51 登録
私が自由に水を出せるようになった翌日、マークス殿下とギルさんが農園にやって来た。
「アレシア、王宮に来たと聞いて心配して来たんだが」
「アレシアちゃんの様子がおかしかったと報告したら殿下が心配しちゃってね」
殿下がギルさんをジロリと睨んだけど、ギルさんは気づかないふりをしている。
「えーと、エイタナさんのことで尋ねたいことがあったんです。でももうそれはいいんです。私からも殿下にご報告したいことができました。私、魔法使いになりました」
「……ええと、魔法使いになった?」
「昨日、突然自由に水を出せるようになったんです。なので国に魔法使いとして登録の届け出をしようと思います」
「登録するのはわかった。水を出せるとはどのくらいの量を出せるんだ?」
「んー、多分ですけど、相当な量です。お見せしますか?」
「あ、ああ、頼む」
私と両親、殿下とギルさんの五人で外の荒れ地に向かった。
「では、お見せします。……水よ、現れよ」
両手を挙げて唱えるとあの音と共に大きな水塊が空中に現れた。意識して水塊を球形にしてから殿下を見ると、殿下は薄く口を開けて驚いていた。両手を勢いよく左右に広げると水塊は十数個の大きめの水の玉になってふよふよと揺れながら浮かんだ。
「これは……魔法、だな」
バシャリと水の玉を落として「雨よ降れ」と唱えた。私達の周囲に優しい雨が降り出した。
「そうそう、言い忘れましたけど、おそらくこの水は全て癒やしの力を持っていると思われます」
「癒しの力?えええ!もったいないよアレシアちゃん!止めて止めて!もったいないって!」
それまでは呆然としていたギルさんの慌てた叫び声がおかしくて思わず笑ってしまう。
「ただの水を出せるだけでも途方も無い力なのに、全部が癒やしの力を持つ水?アレシア、君……」
殿下が額に手を当てて考え込んでいる。
「殿下、私はもう逃げたり隠れたりするのは終わりにしたいんです。長年続いた両親の心労を取り除いてあげたいですし、今よりももっとこの国の人たちのために役に立ちたいのです。だから、登録します。私達を守っていただけますか?」
殿下はひとつ深呼吸すると私と両親を見てから力強く答えてくださった。
「ああ、もちろんだ。アレシア、今から王宮に来られるか?早い方がいい。とんでもない魔法使いが生まれたと父上たちに報告しなければならない」
「はい。喜んで参ります!」
王宮は相変わらずたくさんの人がいた。
みんなが殿下とギルさんに守られるようにして歩く私に視線を向けていた。連行されてるように見えてないといいのだけれど。
豪華な部屋に通されてしばらくして、陛下と殿下の他に宰相、外務大臣、内務大臣という顔ぶれが揃った。
私は自己紹介をして水の魔法を使えるようになったと説明した。水に癒やしの力が含まれているだろうことも。男の人達が次々質問してくる。
「十四歳になって突然ですか?」
「癒やしの効果とはどのような?」
「どのくらいの範囲で雨を降らせられるんですか?」
「最大で一度にどのくらい水を出せますか」
コップに水を出して見せただけで驚かれたけれど、最大でならこの部屋何個分もの量を出せると思うと言ったら部屋が静かになった。それはうちの隣の荒れ地の人目がない場所で見せることになった。
私が巨大な水塊を出して見せると偉い人たちが静かになった。それは前世、六歳で同じことを披露した時にも経験済みだから、ニコニコして「こんな感じです」と静かに締めくくった。
「ただ、疲れすぎたり精神的に落ち込んだり苦しんだりした時にはこの限りではないかもしれません。そこは保証致しかねます」
これは何かの時のための安全策。
「陛下、これは……アウーラの再来ですな」
「アウーラに関する文献は大げさに書いてあるんだと思っていたが、これを見る限り本当だったのだな」
それからまた王宮に向かい、癒やしの力について詳しく説明した。
絹のことはまだ言わないようにと殿下に釘を刺されたので言わなかった。「情報が漏れたら絹の奪い合いになる可能性がある」と殿下が心配なさっていた。
「国に登録しましたので、どうか私の両親や農園の仲間を守ってください。ヘルード殿下に目をつけられたので今後のことが心配です」
皆それを聞いてギョッとした。
「陛下!それはどういうことでしょうか。私は農園の少年に怪我をさせたとしか報告を受けておりませんが」
外務大臣が気色ばんだ。詳しいことは何も聞かされていなかったらしい。
「私が止めていたのだ。農園には目立たぬようにその前から警護はつけている。アレシアのことは極秘だったのだよ。今までアレシアは自由に水を出せたわけではなく、眠っている間に雨を降らせるだけだったからな。下手に騒ぎ立てられて雨が止んでしまっては困ると判断したのだ。だがファリル王国はアレシアの雨の情報を既に手に入れている。雨の効能については知らないようだが、いずれ知られるだろう」
「すぐに対策を立てねばなりませんな」
いったん解散することになった。
私は無事に魔法使いとして登録され、農園には常時警護の兵士がつくことになった。近所の人たちに注目されることは覚悟の上だ。
それから一週間ほどしたある日、「さっさと登録して保護対象にしてもらって良かった」と思う事件が起きた。





