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砂漠の国の雨降らし姫〜前世で処刑された魔法使いは農家の娘になりました〜【書籍発売中・コミック配信中】  作者: 守雨


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23 エドナ王女の楽しみ

 王家には二男一女が生まれている。

 第一王子マークス・ハイム・ラミング。十四歳。

 第二王子モーシェ・アディ・ラミング。十二歳。

 第一王女エドナ・ブラハ・ラミング。十歳。


 王女は末っ子の女の子なので両陛下に特に可愛がられている。明るい茶色の髪は穏やかな雰囲気を漂わせ、瞳の色は三兄妹おそろいの青緑色。兄たちは目が切れ長なのに対して王女の目はややタレ目なところが愛らしい。


 王女は王宮にいる全ての者に愛されていた。それでもわがままに育たなかったのは本人の資質と周囲の人間の配慮が大きかった。


「あなたはいずれこの王宮を出てこの国の貴族か他国に嫁ぐ身です。そうなれば思い通りにならないことの方が多くなります。我慢を知ることは大切ですよ」

 

 王妃である母親は繰り返しそう教えた。

 兄たちも可愛がってくれるが、筋の通らないわがままや過剰な甘えは決して許さなかった。そんな環境で育ち、控えめで賢いエドナ王女だったが、最近は何度も侍女におねだりしているものがある。


 王女のおやつに時々出される桑の実をたっぷり飾ったケーキだ。これは王女だけのおやつである。

 二人の王子は勉強や剣術の稽古に忙しく、おやつは手が空いた時に食べたり食べなかったりという程度。なので王子たちのおやつは希望があれば鮮度が落ちない焼き菓子が出されるのが常だ。


 王女は珍しい桑の実を食べてからその味の虜になった。そして普段はあまり自己主張しない王女が珍しく食べ物に注文を出した。


「桑の実だけを生でたっぷり食べたいの」

「少々お待ちくださいませ。厨房にあるかどうか聞いて参ります」


 侍女に桑の実があるのか尋ねられた料理長は慌てた。

 一昨日仕入れた桑の実は昨日でもう使い切ったし今朝は果物屋に入荷してなかった。


「どこの農家が納めてるのか大至急聞いて来い!いや待て。俺が行く。できれば俺が木から収穫して買ってくる」


 料理長セネシュは愛らしい王女殿下をたいそう敬愛している。だから食べ物に関することならできる限り自分が関わっていたいのだ。侍女には「今から農家に直接行ってみる」と伝えてから馬を飛ばした。


 セネシュはまず果物屋に行き、桑の実を納めている農園の場所を聞き出した。


「こりゃずいぶん王都の外れだな。待っててくださいよぉ殿下。美味しい桑の実を持ち帰りますからね!」





『セリオ農園』で働いていた一同は、入り口に駆け込んできた大きな馬と「責任者はいますか!」の大声に驚いた。


「はい、私がこの農園の責任者のセリオですが」

「桑の実はあるかい?」

「あー、どうですかね。桑に関しては娘が管理しているもので。アレシア!アレシア!ああ、そこにいたか。桑の実はまだあるか?」


 アレシアはにっこりと笑って返事をした。


「あります。明日の朝に収穫する分が結構たくさんあります」

「ありがたい!俺に収穫させてもらえないかな。俺の雇い主のお嬢様がここの桑の実が大好物なんだよ」


 チラリと父を見ると『仕方ない』という顔でうなずいている。


「はい、いいですよ」


 こうして近所の人さえ見たことがないセリオ農園の奥の区画を料理長セネシュが目にすることになった。


「こりゃまた、すごいな。野菜もネクタもポンカも、どれもこれもピッカピカの特級品ばかりじゃないか。サンザシもあるのか。土がまたいい。真っ黒で湿っててミミズがたんまりいる。こんな荒れ地に接している場所でどうやったらこんな土ができるんだ?」


 アレシアに案内されながら思わず声に出てしまう。畑の作物は見るもの全てが一級を超えた特級の品質だ。だが農園の娘はニコニコしているだけで答えなかった。


「ここからあっちまでが全部桑の木です。うちのザルで良ければ差し上げますので、好きなだけ収穫してください。お値段はザル一杯で小銀貨二枚です」

「二枚?あ、いや、なんでもない」


「たしか王宮うちはザル一杯を小銀貨四枚で買ってたな。まあ、八百屋を通してるから仕方ないか」


 ブツブツ言いながら桑の木に近づいて、また驚く。特級品の桑の実だけを選り分けて果物屋に納めているのかと思っていたが、実っているものがほぼ全部特級品だった。


(あの少女が育てているって本当かよ。どれも素晴らしい品質だぞ?)


 セネシュは実をもいでザルに入れていく。完熟の桑の実は潰れやすいから慎重に、でも大急ぎで。やがてザルにぎっしり実が入り、近くで待っていたアレシアにポケットからお金を支払った。


「ありがとうございます。これ、少しですけどネクタの実です。差し上げますのでよかったらどうぞ」

「おう、これは美味そうなネクタだ。ありがとうな。じゃ、急いでるからこれで!」


 料理長はネクタの実を背中のリュックにそっと入れ、桑の実の詰まったザルは布で包んでから片手に抱えて馬を走らせた。






 エドナ王女は届けられた新鮮な桑の実を華奢な指先で摘んで口に入れた。


「はぁぁぁ。美味しい。いつもより美味しい。もうこれだけを一生食べ続けたい」

「馬鹿なことをいうんじゃないよエドナ」

「そうだよ。そんなに続けて食べたら逆に桑の実を嫌いになるぞ」


 エドナ王女はチラリと二人の兄を見て顔をしかめた。兄達はお茶を飲みながら本を読んでいる。


「マークス兄様、モーシェ兄様。そんなことをおっしゃるならお兄様たちには食べさせません。お兄様たちの分まで全部私がいただきます!」

「よっぽど気に入ったんだな」


 兄によく似た顔立ちのモーシェ第二王子が桑の実を食べて「へえ」と驚き、それを見たマークス第一王子が「どれ」と同じく桑の実を食べる。そしてやはり驚いた顔になって隣の皿のカットされたネクタの実も急いで食べた。


「これ……」


 あの謎の農園で食べたネクタの味だった。

 あれ以来何回ネクタを食べても(あれのほうがずっと美味しかった)とがっかりしてきたと言うのに。



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書籍『砂漠の国の雨降らし姫1・2巻』
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