で、振動破砕っていう、攻撃の瞬間に靴が微細振動することで威力を増大させるっていう効果付きだから。」

「凄い物なんですね。」

「リザが作ったのよ。」

「そうなんですか?!」

「私そういうのも得意なの!」



凄すぎんだろ。料理と治癒以外も何でも出来んのか。



「それを着けて、明日の朝出発しなさい。」

「もう少しもいてはいけないんですね。」

「ええ、……君の居場所は、ここじゃない。」

「…………分かりました。もう寝ます、お休みなさい。」

「「お休み。」」



ベッドに潜ったままこの2ヶ月半を思い返す。ああ、何か……胸にポッカリと穴が空いたような気がする。残念……とはちょっと違う。この気持ちは何なんだ。



★ ★ ★



「朝よ~!起きて~!」

「んん~、おはようございます。」

「ん、おはよう。」



朝御飯を食べ終えて、無言のままローブを着て、手袋を着けて、靴を履く。旅立ちの準備だ、巣立ちと言った方がいいかもしれない。師匠とは何の会話も出来なかった。



「アーロン君。」

「リザさん。あ、この1ヶ月、本当にありがとうございました。」

「あ、どういたしまして。でさ、そんなことよりも、アン、師匠とお話ししなくていいの?」



妙にグサッと心に刺さる。



「何か、何話したらいいか分かんなくて。」

「まあ、君のペースでいいと思うよ。ただ、次に会うのはいつか分かんないんだし、思ってることぐらいは、伝えたら?」



この人は、心を読めんのか。俺の心の奥にその言葉が響く。



「ええ。」

「それでよし!」





「では師匠、そろそろ出ます。」



師匠にそう声をかけると、寂しそうな顔で師匠が笑う。



「そう、送るわ。」



下に降り、2ヶ月半過ごしてきたツリーハウスを見上げる。師匠とリザさんも下に降りてきて、俺が出るのを待っていてくれている。何故だかリザさんの言葉が頭をよぎる。そうだ、何考えてんだ俺、最後ぐらい、笑顔で、ずっと思っていたことを!



師匠たちとは20mぐらい距離が空いている。俺は、笑顔で、大声を出して――



「今までありがとうございました!いや、ありがとう!()()()!」



リザさんはふっと優しげに笑ってくれている。草原に一陣の風が吹き、師匠のフードがめくられ、ずっと見えなかった顔が露になる。



「やっぱり。」



そこには、記憶の中と変わらない、母さんの顔があった。



それを確認して、くるっと覚悟を決めて前を向く。言いたいことは言えた、満足だ。



「元気でねー!アーロン!」



後ろから師匠、いや、母さんの声が聞こえる。その声に大きく手を振って返事して、俺はここを今日、卒業した。



★ ★ ★



「よかったの?もう卒業させちゃって。二度と会えないと思ってた息子ともうちょっと一緒にいたかったんじゃないの?君って呼んでたのも、名前を呼んで未練を残したくなかったからでしょ。」

「いいの、あの子の居場所はもっと広くて楽しいところよ。親なんて、そこまでを支えて一番楽しいところは味わえない、損な役なんだから。」



そんな切ないことを笑顔で言ってしまうアンは昔から変わんない、ずっとこんな、ちょっと切ないところがアンらしいと言えばアンらしい。



「会ったときに母親だって伝えればよかったのに。」

「……多分それだと、私があの子を立派に育てられなかった。あんな痛くて苦しいことは出来なかった。後悔はないわよ。」

「そう。」



ならなんで寂しそうなの?なんでそんなに泣きそうな顔をしているの?



「でもね!明かさないつもりだったのに、覚悟してたのに、ありがとう、母さんって言われた瞬間、よかった!って思えちゃった。その一言でどんなことも吹き飛んじゃうわ。」



笑っている。別れの時も、笑っていた。笑顔で別れたいって言ってたよな。この笑顔は嘘じゃない、なのに、角度を変えたら泣いているようにも見える笑顔。



「……そう、よかったわね。もう中に入ろう。しとしとと寂しい、暖かい雨が降ってきたわ。」

「雨なんて降らないわよ。丁度あの子が困らないように晴れの日を卒業にしたんだから。」

「いや、降ってるよ。今も、2ヶ所で。」



あなたの心の中と、あの子の。自分で気づかないのも、アンらしい。

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