35 ヘルードの探索
ファリル王国第四王子のヘルードは十八歳。
そろそろ結婚相手を決めなければならない時期だった。
三人の兄たちはすでに結婚して子に恵まれ、父の政務を分担している。いずれ自分もそこに組み込まれるのだろうが、ヘルードはもう少し自由でいたかった。
まだ行ったことのない国、見たことのない景色、触れたことのない文化。父の駒になるのはそれらを堪能してからでいい。兄たちのように父の顔色を窺いながらオドオド暮らすのは一日でも遅くしたい。
そこで父に「しばらく他国の様子を見て回りたい」と申し出た。父は自分にはあまり期待をしていないようだし、四番目ということで厳しい締め付けもなかった。父は予想通りに「ああ、いいぞ」とあっさり了承してくれた。
しかしホッとして喜んだのも束の間、父は「他国に行くならラミンブ王国にしろ」と注文をつけた。
ラミンブ王国は国土の大部分が乾燥地帯でこれといった産業もなく見るべきところもない国だ。(なんでまた)とヘルードはがっかりした。
「そうあからさまにがっかりするな。あの国にいる者からの報告によると、数年前からラミンブ王国では王都の一部に不自然な雨が降るそうだ。かのアウーラを生んだ国だ。もしかするとまた魔法使いが生まれたのかも知れぬ。行って探ってこい。そして連れて帰って来られるものなら連れて帰ってこい」
父はあんな貧しい国にも手の者を送り込んでいるのか、と驚いた。
「承知いたしました」
そう言って下がってからラミンブ王国のことを調べた。
今のラミンブ王国、かつてのシェメル王国には昔から二十年か三十年に一人の頻度で魔法使いが生まれたが長年生まれないこともあった。なぜあの国だけに魔法使いが生まれるのかは謎のままだ。
ただ、魔法使いと言っても火打ち石無しで火を起こせるとか、風呂桶数杯分の水を生み出せるとかで武器や道具が発達している今の時代から見るとおよそたいした価値が見出せない魔法使いばかりだった。
あのアウーラ以外は。
アウーラという女は幼い頃からとんでもなく大量の水を出現させ、思いのままに操ることができる最強の魔法使いだったそうだ。
王の婚約者となり軍隊の先頭に立ち、巨大化する前のファリル王国の軍を押し流した。あの国の守護神のような存在だったのにあっさり処刑された。豪雨と洪水の責任を取らされたようだが、本人は最後まで罪を認めなかったと我が国の機密文書には書いてある。本当に彼女のせいではなく自然災害だったら……とんだ笑い草だ。
砂漠の国にだってごく稀に水害は起きる。雨の降らない国にとって、彼女の存在は代え難いものだったはずだったろうに。ましてや我が国との戦争の功労者だ。
愚かな王はアウーラを処刑した数年後、国民の反乱で裁判もなしで処刑されている。愚か者に相応しい最期だ。
ラミンブ王国に来てからは毎日のように街中に出かけて人の話を聞いて回った。華やかな外見のおかげで若い娘から老年の女性までたくさんの女たちが自分の話し相手になってくれた。
「雨?そうね、ここ五、六年かしら。弱い雨が夜に降るわね。え?量?少ない少ない。朝にはもう乾いちゃってるわ」
「週に一度か二度は降ってるらしいけどね。夜中にパラリと降るだけ。私は見たことないけどね」
そんな話は聞けたが、役に立つとは思えない情報だった。しかしある日。
「貧民街の人が言ってたけど、貧民街の一画は週に何度も雨が降るんですって。それも一晩中。おかげで洗濯物の夜干しができないってぼやいてたわ」
当たりを引いた予感にゾクゾクしながら貧民街に向かうと、ある区画だけ道が湿っていた。
(この辺りか。それにしても粗末な家ばかりだな)
この国には冬の寒さが無いからか、どの家も隙間だらけだ。壁は日干しレンガを積み重ね、申し訳程度の屋根を載せた雑な造りだった。
場所を確認して一度戻り、夜遅くに王宮を抜け出した。あっさり誰にも咎められずに外に出られた。戦争が身近だった自国では考えられないことだ。それに見回りの兵士の数も自国よりかなり少ない。
雨が降っている場所は簡単に見つかった。やはり昼間に見当をつけていた区画だった。
雨の中に入ると雨が降っているが、上を見上げると星が見える。自国でも天気雨がなくはないが、こんな珍しい天気雨が週に何度も何年間も続くなんてありえない。これを解明もせずにいるなんてこの国の為政者たちはボンクラ揃いだと思う。だから国も貧しいままなのだ。
やがて農園があった。
簡単ながら柵と門が設置されていたので、今夜は見て回るだけにしようとその農園の柵に沿って歩いた。歩いていて気がついた。この農園はすっぽり雨の範囲に収まってる。雨の範囲は農園よりもだいぶ広いけれど、間違いない。
農園はほぼ綺麗な円形だ。
「雨も綺麗な円形に降ってるということかな」
農園からある程度離れると土は乾いているのに農園の中は別の国のように緑が豊かだった。闇の中で見える範囲には木がたくさん植えられていた。
「雨のおかげだろうな」
あいにく今夜は月が新月に近くて真っ暗だ。もっとじっくり見ようと、柵に沿って歩き進んでいたら、何かの気配を感じた。
(人?それとも獣か?)
ヘルードは動きを止めて気配を探った。





