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9 図書館に通いたい

 母と二人で台所に立っている。


 今夜の献立は炒めた野菜を具にしたオムレツ、芋のスープ、豆の煮物、スパイスをきかせた羊肉の炒め物だ。今夜はイーサン一家と食べる。




「アレシア、お買い物ありがとうね。王都は楽しかったかい?服は買えたの?」

「王都は楽しかったし服も買えたよ。イーサンはいい子で可愛かった!」

「そう。それならよかったわ」


 両親は新しい農園を整備するのに忙しい。雨のおかげで作物の生育は順調だ。



「今日、古くからこの辺りに住んでる人たちが農園を見に来たわ」


 鍋をかき回していた手を止めて母を見た。


「何か怪しまれなかった?」

「大丈夫よ。夜に降る雨は神のお恵みだってみなさんが言ってたわ。野菜と果物をお土産に渡したら喜んでくれたの」

「そっか」


「それにほら、雨のことなら、ここに越してからはお前が馬車で寝ることもあるから」


 そう。毎晩欠かさず雨が降ることを避けるため、週に二、三度は屋根付きの荷馬車に私が乗る。早い時間に離れた場所で眠ったり、逆に遅い時間に何時間か荷馬車でゆっくり移動してもらいながら眠ったりしている。


 いま、私が降らせる雨の範囲は直径千七百メートルくらいらしい。雨の範囲が広いから、馬車と雨を結びつけられる事はないはずだ。ただ、父とナタンおじさんは週に一度は睡眠時間が減ってしまう。父もおじさんも「気にするな」とは言ってくれているが。





 鍋を火から下ろす。母にお願いがあったのを思い出した。


「ねえお母さん、農園にサンザシの木を植えたいんだけど、いいかな」


 図書館の近くにサンザシ飴の屋台が出ていた。真っ赤なサンザシの実を細い串に刺して飴をかけたサンザシ飴は、パリパリの甘い飴と甘酸っぱいサンザシの味が癖になる美味しさだ。前世、私の大好物だった。侍女にこっそり買ってきてもらって食べていたのを懐かしく思い出したのだ。


 

「サンザシ?いいけど、どうして?」

「屋台のサンザシ飴を見たの。美味しそうだったけど、お金が足りなかったから買えなかったの」

「サンザシ飴……懐かしいわ。母さん、子供の頃好きだった。母さんの家はとても貧しかったから、年に一度お祭りの時にだけ買ってもらうのがすごく楽しみだったわ」


 そこで母が急に悲しそうな顔になった。


「アレシアは八歳までずっとあそこで暮らしてたんだものね。王都のお祭りもサンザシ飴も知らないんだったわね」

「これからお祭りもサンザシ飴も楽しめるよ。だからそんな顔しないで、お母さん」


 

 私は今世の両親に感謝しかないのに!



 そんな会話をしていたらドアがノックされた。イーサンたちだ。

「こんばんは。おじゃまするよ」

 ナタンおじさんが先頭で入ってきた。さあ、楽しい夕食だ。





「アレシアちゃん、今日イーサンの分まで服を買ってくれたそうね。お金を払うわ」

「あらそうなの?」


 おばさんと母が私を見ている。


 思わずイーサンを見ると『安心しろ』というように私に小さくうなずいてる。図書館のことは言ってないんだね。お姉ちゃんのせいで面倒くさいことさせてごめんね。図書館のことは今、言うからね。


「イーサンの服も買ったよ。二人で買った服を着て図書館に行ったの。それでね、これから時々図書館に行きたいの。お金がかかるからその分、今よりもっと働くから。行ってもいいかな」


 大人四人がぽかんとしている。文字も読めない子供が図書館で何をするのだと思っているのかな。


「私ね、勉強したいの」

「いいよ」


 父が即答だ。何も聞かずに許してくれるとは思わなかった。


「いいの?」

「ああ、いいさ。農園は順調で俺たちは腹いっぱい食べることができてる。少しずつ貯金もできてる。図書館の利用料くらい心配するな。アレシアが勉強したいならすればいい。それより、お前は字が読めないだろう?」


 その質問は予想していた。


「図書館には子供向けの本もあるの。まずはそれを読んで覚えるから。それに、絵で説明している本も沢山あるの。だから大丈夫。図書館に行くのを許してくれてありがとうお父さん!」


 ああ、なんて良い親だろう。私にはもったいないくらいいい親だ。

 そこまで黙って聞いていたイーサンが立ち上がった。


「どうした?お代わりか?」

「イーサン、ごはんの途中よ、座りなさい」


 おじさんとおばさんが声をかけるけど、イーサンが立ったままプルプルして私を睨んでいる。なに?


「俺も図書館に行きたい。アレシアと勉強して字を読めるようにするから、俺も図書館に行かせて!」


 なぜ親に訴えながら私を睨むのだ。ほっぺがぷっくり膨らんでるけど。字か?自分だけ字が読めないのがそんなに悔しかったのか?可愛すぎるよイーサン。


「いいわよイーサン。いつも農園の仕事を頑張ってるものね」


 ベニータおばさんが笑顔で許可した。




 


 私は記憶の箱が開いた日からずっと『前世の記憶を持って生まれた理由』を考えてきた。


 前世の戦争で、あんなにたくさんの命を奪った私が地獄に落ちず、こうして幸せに人生をやり直してる。その理由はなんなのか。

 きっと理由があるはずだ。

 

 


 私が記憶を持って生まれてきた理由は「今度こそ正しい選択をしなさい」ということじゃないかと思う。いや、勝手にそう思うことにした。



 今度の人生は間違えたくない。後悔するような生き方をしたくない。誰かの役に立つ生き方をしたい。


 そのためにまずは図書館で魔法について調べるつもりだ。何かしらのヒントだけでもいい。無自覚に降らせる雨をなんとかしたいのだ。


 


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書籍『砂漠の国の雨降らし姫1・2巻』
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