41 イゼベルさんの矜持(2)
本日2回目の更新です。
イゼベルさんの発言に皆が驚いて押し黙る中、国王陛下がそれに応えた。
「我が国が建国して三年目の事だな。その件を資料で読んだ覚えがある。資料には五年間の勤めを終えたら帰国させるという両国間の契約だったが、その魔法使いの親子は三年経たずして脱走した、とあったが」
「ずいぶん前にあちらの元軍人さんが商人を装って私を探して来てくれました。そして夫に生前頼まれていたという形見を携えて本当のことを話してくれたのです」
事情がわからないでいる私と両親のために陛下が説明してくれた。
「先王はずいぶん悩まれた結果、ファリルの要求に応じたそうだが」
陛下によると、国を大きくするために次々と周辺国と戦争をしていた頃のファリル王国は治癒魔法を使える魔法使いを求めていた。
建国して数年目の、まだ国内が落ち着いていなかった我が国に対して国交を再開したばかりのファリル王国から『治癒魔法使いを貸してほしい』という要請があったそうだ。
「アウーラが捕らえられて投獄された時に他の魔法使いたちは皆とっくに他国へと逃げていて、治癒魔法使いはあなたの夫と息子しかいなかったと記憶している」
「ええ、でも私の夫は『俺と息子は治癒魔法使いだ。人に害をなすことなどできないから大丈夫』と取り合いませんでした。それが大きな間違いだったのです」
「国を建て直している途中の我が国はファリルの要求に応えなければ、戦争を仕掛けられただろう。そうなったらひとたまりもなかったのだ。だから父は悩みながらもイゼベル殿の夫と息子の二人をファリルに貸し出すことにしたのだ」
「アウーラ様は戦争でファリルの兵士をたくさん倒しました。そんな国から来た魔法使いにあちらが良い感情など持つはずがなかったのです。夫と息子は現場で『もう魔力切れだ』と訴えても許されず、昏倒するまでこき使われたそうです」
魔法使いは完全な魔力切れを起こすと寿命が少しずつ削れてしまう。ごくわずかでもいいから魔力を残して魔法を使うようにしなければならない。それは前世の私も何度か意識を失って学んだことだ。
「ファリルから来た元軍人さんは『あなたのご主人と息子さんには大変世話になった。彼らは度々意識を失って倒れるまで働かされていた』と教えてくれました。そして三年目が終わる前にまだ少年だった息子が、続いて夫が息絶えたそうです」
「それが真実だったか……それは実に……」
国王陛下が目を閉じて小さな声でつぶやかれた。
「ファリル王国側は使い潰して死なせたとは言わず、親子で脱走したことにしたのです。でも、私の家を訪れた方は息子と夫が息絶えたところをその目で見たそうです。『彼らに助けられた自分にはあなたに真実を知らせる義務がある』とおっしゃって、わざわざ国境を越えて会いに来てくれました」
イゼベルさんは手首に銀色の腕輪をつけていた。
「そうか……。そうだったか。我が父はファリルの言い分を黙って受け入れるしかなかったのだろうが、そなたたち一家には大変申し訳ないことをした。こんな言葉ではなんの慰めにもならないだろうが、父に代わり謝罪する。弔意の報奨金を贈ろう。せめてもの詫びを受け入れてほしい」
国王陛下が立ち上がり、頭を下げられた。王妃殿下もそれに倣って立ち上がり、静かに頭を下げられた。
「いえ、おやめください。陛下に責任はありません。ですが私は当時の国の役人から『途中で脱走した役立たずどもの家族』と言われました。私はその時、国の偉い人にはもう何も期待しないと誓いました。それ以降、私は死に物狂いで働いて生きてまいりました。今になってお国の世話になっては、夫と息子に顔向けができません。なので申し訳ありませんが王宮に住むことも報奨金を受け取ることも辞退いたします」
命令されて何の疑問も持たずに私はあんなにたくさんのファリルの兵を殺した。それが巡り巡ってイゼベルさんのご家族が憎まれ酷使される要因になっていたのか……。私はイゼベルさんの顔が見られなかった。
「アレシア。どうした。酷く顔色が悪い」
王子殿下の声が聞こえて慌てて顔を上げたが、くらりと部屋が歪んで視界が暗くなり、視界に星が飛び始めた。しまった。ここで倒れるわけには。
「申し訳ありません。少し横にならせてく……」
最後まで言えずに床にグズグズと横たわった。勢いよく倒れるのを防ごうと椅子から滑り降りたけど、こんな無様な……。
目を開けると両親が上から覗き込んでいた。
「おお、気づいたか。良かった。アレシア、ずいぶん冷静に見えたけどやはり気を張っていたんだな」
「お父さん……」
「貧血起こしたのね。もう大丈夫だろうけど、もう少し寝てなさい」
「お母さん、イゼベルさんは?」
「ひと足先に帰ったのよ。お前のことを心配していたわ」
「そっか」
「アレシア。あなたは本当に眠ると雨を降らせるのね。この目で見て驚きました」
部屋の隅、窓際から声がした。声は王妃様だ!
「王妃陛下!失礼いたしました」
「ああ、いいのよ。そのままそのまま。陛下とマークスは若いお嬢さんが寝てる部屋から追い出しておいたわ。でも彼らも驚いていたわね。あなたが眠ると本当に雨が降ると。そして今、雨がやんだわ」
曖昧な笑顔を作りながら私は他のことを考えていた。
(イゼベルさんに謝りたいけど謝ることもできない。イゼベルさん、私、もう愚かな判断は下さないから。それが私にできるせめてものこと。ごめんなさいイゼベルさん。本当にごめんなさい)





