38 実演
「父上、今日の政務を遅らせてでも聞いていただきたい話がございます」
夫婦で朝食を楽しんでいる場にいきなり入ってきた息子にイザヤル国王もベルナ王妃も驚いた。
「あら、マークス、珍しいわね。一緒に食べますか?」
すぐさま第一王子の朝食を用意しそうな者たちにマークスは「いや、いい。それより少し下がっていてくれるか」と人払いをする。
「どうした?」
「父上、実は母上の病気が治ったのには理由がございます」
「あら、もう話してもいいの?」
「はい、母上」
そこからマークスは王妃の頭痛を始めとする全ての症状が消えた理由が『とある農園で織られている絹布』にあることを説明した。
父である国王は最初は疑わしげな表情で聞いていたが
「ベルナ、それは本当か?」
と尋ね、王妃が申し訳なさそうに
「本当にございます。マークスに口止めされてました。陛下に隠し立てして申し訳ございません」
と頭を下げるに至って顔色を変えた。
「マークス、お前はなぜそれほど重要な話を隠していた?そしてなぜ今になって話すことにした?」
「その者に約束したからです。誰に渡されたのか決して言わないと。あの時約束を破っていたら、彼らは農園を捨てて他国に逃れる可能性もあると思いました」
少し間が空いた。
「彼ら?」
「とある農園の者たちは、皆で奇跡の源である少女を国や大貴族などの権力者に奪われないように十四年間に亘って隠し、守り続けていたのです。それなのに母上の病気を聞いたその者たちは奇跡を起こす布を渡してくれました。約束と引き換えでした」
マークスは前夜渡された小さな白い絹布をポケットから取り出した。
「あの時の布とは別のものね?」
「はい。彼らが言うには命に関わるような病を消した場合は、もうその布には病気や怪我を治す力が残っていないそうです。今、この布の力を証明してご覧に入れます」
そう言ってマークスは手を伸ばして母親の席に並べられていたナイフを取った。
「見ていてください」
「おい!何をするつもりだ!」
「マークス!やめて」
「静かに!声を出さないで」
ドアがノックされて指一本分ほどが開けられ声がかけられた。
「陛下、何かございましたか?」
「なんでもない。下がっていなさい」
「失礼いたしました」
マークスはドアに目をやり、ドアが閉められたことを確認してから普段使いのハンカチを敷いた上でナイフの刃を自分の手のひらに強く滑らせた。
「!!!」
マークスの手のひらがザックリ切れて血が滴る。顔をしかめながら白い絹布を手に当てた。傷は深くたちまち白い布が赤く染まる。王妃が口を押さえて悲鳴を堪える。
「大丈夫です。見ていてください」
少しして布を外し、丁寧に血を拭ってから手のひらを二人に向けて立てて見せた。
「なんだと?」
「傷口が無いわ」
マークスは血染めになった布を折り畳んで下に敷いたハンカチで包み、懐にしまい込んだ。
「ご覧の通りです。その農園で織られる絹布には病気も怪我も消す力があります。効能についてはその者たちの一人が三年間に亘って記録を取り溜めているそうです。母上の病気もこの布で消しました」
両親の所まで行って手のひらを見せる。二人は顔を近づけて傷がないことを確かめ、指で触ってみたりした。席に戻ったマークスは口を閉じ、両親が事態を飲み込むまで待った。
やがて冷静さを取り戻した国王が為政者の顔になって質問をした。
「なるほど。目の前で示されては信じないわけにいかないな。で、なぜ隠していた秘密を今になって明かすことにした?」
「昨夜遅く、ヘルード王子がその農園の周囲を歩き回っていました。おそらくファリル王国が何らかの情報を握っているものと思われます」
国王が思わず拳を握る。
「ファリルが。奴らがそんな布の情報を手に入れたらとんでもないことになる。その少女自体を手に入れようとするだろうな」
「彼とその護衛には既に監視を付けました。ヘルードの様子から、農園に降る雨のことには間違いなく気づいています」
鋭い目つきで国王がマークスを見た。
「雨?それはもしや、あの砂漠の『円形農園』にも関係する話か?」
「そうです。覚えていらっしゃいましたか」
「侮るな。あれは非常に興味深い話だった。この布を織ったのはそこにいた者たちなのか?」
「はい。布を織り始めたのは王都に引っ越してからで、絹布の効能については偶然発見したようです」
国王が一段と声を小さくした。
「マークス、もしやその者は魔法使いか?」
「それが……そうとも言えないのです。彼女は意識しては何もできないようです。眠っている時に雨を降らせてしまう以外は」
「眠っている時に雨……」
王妃は頭痛が酷くて眠れない夜、気晴らしにテラスに出ていると何度か通り雨が降ったことを思い出した。侍女たちが最近よく降る夜の天気雨のことを話題にしていたことも。雨は細かく優しい雨で、ほんのいっとき降ってすぐにやんでしまったが。
「あの雨はその少女が。そうでしたか。この国に雨を降らせる者が生まれていたとは。なんとありがたいことでしょう」
「その雨と布はどう繋がる?」
マークスは父親の言葉に思わず口元が緩む。父は鋭い。
「雨自体に穏やかな治癒の力があり、それを吸って育った桑の葉に力が溜まり、桑の葉を食べた蚕が更に力を凝縮し、糸には強い治癒の力が宿るのではないかと言うことでした。繭は蛹を守るものですしね。他にも、その農園の水を飲み、農園の作物を食べ続けた別の少女は肺の病が治ったそうです」
「その雨のことをファリルのやつらは嗅ぎつけたわけか」
「おそらく雨に関しては」
「ヘルードをどうにかしなくては。いや、ヘルードだけではダメだ。既に市中にファリルの手先は何人も入り込んでいるだろうから、その少女を守らなくてはならない」
「父上」
「なんだ」
「私は彼らに農園ごと守ると、父上と母上の名にかけて守ると約束しました。ファリルからだけではありません。我々王家を含めたこの国の権力者が彼女を取り込んで独り占めしないよう、必ず守ると約束して秘密を打ち明けてもらいました。そこは譲れません」
イザヤル国王はしばし口を真一文字に引き結んで天井を睨んだ。そして上を向いたまま尋ねた。
「マークス、その布はどのくらい存在していてどの程度の時間で織り上げられるか聞いているか」
「聞いておりません。絹布は彼らの財産です。『君たちの財産はどれだけあるのか』などと尋ねれば彼らの信頼を失います。横から取り上げられると思うでしょう。私が他言しないという約束を守ったからこそ、彼らは私を信頼して母上の病を治し、秘密も明かしてくれたのです。その信頼を失うようなことはしたくありません」
「なるほどな。そんなお前だったから王妃は救ってもらえたのだな」





