七席の魔術師~エピソードオブハウル
七席の魔術師の下巻のとあるストーリーの導入部です。
パソコンのCPUが吹き飛んで途中データがなくなったのでとりあえず意思表示で下書きのこってたこれを投稿しておきます。
二つの星が空を貫いたとき、すべてが止まった。
全身を駆け巡るのは高揚感だ。
確かな記憶が指先まで一気に目覚めた。ああ、これが本当の自分なんだと呼吸と共に吐き出される。
なぜならば、いままでが窮屈だった。もっと早い段階でこの姿になることが出来ていれば苦労もなければ楽しむことも出来たはずだったからだ。
爆発する力を支配する。騒音がピタッと止まり感覚が研ぎ澄まされる。
心地よい。
一歩進みながら、ナーガは自然と周囲に目を向けた。荒れ果てた大地に不規則に生える岩石の牙が行く手を阻もうとしている。
それが消える。サラサラと砂のように流されていく。触れることもなく、何かをすることもなく道を開けるように世界が示してくれる。それをごく当たり前のように進む姿は誰が見ても異質だっただろう。
こんな存在は誰も知らない。
化け物なんて言葉も不適切だった。
誰かが言った。記憶の外堀に追いやった言葉だ。意味がないから捨て去ったとも言える。でも、本来あるべき姿、この世界で生きた時間がその意味が大事なものだということを教えてくれた。
理の導。世界に存在するたった七人のみが行使出来る特別なこと。
力を感じる。肌に当たる風のように穏やかなものが鋭くなる。
目前にはベルフォニカがある。かつての自分がたどり着き終わらすことのできなかった最終目的地がある。最後の敵がいる。
その手前に懐かしさがある。距離はまだ遠い。でも、解ってしまう。完全開放状態になった自分の人生がこの世界でやり残しがないように導いてくれている。
「そうか・・・・・・」
きっとこの声も聞こえているはずだ。
相手の鼓動がそれに応えてくれる。
「楽しむ時間がないのが残念だ」
口元が少しだけ緩むもすぐにピタッと直る。感謝はある。贅沢な悩みだと思う。それほどまでに記憶に残る事だった。
「肉体状態は戻っているな、手持ちの武器もクソジジイに調整してもらったんだろう。いいリズムだ」
『この国には感謝しかない』
相手からの声はルーによるものだろう。視認できない距離でも彼女の力なら隣にいるように聞こえてくる。
『肉体の最盛期から半世紀。諦めていた剣をもう一度握れるようになったこと。そのための導きに私は感謝しかない』
「同感だ」
『変わったな』
「自分でもそう思う」
『その言葉が出てくるだけでお前の歩みが正しいものだということがわかる。その言葉の重みを理解していると私には伝わった。いい人と出会えたんだな』
「ああ、どいつもこいつも弱いくせにお節介な奴らだった」
でも。
「その隣の奴らも含めて根性だけはあった。精一杯。限界を口にしても乗り越えようとするところだけは褒めてたさ」
まさかの言葉に空気が震えた。
見えなくてもどんな姿でいるのかよくわかる。すすり泣く声が聞こえてくる。
『もう会えないの?』
「そうだな」
小さな嗚咽を含んだ声だった。それに淡々と答えるのは普段の彼だった。
「俺の目的はここだ。それまでの時間つぶしにあの場所にいた。ルーンザルクに乗った時点で俺の旅は終わりに近づいていた。だからここでさよならだ」
『ありがとう』
「そういうのは目を見て言えよ」
少しだけ歩を早くする。自然体でも超強化された視覚に輪郭がぼやけながらも映っていた。
『そういうところは変わらないのな』
「さっきから小言がうるさいぞ。文句があるならハッキリ話せ」
『文句じゃない。感謝だ。あの日出会ってからこの瞬間までの日々に俺達はお前に感謝してる』
「気持ちが悪い」
面と向かってはいがみ合う。肉体年齢でいえば同じ年を生きている。時に縛られたこの肉体でなければ出会うことのなかった者たち。
あの日窓の外から見た景色。
殺戮と血風に彩られた世界の片隅に存在した【普通】の世界。縁のないものだとずっと思っていた。
内側から外側へ。
胎動するように大気を打ち付ける。変化はすぐに足下から起きた。
死んだ大地を歩む者の軌跡の小さな変化。足跡の形に色付いた緑色の草は三千年前にこの世界から消滅した自然の姿だ。
「本来あるべき姿に戻るだけだ」
虚空に言って体内に留められていた魔力が足を伝って大地に流した。
きっと多勢の人間は信じないだろう。これから起こることがたった一人の人物によってもたらされた事実であることを。
しかし、一部の人間は信じるだろう。この結果を起こしたのがたった一人の人物によってもたらされた歴史であることを。
ナーガを中心に緑が急速に広がる。筆で絵を描くような豪快な変化だった。岩石は風化して同じ高さの木々が生まれた。青々しい立派な色あいだ。
空気が変わる。
世界を破壊し続けた嵐などなかったように肺を満たすこの感覚が懐かしい。
限定空間でしか体感できなかったものがこうして蘇った。
橋が見えてその先と脇に待ち人が立っていた。
グランデ・ファスト。
シャドウ・トワイニング。
トーラル・ドラド。
そして、サルヴァン共和国元最強の一角【護剣】の名を冠するレイリー・ウルヴァス。
「久しぶりだ、ナーガ」
「ああ、そこまで若返っているのは嬉しい誤算だ、レイリー。もうチャンスはないと思っていたからな」
「皇女様が慈悲を下さった。ガラディーン様が、タスラム様が、エクスダイン様がいまの私を作ってくださった」
「珍しく、いい意味で裏切られた気分だ。オヴェリエが協力するとはな」
「お前と同じく才に溢れた素晴らしい方だ。だからこそお前は生かしたのか? 昔のお前なら生かすことなどしなかったと私は思ったほどだ」
生来の腕はいまは人工の腕へ。だが、その器用さは本来の物以上の精密さを持たれていると思った。
「そんなことは忘れた。まあ、この先で待っているのなら会いに行こうとは思っている。そういう約束をしたことだけは覚えている。裏切りの烙印なんてどうでもいい。俺とアイツの関係性はこれ一本で十分だ」
己の武器を眼前に構える。
「これ以上言葉はいらないな」
笑って、消えた。
心中線を守るように縦に動かすと同時に顔と横腹の当たりに左右から衝撃が加わった。ビリビリと一瞬伝わってからピントが合うように姿を見せた。
サルヴァンの王宮でも同じことがあった。
その時より幾分か楽しめそうだとは口には出さなかった。
ユニバース刀剣技、双刀剣戟、極影式、赤貂。
「技の精度が上がったな」
「お前のための時間だ。存分に楽しんでくれ」
ユニバース刀剣技、双刀剣戟、流操弐式、閃荊。
ユニバース刀剣技、双刀剣戟、流操伍式、鎚鉄。
密着状態からの流れるような変化は見事以外言葉はない。レイリーの武器は小太刀と脇差の中間くらいの独特な長さの刀剣を二振り。二刀流といえば聞こえはいいがレイリーもナーガも二刀流とは考えていない。戦いは常に変化する。この片方が消えただけで戦力が落ちるなんてあってはならないからだ。それにこの世には武器形状や刃長を変化させる造形魔術が存在する。だから武器自体に意味はない。
鞭のようにしなる腕から鋭い斬撃と逆手に持ち替えての柄尻で急所への打突。
あまりに早すぎる攻撃に普通なら対応は不可能だった。
「だったらその体ここで使い果たせ」
それ以上動かせなかった。心の底で慢心もしていない、一撃を与えるだけでいい。渇望するそれが通用しない。
片方は指の間に、片方は指の先で。肉体強化はされていない。ただ純粋な魔力が外に垂れ流しにされているだけの余剰分が分厚い鎧となって立ちはだかっていた。
「世界は広いな」
その言葉と同時にレイリーは空に蹴り上げられた。目下、垂直に足を上げているナーガの杖が黄金に輝いた。
造形魔術、武装変化、カンバス。
杖は一本の刀剣に変化した。そこから身を捻りながら跳んだ。
ユニバース刀剣技、天目一点、天元自在式、風磊刃。
一点集中型の風の刃を飛ばす秘剣の一つ。同類にオヴェリエの得意とする風鎌が存在するがあれは一段階変化に対してこちらはナーガの技量によって何段階も変化する。
同門でも免許皆伝の域に達していなければまず避けれない。さながら追尾魔術と同じなのだ。
されどレイリーはナーガの師。収めている流派もまた同じ領域。何段階変化することも見れば抜ける。
ユニバース刀剣技、天目一点、天元自在式、飛天。
ユニバース刀剣技、金剛招来、火天の極、火迅。
両腕が一瞬で盛り上がり、武器から炎が吹き荒れ赤く染まる。変化のない刃を足場に空中を連続で跳び風磊刃が変化する前に側面から殴り裂いた。
「そろそろ時間だ」
耳元で声がした時には全身が地面を走っていた。止まった時には自分を見下ろす三人の姿だけがあった。
立ち上がるとナーガは一人構えていた。ナーガ自身が生み出したユニバース流派の奥義だ。
ユニバース刀剣技、最終奥義、神鳴、神槍一突。
「・・・・・・かなわないな」
数度の攻防で実感した絶対的な力の差。これがナーガの本気だと嬉しい反面、応えきれない自分の力に悔しさを感じずにはいられない。
立ち上がり、得意の構えで呼気を整える。
護剣と呼ばれる自身の本来の戦い方は完全な後の先。結果だけ見れば綺麗な死体が生まれるだけで陰では暗殺者と揶揄されたりもした。絶対的な自信が技に反映されても素直には喜べなかった。
だが、違ったのだ。
ナーガに出会って理解した。喜べなかったのは戦う相手の技量が足りなかったからだ。撃ち合うことなく、ただの一撃で終わってしまう。まだ剣を握った頃のような戦いの鼓動が極めたら失われた。
剣士として死んだのだ。
ユニバース刀剣技、双刀剣戟、最終奥義、水薙、青天龍昇破。
息が白く靄のようにレイリーを包み込む。守り特化の水の極致は全範囲どこにでも踏み込んで切り上げる事が可能だ。実態を掴ませないのは下より突き上げられるという感覚は剣士からは想像できないことだ。それほどの衝撃を返し技で相手に与えるのはやはりレイリーもまた選ばれし者なのだろう。
リン、と頭の中で音がした。
道場に乗り込んで門下生となった日の記憶。
出鱈目の剣筋が数度の振りで整えられ、全剣士が何年もかかる秘技を数刻で会得する。呑み込みの早さと肉体に刻まれた覚え用のない記憶が全容を掴ませる。そうしてすべてが終わった後に心地よい表情をしているのを思い出させる。
きっとあれは夢だった。
そう感じた。
レイリーの足下まで自然が戻されたとき爆発音とともにナーガが消え、踏み込みに耐え切れない石橋が崩れていった。ゆっくりとした時の中でいまもまた心地よさを感じている。
そして、人生が体を突き動かす。
目視は不可能。だが、そこにいるのはわかっている。
ナーガの動きは一直線の刺突。ただ、避けられることが出来ない速度だからこその必殺だ。
二本を合わせて重みを感じたところでほんの少し横に逸らしたかった。
「悪いな、この技は一度破られてるから改良させてもらった」
声がした時、レイリーの目には三方向から迫る黄金色のナーガの姿。
ユニバース刀剣技、双極強化、天元自在式、最終奥義、神鳴、神槍一突。
「お前はそういう男だった。だからこそ悔いはない」
一直線の刺突とバレているなら本命がわからないように同時攻撃に変えればいい。考えるのは簡単でも実際に発想を現実にしてしまえることが戦闘の天才と言われる所以であった。存在感を強化し、自分の気配を色濃く走らせる。
刃が砕けレイリーが吹き飛ばされた。それを三人が追おうとしたところで足が動かないことに気づいた。
魔縛り。
魔力量が多い者が近くにいる場合に起きる一種の魔力汚染。
本当に目の前の人物が自分たちの知っている者なのだろうか。
「レイリーなら生きている。だから、あとはお前たちだ」
確かめなくてはならない。
これが意味するものがなんなのか。
これが最後だ。すべての思いを乗せて三人は飛び出した。
お仕事が落ち着かないと続きが書けないのであまり期待しないでください。
1日1ページとかも無理なんです。