56 レハバム
隠し部屋の半分ほどの面積に金銀宝石が無造作に積み上げられていた。財宝の一番高い場所は天井まで届きそうだ。
私たち三人は中に入り、薄暗い中でそれを眺めている。庶民的な腕輪やネックレス、アンクレットもあるしお金持ちのものと思われる金の置物、銀の食器。それらがうず高く積まれていた。
苦悶の表情の遺体は無かった。
・・・・・
「おそらくあれは大洪水の後に民から取り上げた物だろう。集められたあとで行方不明になった分がまるまる王宮に隠されていたとは。なんとも情けない話だな」
渋い表情の国王陛下。逆にとても嬉しそうなのは財務大臣だ。
「陛下、あれだけあれば枯れた井戸までの水路の工事費が賄えます!」
「いやぁ、魔法使い様のお力はまことに素晴らしい」
重鎮たちは大喜びだ。私も靴の中の小石を取り除けて嬉しい。今夜は気持ちよく眠れそう。
会談を終えた私はいつものあっさりしたワンピース姿で農園まで送ってもらおうとした。が、なぜかモーシェ第二王子が離してくれない。エドナ殿下はご予定があるとかでお戻りになった。
「アレシア、もっと悪い気配がするところはないのか?」
「無いと思います」
「えええ。それは残念だな。他にまだあのような部屋があるかもしれないと思ったのに」
残念そうなモーシェ殿下が可愛らしくて思わず微笑んでしまう。
「何をやっている」
やや険のある声がしてマークス王子殿下が近寄って来られた。
「おかえりなさい兄上!先ほどアレシアが隠し部屋で宝物を見つけたのですよ!」
「そうらしいな。報告を受けた。それで、お前は何をやっているんだ」
マークス殿下の視線は私の手首を掴んで離さないモーシェ殿下の手を見ている。
「あ、いや、兄上、これはなんでもありません。では兄上、僕は失礼します」
モーシェ殿下は去り際に「兄上がやきもち焼いてる!」と楽しそうに耳打ちして小走りに去ってしまう。モーシェ殿下……。
「アレシア。給水の仕事で疲れているのに弟妹の相手までさせてすまなかった」
「いえ、隠し部屋の件は私が言い出したことでございますから」
マークス殿下が一瞬眉をひそめる。
「前から言おうと思っていたんだが、アルとして農園に通っていた時の口調に戻せないか?堅苦しすぎる。嫌か?」
「嫌ではありません。ただ、農園の娘が気楽な口調で会話していたら批判されますから」
「そうか。気苦労をかけるね。それなら貴族や使用人に何か言われた時は私の名前を出すといい」
前世、中の下くらいの貴族の娘だった私は、魔法の腕前を見込まれて八歳で王宮に入った。子供が厚遇されたものだからずいぶん虐められたり嫌がらせをされたりした。相手は女性に限らない。男性もいた。
そのうち私の力が知れ渡り王の婚約者になってからは何も言われなくなったが、その時学んだのは「おとなしく我慢していると嫌がらせは酷くなりこそすれ収まることはない」だった。最初が肝心なのだ。「こいつは弱い」と思うと図に乗るのが虐める側の定石だ。
「アレシア?どうした」
「いえ。なにかありましたら、そのときはお名前を使わせていただくかもしれません」
「ああ、そうしてくれ。その時は必ず相手の名前を私に知らせてほしい」
でもマークス殿下とお会いするときは大体がローブにベールの魔法使い仕様なので何も起きない。問題はエドナ殿下と平民の格好でお会いする時だ。今まで何もなかったのが不思議なくらいなのだ。
その事件は、この話し合いからしばらくして起きた。エドナ殿下とのお茶会という名のおしゃべりを終えた帰りだ。
その男は何か気に入らないことでもあったのか、顔を歪めてブツブツ言いながら前方から歩いてきた。そして私に目をつけた。
「おいお前、そこのお前だよ。お前、平民だよな?日に焼けてるから農民か?なぜこんな王宮の奥まで入り込んでいるんだ?」
「レハバム様」
少し離れて私を送ってくれていたエドナ殿下の侍女さんが止めようとしてくれた。
「お前に話しかけたのではない。引っ込んでろ!」
この人、なぜ侍女さんが私の近くにいたか考えないのかな。
「おい娘、答えろ。なぜ農民がここにいる」
「呼ばれたからです」
「なんだ?その生意気な口の利き方は!呼ばれただと?嘘をつくな。物珍しさで入り込んだのだろうが。農民ごときが!」
「尋ねられたから答えたまでです。嘘はついてません」
その男の横暴すぎる態度に腹が立ったからわざと男と視線を合わせ顎を上げて答えた。やれるものならやってみろ、という気持ちで。
パン!という音と同時に左頬に熱い痛みと衝撃が来て私は床に倒れ込んだ。
恐ろしくはなかった。この手の男は殺すだけの勇気なんて持っていないからだ。だがこういう輩は看過できない。害虫は成長しても益虫にはならない。大きな害虫になるだけだ。
床に倒れたまま私が侍女さんにうなずくと、侍女さんは驚くべき速さでエドナ殿下の部屋に向かって走って行った。男は私の襟首を掴んで立たせるとまた左頬を叩いた。馬鹿な男だ。侍女さんが走って行ったのに。今はまだマークス殿下の名前は出さない。出すものか。このまま図に乗って暴力を振るい続ければいい。
すぐに鬼の形相のエドナ殿下が走っていらした。二人の衛兵も一緒だ。私はレハバムに襟首をつかまれ乱暴に揺さぶられているところだった。
「やめなさいっ!」
レハバムは急いで襟首から手を離した。殿下は駆け寄って私の赤く腫れている頬を見るなりかしこまっているレハバムを怒鳴りつけた。
「私の友人を殴ったわね!!」
「えっ?いえその、この者が生意気な口を」
「アレシアちゃん、何をされたの?」
「なぜここにいると聞かれたので呼ばれたからと正直に答えましたが、嘘だと言われて殴られました」
「衛兵、レハバムを地下牢へ。私は父上に報告します」
「そんな!殿下!どうかお許しを!わたくしは何も存じ上げなかったのです!」
エドナ殿下は拘束されたレハバムを睨みつけた。
「そうね。私もあなたが愚かなのは知っていましたがここまで下劣な人とは知りませんでした」
そうおっしゃってから顎でクイ、と衛兵に合図をなさった。がっくりうなだれたまま連行されて行くレハバム。私はお礼を述べて帰ろうとしたけど許されず、エドナ殿下のお部屋で顔を冷やすことになった。
「レハバムは財務大臣の次男よ。親が出世してるからって図に乗っているんだわ。許さない。絶対に許さない。死刑にしてやるから!」
王女殿下大激怒。でも死刑はやりすぎです。
「私もあまりの感じの悪さに少々生意気な態度をとりましたので」
「そのくらい当たり前よ!頬、青くならないといいわね」
「なっても別に。すぐに治ります」
「いいえ。しばらく残りそうよ」
絹の切れ端を当てたら一瞬なんです。言えずにご心配をおかけしてごめんなさい殿下。





