39 王宮にお招き
しばしの間が空いて、国王が決断した。
「その少女を王宮に呼び寄せよう。王宮住まいならば拐われることは防げるだろう」
「いいえ、だめです。彼女が降らせる雨の範囲は現在、直径が三千メートルを切るそうですから。王宮にいては農園に癒やしの雨を降らせることができません。その農園は王宮から五キロほど離れております」
「現在、と言うことは雨の範囲は変わるのか?」
「はい。成長とともに。なので少なくともあと数年は範囲が広がるかと。少女の父親によると最近は年に直径が二百メートルくらいずつ広がっているようです」
「ふうむ。そのような力を十四年間も隠し通してきたとは。よくそこまで隠しおおせたものだよ」
「少女が雨の原因だと悟られないように週に二日は荷馬車に乗って移動してもらいながら寝ていたそうです」
「そこまでして権力に取り込まれることを恐れていたとは。……気の毒な。王家はよほど無理難題を押し付けると思われているのね。私は是非一度会って命の恩人にお礼を言いたいけれど、それも無理なのでしょうね」
「マークス、これはとんでもなく重大な話だ。ファリルの手から少女を守るにしても、本人との顔合わせもなしに勝手に話を進めるわけにはいかないだろう」
「顔合わせについてはギルに伝えさせます」
「両親の他に三年に亘って調査をしていた者も呼ぼう。ぜひその結果を聞きたい」
「父上。彼女は言うなれば我が国の宝のような存在です。どうか彼らが望まぬことを無理強いしたりしないでください。お願いします」
「マークス、権力に怯えて十四年間も娘を隠し続けた者たちを更に怯えさせるようなことをするほど、父は愚かではないつもりだ」
その日の午前中、離宮を管理している侍女頭のエイタナに国王陛下の侍従から指示が出された。
「王妃様お気に入りの果実を作っている者たちを離宮に呼ぶことになった。もてなしの準備をするように」
エイタナは(平民を相手にわざわざ離宮を準備させるなど過去に例がない。これはよほどのお気に入りが呼ばれたのだろう)と判断して掃除の女性たちに指示を飛ばした。
「隅々まで拭き上げなさい。花も飾るように。茶の用意はお前、茶菓の用意はそちらのお前が。手抜かりがあってはなりません」
午後。
王宮から差し向けられた馬車に乗ってアレシア一家とイゼベルの四人が離宮にやって来た。皆、一番良い服を着て一番良い靴を履いてきたが、残念ながら王宮や離宮の華やかさの中では平民の身なりは浮いていた。皆、場違いを自覚して緊張している。
「なんでアタシまで?書きまとめたものを差し出せば十分だったんじゃないかい?」
「イゼベルさん、俺だって憂鬱なんだ。ここまで来てそんなことを言わないでおくれよ」
「二人ともお母さんを見習ってよ。落ち着いて堂々としてるじゃない」
三人がイルダを見る。
「残念ながら私は足が震えてるわ」
背筋を伸ばし、良い姿勢のままイルダが苦笑した。
やがて国王夫妻、マークス王子殿下が入って来た。アレシアたちは立ち上がり頭を下げて声がかけられるのを待っている。
「顔を上げなさい。楽にするように」
国王夫妻と王子が席に着き、アレシアたちとの会談となった。お茶と菓子類が並べられたところで侍女と護衛騎士が退出させられた。
それを待ってベルナ王妃が最初に礼を述べた。
「アレシア。あなたが贈ってくれた布のおかげで私は命拾いしました。ほんとうに一瞬でつらい病が癒えました。心から感謝します。あなたは命の恩人です」
ベルナ王妃が丁寧に礼を述べ、国王も礼を述べた。アレシアの両親の緊張は極限まで高まった。
アレシアの両親は魂が半分抜けたような状態だったので一番冷静だったアレシアが会話の主導権を握ることとなった。イゼベルは全く口を開かない。
アレシアの態度は後日イルダが夫のセリオに
「まるで場馴れした大人のようだった。我が子なのに別人に見えた」とこっそり打ち明けたほど落ち着いて見えた。
一方その頃、深夜の探索に失敗したヘルードは、朝から市中の散策に出かけたものの、すぐに複数の人間の気配に気がついた。顔を横に向けただけで護衛の一人がスッと隣に並んだ。
「尾行されてるな」
「はい殿下。昨夜何かございましたか?」
「ちょっと散歩に出たのだが、見つかってしまった」
ファリルから随行してきた護衛のリーダーが渋い顔になる。
「殿下、ですからお一人での外出はおやめくださいとあれほど」
「うん、もうしないよ。ただ、宝の隠し場所は見つけたようだよ。この数を送ってきたってことは、よほど僕に近寄ってほしくない場所だったんだろう。それならそれでこちらもやり方を変えるさ」
気楽な遊学を願い出たのに思いがけず自分を試されるような命令を与えられた。成功させなければとヘルードは焦っていた。





