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8 愚かな王

 この国がラミンブ王国に名を変えてから書かれた歴史書を読んでいる。


 私の処刑後に国王と宰相の娘がすぐに結婚したことと、アウーラが国を裏切った極悪な魔法使いと書いてあることまでは予想通り。問題はそこから五年後だ。


 我が国の民衆が「打倒王家」を合言葉に反乱を起こしたのだ。



 王妃となったサシャは父親である宰相の指示を受けていたのだろうか、積極的に政治に口を出すようになった。その結果、『大洪水からの復興』を名目に新しい法律が次々に施行されていた。


・大幅な増税

・平民の飲酒禁止法

・平民の絹製品の購入禁止法

・平民の金銀製品、宝石類の購入及び所持禁止法

・薬草利用の届出制


 どれもあんまりな法律だった。特に酷いのが金銀宝石の購入と所持の禁止だ。

 買うのが禁止されただけじゃない。平民たちがそれまで所持していた金銀製品と宝石を問答無用で国が没収したらしい。


(洪水で疲弊している国民をさらに痛めつけるような法をこんなに。なんて愚かな)


 平民といえども身を飾りたい気持ちはある。それにこの国では昔から娘がお嫁に行くときは実家ができる限りの金銀製品を嫁入り支度として持たせる習慣がある。


 それは嫁ぎ先のお金に頼らなくても自分が欲しい物を買えるように、戦争が起きたときは手っ取り早くそれらを持って逃げるように、という意味がある。


 本によるとこの没収した金銀宝石の行方が実に曖昧だった。

 国庫に収められるべきこれらの金銀宝石のかなりの量がどこかに消えた。のちの新政権の調査によると消えた金銀宝石は最後まで行方不明だ。


 また、飲酒禁止令、絹製品使用禁止令によって都市部はとても治安が悪くなったらしい。まじめな業者は軒並み破産し、ヤミの業者は酒と絹の違法取引で大儲けしたのだろう。


 薬草利用の届出制も、一度に申請が押し寄せて許可が出るまでとても時間がかかり、多くの病人が薬を手に入れられず、病気をこじらせて苦しんだという。これも少し考えれば予想がついたことだろうに。


 そしてこんな法律ができても金持ちは賄賂を使えばどうとでもできたことだろう。



(これじゃ国が民衆に憎まれて当たり前だわ)


 溜まりに溜まった民衆の鬱憤で始まった反乱は、あっという間に国を飲み込む大波となった。


 正式な裁判を待たずに民衆の手により王族の処刑が行われた。国王一家は斬首刑、重鎮たちとその親族も斬首もしくは撲殺。自国の軍隊は機能せず。


 私が処刑された七年後には政治の中枢にいた者は家族も含めて全滅していた。



 荒れた国内を鎮圧したのは東の隣国バルワラ王国の軍隊だった。自国の軍隊はなぜかそれに従った。事前に話がついていたのだろうか。そもそも反乱自体も上手にバルワラが導いたのかもしれない。


 この国の新たな君主にバルワラ王国の第二王子が着位し、現在もその息子がこの国を治めている。新しい国王はすぐに愚かな法律を廃止した。


(なるほどね)


 私は夢中になって読んでいた歴史書から目を上げ、ため息をついた。



「アレシア、読み終わったの?」

「うん。今日のところはね」

「僕も図鑑を見終わった。もう帰ろう」

「そうね。そろそろ帰ろうか」



 私達は読んだ本を検査係の男性に手渡した。


 男性は慣れた手付きで返した本を全部めくって汚れや損傷がないことを確認すると「はい、いいですよ」と私達が図書館を出ることを許可した。


 イーサンは図書館から出るとすぐに私と手をつないだ。そしてお願いをしてきた。


「アレシア、俺に字を教えてくれない?」

「いいわ。毎日少しずつ読み書きを教えてあげる。でも農園の仕事も頑張ろうね」

「わかってるって」


 私達は近くの屋台でパンを買い、味の濃い焼き肉を挟んでもらった。路肩にいた水売りの少年から水も買って水筒にいれてもらった。二人でのんびりとパンを食べながら歩いた。食べ歩きをやってみたらとても楽しい。


(陛下も贅沢好きなあの女も宰相も、みんなみんな処刑されたのか……)


 モグモグ食べながら歩いていた。イーサンが隣を歩きながら昨日生まれたヒヨコの話をしている。


(あれからたった七年か。王家の権力は私が思っていたほど盤石なものではなかったんだわ)



 もっと最近の世情がわかる本を読みたかったけど、帰らなくては。帰りが遅くなると両親が心配するし、私には時間がたんまりある。だって私はまだ九歳だもの。


 太陽は空の一番高いところから下に向かって移動していた。




「今から帰れば暗くなる前にまだ働けるわね」

「今日は俺が鶏に餌やりするよ」

「じゃ、私はポンカをもぐね」


 私はイーサンと食べながら並んで歩いた。




・・・・・




 十三歳のハキームは水売り屋だ。父親も祖父も水売り屋で、当然のように自分も水売り屋をしてきた。でもこの仕事はどうにか死なずに食べていけるだけの稼ぎにしかならない。将来になんの希望もない仕事だった。


 朝はまだ水が売れないから公園の木の太い枝に寝転がって時間を潰していたのだが、質素な服装の二人の子供が木陰でコソコソと良い服に着替え、図書館に入っていくのを見て興味を持った。


「あの子達、何をやってるんだ?」


 図書館は貧乏人には縁遠い場所だ。貧乏人は文字が読めないし入館料は高い。なのにあの女の子は堂々とした様子で図書館に入り、長い時間出てこなかった。本を読んでいたのだろうか。金持ちではなさそうに見えたのに。


「俺も字が読み書きできるようになりたいけどな。教えてくれる人に払うお金がないもんな」


 だからあの二人が羨ましかった。


 木から下りたハキームは、彼女の髪に飾られていたリボンを見つけた。リボンを拾ってポケットに入れた。赤いリボンは彼女と自分を繋げてくれそうな気がした。



 図書館から少女が出てきたときも水を買ってくれたときも、彼女に声をかけてリボンを返そうと思ったのだが、言い出せなかった。少女が美しかったので気後れしたのだ。


「これ、どうしようかな」


 その夜、水路で水瓶をきれいに洗ったあと、ポケットからリボンを取り出したハキームは、少女がまた図書館に来てくれることを願った。



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書籍『砂漠の国の雨降らし姫1・2巻』
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