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5 鶏

 父は畑にある作物を次々と収穫しては売り、その後には何も植えなかった。畑はどんどん空き地のようになっていく。

 


 父とナタンおじさんは引越し先を王都の外れの貧民街の近くにしたそうだ。今は何もない乾燥した荒れ地で、王都の繁華街までは四、五キロほどらしい。


 王都の市場まで作物を運んだあと、新しく借りた土地に寄って毎日少しずつ家を建てているそうだ。この国では土地はすべて国からの借り物だ。


 王族や役人がいる王宮があるのは不安だけれど、人口の多い場所なら私が紛れ込むのに都合がいいはずだ。



 私は打撲の怪我も癒えてきて、また農園を手伝っている。肩の骨が折れなかったのは奇跡みたいなものだ。イーサンはあれ以来私に逆らわないようになった。子供なりに責任を感じているのかと気の毒になる。


「イーサン、今日はニンジンを全部収穫するんだって。小さいのも全部よ。二人で頑張ろうね」

「うん」


 イーサンの元気がない。


「私が怪我をしたことならもういいよ。気にしないで」

「アレシア、あの時は本当にごめんね」

「はい、わかったわよ。ちゃんと謝ったからもうおしまいね」


 かわいいなあ。六歳の男の子はこんなに可愛いものだったのか。


 過去の記憶が甦ってから、私は忙しい。

 無自覚な雨を制御して止めたい。眠ると雨を降らせるなんて、人に秘密が知られやすい。それに前世で「最凶の水魔法の使い手」と呼ばれていた身としては魔力を制御出来ない今の状態が逆に恐ろしい。


 あれこれ試したが今も眠っているときの雨は止められない。意識して水を作り出すこともできていない。

 なんとかしなければ。





「引越し先の家がどうにか形になった。まだまだ粗末な小屋だが、屋根と壁はある。身の回りの物をラクダで運び終わったら引っ越そう。あと十日もあれば全部運び終わる」


 父たちがラクダに荷物を運ばせて何十回往復しただろうか。頑張り屋の父。私が生まれたばかりに大変な思いをして。それでも私を深く愛してくれる、私の大切なお父さん。


 






「いよいよ今日で最後だ。鶏たちを籠に入れたら出発しよう」

「お父さん、最後に少しこの子達に畑の草や虫を食べさせてもいい?」

「ああ、いいぞ」


 これから長い時間、籠にぎゅうぎゅう詰めにされ運ばれる鶏たちを柵で囲った元の畑に放った。三十羽の鶏たちは普段入らせてもらえない場所で嬉しそうに地面をつつき出した。


「しばらくしたら鶏を籠に入れなきゃね」

「そうね」



 そんなことを母と話し合っていた時。

 黒い何かが空から落ちてきた。それは鶏たちの中に落ちる……と思った直後に大きく羽を広げて一羽の鶏を掴んでそのまま上昇した。


 鷹だ!

 他の鶏たちが恐慌をきたして柵の中を走り回る。


 打つ手もなく呆然と見上げた上空で我が家の鶏はピクリとも動かず運ばれて行く。それをジッと見ていたら鷹の足のあたりがピカッと光を反射した。


「お母さん、鶏を一羽盗られちゃったね。鷹に襲われたのは初めてよね?」

「そうね。残念だわ」

「あの鷹は飼われてる鷹かもよ?何かがピカッと反射したもの。足環をつけてたんじゃないかな」

「えっ」


 父と母が無言でお互いを見つめ合う。

 前世の知識で言えば、鷹を飼うのは王族か、かなり身分の高い貴族だ。父の顔が硬い。


「急いで鶏を捕まえるぞ」

「はい、お父さん」


 そこからは六人全員が全速力で逃げ回る鶏を捕まえた。汗が滴り落ちるし息が切れる。全部を捕まえ終わった時はもう、しばらくは誰も口をきけなかった。


「さあ、すぐに出るぞ。鷹の飼い主がここを見に来るかもしれない。最後の最後に私たちが見つかっては大変だ」


 私たちは大騒ぎする鶏たちを籠に押し込め、ラクダにくくり付けて急いで出発した。六頭のラクダは一列で進んだ。先頭は父でしんがりはナタンおじさん。おじさんのラクダはネクタの大きな枝を引きずっていて、足跡を消しながら歩いていた。




・・・・・




「殿下、黒金くろがねが鶏を持ち帰ってしまいました」


 鷹の世話係が慌てている。

 今日は黒金の運動がてら王都からだいぶ離れた場所まで狩りをさせながら移動したのだが。


「どうしてだ……人家どころか草木も生えてないはずの区域に放ったんだぞ。せいぜい砂ネズミか砂漠トカゲのはず……」


 鷹の爪でガチガチに押さえつけられていた鶏は既に虫の息。茶羽の鶏は丸々と肥えていてツヤツヤした羽も綺麗に揃っている。どう見ても飼育されていた鶏だ。


「この辺に鶏を飼っている農家はなかったはずだ。おい……これはもしかするともしかするぞ」

「わたくしもそう思います」


 この王国では湧き水隠しと井戸隠しは重罪だ。水が出る場所は国の重要な財産とされていて個人が独占することは許されない。何よりも新たな水場の発見は金鉱を見つけたのに等しいほど重要だ。



「行くぞ」

「殿下、お待ちください。相手が武装していたら厄介です」

「それなら場所の確認だけでも」

「確認だけでお願いします。今日は護衛が八名しかおりません」

「わかってるさ」



 この国の王子とその護衛たちが馬を走らせて、鷹が鶏を捕まえたであろう方角を目指した。


 王子はこの国の第一王子、マークス・ハイム・ラミングだ。

 真っ直ぐな黒髪を後ろでひとつに縛りシンプルな金の輪の髪飾りを結んだ箇所につけている。


 端正な顔立ちは十二歳にしては大人びて見える。知性を滲ませる瞳は青緑色で、唇は薄く意志が強そうだ。


「水を隠した連中をとっ捕まえてやる」


 マークス王子は少年ならではの正義感に燃えて馬を走らせた。

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書籍『砂漠の国の雨降らし姫1・2巻』
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