24 赤毛の若者
「チャナ、昼ごはんを作ろうか」
「はーい。今日は何にしますか?」
「今日は前に図書館で読んだ『プティユ』に挑戦してみるね」
チャナが私の絵で記したメモを読んでいる。
「ふんふん、ゆでて潰したジャガイモと小麦粉を混ぜて、具を包むんですね?」
「ココナツオイルで揚げ焼きするの。具は昨夜のうちに作っておいたわ」
具は粗く刻んだ鶏肉とありあわせの野菜たち。甘辛い味付けにして香草と少しの唐辛子を加えてある。
「八人分だから一人三個ずつで二十四個だけど、多めに三十個作ればいいかな。イーサンとハキームが育ち盛りだからもっと必要かな?」
「育ち盛りって。アレシアさんたら、まるで自分は大人みたいな言い方してる」
チャナがクスクス笑う。笑顔が天使。眩しいったらないわ。プティユは芋で作った生地の表面に何かをまぶして揚げるのだけど、それがなんだったか忘れてしまった。困った。
「アレシアさん、それならパンを崩してまぶしたらだめかしら」
「あー、固くなって鶏に与えようかパン粥にしようかってパンがあるわ」
二人でゴリゴリとすり鉢でパンを砕いて粗く粉にした。それを外側にまぶした。
チャナがプティユを揚げ焼きにしてる間に私がペテを作る。小麦粉に塩と水を混ぜてこねた。
「あのー、すみません、ここの農園はネクタを作ってますか?」
ドアの外から声をかけられた。揚げ焼き中のチャナは火の前から離れられないから手をベタベタにした私が肘を使ってドアを開けた。
背の高い赤毛の若者が立っていた。
「はい。どちら様でしょうか」
「突然すみません。僕はギルと言います。もしこちらの農園でネクタを作っていたら買いたいのですが」
「ネクタなら作ってますが、今、手が離せないので少しお待ちいただけますか?」
練った小麦粉でベタベタの手を見せた。
「昼飯時に申し訳なかったですね」
「いえ、こちらこそこんな姿で」
食卓の椅子を勧めてペテ作りに戻る。さっさと焼き終わらせないと食感が変わってしまう。赤毛の青年が興味深そうに作業中の私たちを眺めていて、ちょっと落ち着かない。
「あの、よかったらプティユを食べますか?」
「プティユってそれ?いいの?美味しそうだなって思っていたんだよ」
「熱いから気をつけてくださいね」
彼の目の前に揚げ終わって山積みしてあるプティユを置いて勧めると、青年は指で摘んで「アツッ!」と言いながら食べた。ザクッとかぶりつく音がして、振り返って見ると大きく口を開けてハフハフしながら食べている。
「美味い!これ、初めて食べるよ。プティユっていう料理なの?」
「はい。図書館の本で読んだだけで、私も作るのは初めてなんです。美味しかったなら良かったです。よければもうひとつどうぞ」
「ええと、プティユの誘惑に勝てない。もうひとつだけいただくね」
私とチャナが顔を見合わせて笑い、笑ったまま二人で青年の方を向いた。若者もプティユを摘んでこちらを見て笑った。
しばらくしてやっと大量のペテを焼き終えた。
「お待たせしました。すぐにネクタを摘んできます。何個くらい必要ですか?」
「十個、かな。自分で摘むのはダメ?」
「ごめんなさい、農園への立ち入りはご遠慮願っているんです」
前回のことで父と相談してそう言うことに決めていた。
「そうか。残念。あのー、一杯だけ水を貰ってもいいかな」
「あっ、はい、気がつかなくてすみません」
うちの水を飲ませるのは少し緊張する。美味しすぎるし体調不良も治すかもしれない。でも青年は健康そうだから水の効果には気づかないかな。
「おぉ、美味いなぁ。なにこれ。井戸水?湧き水?」
「いえ、雨水を濾過した水です」
「へえ。最近は雨が降るからか。雨水とは思えない美味しさだよ」
「炭をたくさん濾過に使うからかもしれません。ではネクタをもいできますね」
走ってネクタの所に行き、なるべく美味しそうなのを十個ザルに入れ、また走って帰った。そろそろみんなが戻ってくるけど、知らない男の人とチャナを二人にしておくのが心配だった。
でも取り越し苦労だったようだ。二人はとても楽しそうに笑いながらおしゃべりしていた。
「お待たせしました!」
「ありがとう。いくら?」
「十個で大銅貨五枚です」
「安いなぁ」
「うちのネクタは市場のベンさん夫婦の果物屋に卸してますのでそちらもよろしくお願いします」
「うん、わかった。じゃ、ありがとう。プティユ、美味しかった」
赤毛の青年は礼儀正しく挨拶をして帰って行った。見送りに出たらとても立派な馬に乗っていた。服装は平民のようだったけど、お金持ちなのかな。
すぐにみんなが戻って来て昼ごはんになった。プティユは大好評だった。
「図書館で料理まで調べられるとはなぁ」
「お父さんも調べたいことがあったら何でも言ってね。調べてくるからね」
「また美味い料理を調べて欲しいよ」
「任せて!」
平和で楽しくて幸せな時間。
雨が作物を育て、桑も育て、チャナが織るあの絹布もイゼベルさんが活用してくれている。私の降らせる雨が形になって人の役に立っている。
生まれてきて良かった、と思いながら眠る毎日だ。





