48 侍女頭エイタナ(3)
侍女頭のエイタナは王宮の中で一番の古参だった。
真面目で遅刻などしたことがないエイタナが起きてこないのを心配して見に行った年若い侍女は、部屋の真ん中で仰向けに倒れて動かない彼女の姿を見て腰を抜かした。
悲鳴を聞きつけた護衛騎士が部屋を覗き込み、腰を抜かしている侍女を部屋から引きずり出して直ちに部屋を立ち入り禁止にした。王宮内での不審死は大事件だ。
すぐに調査が入り、酔っていたエイタナが床に落ちていた水晶玉に気づかずに踏んで仰向けに転倒し、後頭部をテーブルの角に激しく打った事による事故死と断定された。中身の減った酒瓶とエイタナから匂う酒の香りで診断は早くついた。エイタナの遺体は身内の元へと運ばれた。
エイタナの机の上に一通の手紙が残されていた。手紙は発見した警備兵から警備隊長へと渡り、すぐに国王陛下へと届けられた。なぜならその手紙の内容が重要なものだったからである。
王の執務室に駆けつけたマークスは弟のモーシェ、母と共に国王の説明を聞いていた。
「手紙には王宮を立ち去り自死するつもりだと書いてある。告白の手紙の他に辞職願が同封されていた。だが荷造りも済ませてあったし全財産と言える金額の入った袋も鞄の中にしまってあった」
「手紙の内容に信憑性はあるのですか?」
「調査した文官によると偽造された手紙を隠した場所も手紙の内容も正確で、隠した本人でなければ知るはずのない内容だった」
「父上、罪を告白し自死するはずの人間が身の回り品を荷造りをして全財産を持ち出しますかね。本当は罰を逃れてどこかで隠れて暮らすつもりだったのでは?」
「おそらく死ぬ気はなかったな。これから死のうって人間の荷物じゃない。それにしても何十年も隠していたことをなぜ今なのだろうな」
王妃が苦々しげに言葉を挟む。
「長年の罪の意識から解放されたかったのではありませんか?神の庭に召されてもおかしくはない年齢でしたから。それにしても、アウーラは無実だったのに拷問された挙げ句に処刑されたのね。気の毒過ぎるわよ」
「全ての発端は娘を王妃に据えてより権力を大きくしたかった宰相の企みだったのだな」
マークスは苦い顔をしている国王陛下をひたと見つめて訴えた。
「宰相もエイタナも死んでしまった以上、罰を与えることもできないのが無念でなりません。この国の民はいまだにアウーラだけでなく他の魔法使いのことも憎んでいる者が多いと言うではありませんか。であれば私達王家の人間が真実を広く知らしめる責任があります。父上、どうか事実を知らせてアウーラと全ての魔法使いの名誉を取り戻す触れを出していただくようお願いいたします」
「ああ、そうしよう。私達はシェメル時代の負債を払拭せねばならない」
数日後、王家が出したお触れはラミンブ王国の王都、すべてのオアシス、辺境の集落に至るまでおよそ人が住むすべての場所に向けて運ばれ、人の目につく場所に貼り出された。字が読めない者のために読んで聞かせる人員も配置された。
人々は皆驚き、特にアウーラの処刑を望んでいた者、処刑を喜んだ者は深く後悔の念に苛まれた。
「魔法使いアウーラは無実だった。当時の宰相による陰謀だった」という知らせは国の隅々まで周知された。その知らせはもちろん王都の貧民街にも届けられた。
イゼベルは貧民街の通りに貼り出された王家からのお触れを読んでしばらく立ち尽くし、それから自宅に戻った。夫の形見のブレスレットを胸に抱いて、長いこと祈りを捧げた。
アウーラが度々訪れて水をため池に満たしていた地方の集落では鎮魂の儀が執り行われた。当時を知る老人たちは長年に亘ってアウーラへの感謝の念と洪水で住まいや家族を失った怒りの両方を抱えて複雑な思いでいたが、真実を知ることができてホッとした。
「アウーラ様は冤罪で処刑された」という事実が当時を知る多くの民に衝撃を与えた。
農園の一同は王都の市場の貼り紙の所に来ていた。
「『……よって王家は魔法使いアウーラの無実をここに広く知らせる』だって。」
貼り紙を読み上げるイーサンの声に周囲のたくさんの大人たちが耳を傾けていた。農園の者たちは一様にホッとした顔をしていた。これでアレシアの力を一般の民に知られることがあってもその身に悪意を向けられることは減った、と安堵したのだ。
アレシアだけは表情が抜け落ちたような顔で何度も何度もその貼り紙の文章を読み返している。アウーラを死罪にした証拠が偽造されたことは書いてあるが、罪を告白した者の名前は書いておらず、本人は既に死亡とのみ記されている。
(当時侍女をしていた者の告白により……あの王宮にいる人で当時いた人って、まさかエイタナのこと?あの人が私を陥れたの?だってあの人は、いえ、あの子は最後まで牢獄に通ってくれて励ましてくれて……そして私を哀れんで泣いてくれたのに?)
先日エドナ王女を訪問した時に、老いたエイタナに会えて(無事にここで働いていたのね)と喜んだばかりだった。アレシアは混乱した。数十年ぶりに再会したエイタナは侍女頭に昇格していて服装も身のこなしも立派になっていた。お茶の合間にチラリチラリとその姿を眺めては喜んでいたのに。
自分を陥れたのがそのエイタナだったなんてどうしても信じがたい。
このタイミングで発表があったということは、エイタナは自分に会った直後に罪を告白したということだろうか。そして死んだ?自死なのだろうか。まさかとは思うが自分に会ったのがきっかけではないと思いたかった。
今の自分は瞳以外は前世のアウーラと似ているところがひとつもない。前世は黒髪で背も高く顔も今と比べるときつい顔立ちだった。なによりもこの年齢だ。だから気づくはずがない。気づかれるはずは、なかったのに。
「ああもう、わからないことだらけだわ!」
「ん?どうしたアレシア」
「お父さん、私、王宮に行ってマークス殿下に伺いたいことがあるの。急に行ってもお会いできないかしら」
「何をしに行くんだ?お前が行くというなら父さんが付き添うよ」
「ううん。一人で大丈夫。そうだ、ギルさんならすぐに会えるかもしれない。行ってくる!」
走り出そうとするアレシアの腕をつかんで父のセリオは引きとめたが、「ギルさんだから大丈夫!」と腕を振り払うようにして走り去って行った。





