33 イゼベルさんの調査結果
殿下に絹布を渡したことをハキームやチャナたちにも報告した。
「そうか。王妃様が」
「ハキームやチャナには相談も無しでごめんなさい。でも、苦しんでいると知った以上たとえ王妃様でも知らん顔はできないと思ったの」
たとえ王妃様でも、なんて言い方は不敬にもほどがあるのだけれど。
「いいさ。元々はアレシアの力なんだもの。アレシアが助けたいと思ったならそれでいいよ」
「王妃様のようなお立場の方がそんなに具合が悪いってことは薬では治せないってことじゃないかしら」
ハキームとチャナはそう言ってくれた。でもイゼベルさんは心配そうだった。
「もしかすると調べが入るかもしれないね」
「イゼベルさん、以前、ずいぶん長いこと殿下はここに通ってくださったけど、最後まで他人にはここの話は秘密にしてくれていたわ。殿下は裏切らない、と思う。いえ、そう思いたい」
「それならいいんだけどね。ここで昼食を食べるのとあの絹布を使うのとでは話の大きさが違うからアタシは心配だよ」
「イゼベルさん、俺たちは長いこと殿下と一緒に飯を食って来た。殿下は実に気のいい青年だったよ。俺は信用できると思う。これでもし殿下が約束を守らずにアレシアをどうこうしようとしたなら、その時は俺たちに見る目がなかったと諦めるよ。また逃げ出せばいいさ。そのくらいの金はもう準備してあるんだ」
「ああ、うちもだ。アレシアのお陰でかなり収入が増えたからな。こっそり逃げ出してしばらく別の仕事をしても大丈夫なくらいの蓄えはあるのさ。農家じゃなくても食って行くことくらいできる」
父もナタンおじさんもそんなことを考えていたのか。
私もおそらく殿下は裏切らないだろう、と思った。それは危険な賭けだけれど私は王妃様を助けたかった。
前世で罪深いことをした私が今世で幸せに生きているのは、今度こそ選択を間違えないで生きなさい、という神のご意思だと思っている。
『自分の安全をがっちり確保できる時だけ誰かを助ける』というやり方が正しい選択とは思えなかった。
数日の間みんなが落ち着かなかったけれど、国からは何も言ってこなかった。お礼をしたいという殿下のお手紙には丁重にお断りの返事をした。それきり何も無い。殿下は私との約束を守ってくれたようだ。
絹布はずっとチャナが織っている。絹糸や絹布に毎日触れているおかげか、チャナは以前とは別人のように健康だ。昨日も私と背比べをして喜んでいた。
「アレシアさんの背の高さに追いついたわ!」
小柄だったチャナの身体はグングン成長して、今や私とほぼ同じくらいの体格だ。
「私ね、ここは天国だと思ってるんです」
とチャナは言う。いろんな意味で私が笑えないから天国と呼ぶのはやめてほしい。
「アレシア、今日も絹布を切り分けていいかい?」
「はいどうぞ」
イゼベルさんは三年前からずっと、織り終えた絹布をいろんな長さに切って少しずつ持ち出している。イゼベルさんがどこの誰に絹布を渡しているのか、私たちは知らない。どんな症状の人に使ってどんな風に治ったかの報告だけを受けている。
「その方があんたたちのためさ。知らなければ万が一役人に聞かれても隠す必要がないからね。どうもあんたたちは善人過ぎて上手な嘘がつけそうにない」
たしかに嘘が上手そうな人はいないかも。
ある日の夕食のとき。イゼベルさんが調査の結果を話してくれていた。
「一度使ったあの布をもう一度使ったら、必ず結果を伝えるように言い含めて渡してあるんだ。この布が何度でも使えるのか、どの程度まで治せるのか、三年間でだいぶ情報が集まってきてる。全部記録してあるよ」
「イゼベル、それで?」
ハキームが身を乗り出すようにして聞いている。
「この絹布はおよそどんな病気や怪我にも効果はある。だが限りもあるようだよ。骨折や高熱、切り傷や流行り風邪、その程度によって繰り返して使えたり一度で効果がなくなったりするんだよ」
父がうなずいている。私も察しがついた。
「命に関わらない怪我や病気なら何回か使えるけど、大病や大怪我だと一度で力を失うのね?」
「そういうことだよ」
「イゼベルさん、布は私がどんどん織るからね。織るのはまかせて!」
「チャナ、頑張っておくれ。頼んだよ。あたしが行くべき家はたんとあるんだ」
「私は卵の効果も調べてみたいな」
私の言葉に「ええ?卵もタダで配っちゃうの?」と情けない声を出したのはイーサンだ。
「卵は契約してるところへ出荷しているから無理だなぁ。それについてはもう少しゆっくり考えよう」
父がそう言うとイーサンがホッとしている。
うん。ゆっくり考えよう。私たちにはまだまだたくさんの時間があるのだ。多分。





