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砂漠の国の雨降らし姫〜前世で処刑された魔法使いは農家の娘になりました〜【書籍発売中・コミック配信中】  作者: 守雨


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20 絹布の力

 絹布を持って子供たちが帰った。

 イゼベルは窓際の椅子から外の通りを見ながら、ここ数年癖になっている独り言をつぶやいた。


「驚いたね。チャナが織ったそうだけど。小さな頃から外遊びもできずに寝ていた子が元気になったと思ったら。あんな素晴らしい織り手になるとは」


 『あの農家の水を飲み、持たせてくれる料理を食べるようになってから元気になった』とチャナの母親は言うけれど。


「何の病気かついに教えてもらえないままだったけど、栄養が足りて治ったってことかね?」


 イゼベルはひと仕事終えた気分になり、膝をかばいながら椅子の肘掛けにつかまって立ち上がった。


「おや?おやおや?」


 このところ楽になったとは言え、今、膝に全く何の違和感もない。刺すような痛みも熱を持ったような不快感もこわばりも綺麗さっぱり膝から消えている。


「どう言うことだい?」


 スタスタスタと室内を歩く。ぴょんぴょんと跳んだり屈伸をしたりしても痛くない。

 あの少女が相当な腕前の治癒魔法使いでもない限り、思い当たるのはさっき膝の上に広げた絹布だ。

 いやまさか。

 でもやっぱりそれしか思いつかない。

 彼女は呪文を唱えなかったし自分に近づきもしなかった。


 自分一人のやり取りを十数回繰り返して(やっぱりあの布じゃないだろうか)という結論に達した。




 イゼベルは戸棚の上に飾ってある夫の形見の腕輪に話しかけた。


「あんた。もしかするともしかするかもしれないよ。野菜といい絹布といい、不思議なんだよ」


 イゼベルは愛おしそうにそっと腕輪を撫でた。





 その夜、ハキームが帰宅した頃を見計らってイゼベルはハキームの家を訪れた。


「イゼベル!歩いて来たのか?膝は大丈夫なのか?」

「ほら。この通りさ」


 イゼベルはその場でピョンと跳んでみせた。


「ハキーム、ちょっと話があるからうちにおいで」

「お、おう。いいけどさ」




「ハキーム、あの絹布はどうした?」

「農園のご主人が売るって言ってたよ」

「待ってもらいな」

「なんでさ」

「あの絹布はただの上等品じゃないよ。膝の上に広げただけでアタシの膝が治っちまったんだ。その力に正しく値段をつけたら大金貨百枚だって出す人がいそうな代物だよ」

「……イゼベル、頭は大丈夫か?具合悪くないか?」


 イゼベルは自分の額に当てているハキームの手をペシッと叩いて立ち上がった。


「頭も膝もこの上なく快調だよ!ハキーム、貸し馬を連れておいで、ほら、料金は渡すから!今すぐ農園に行かなきゃならないんだ」




・・・・・




「それでイゼベルさん、この絹布には膝痛を治す力があったというんですね?」

「そうだよ。小金貨二枚なんて言っちまったアタシに責任があるからね。こうして夜に押しかけたのさ」

「そうでしたか。そんなことがありましたか」


 セリオはひとつため息をついて妻のイルダと顔を見合わせている。アレシアは何を考えているのか視線をさまよわせながら黙り込んでいて驚いた様子はない。


「ちょっと待っとくれ。あんたたち、アタシの話を丸ごとすっかり信じるんだね?」


 するとセリオはいきなりイゼベルに頭を下げた。


「ええ、信じます。だからこそお願いします。この絹布のことは秘密にしてもらえませんか。もしあなたの膝の話が広まるようであれば、私達は最悪の場合、この農園を捨ててどこかへ逃げるつもりです。今はそれしか言えません」


 ハキームは二人のやり取りを聞いて、今まで疑問に思っていたことが全部繋がった気がした。


 思えばいろいろ変だったのだ。


 この地区だけ他よりも雨が頻繁に降っていることも、夜に限って雨が降っていることも、汲みたての湧き水より雨水のほうが美味しいことも、チャナの体がどんどん良くなったことも。この農園には『魔法』が存在すると考えれば辻褄が合う。


(それなら俺は言うべきことがある。言わなければ)


「セリオさん、俺はこの農園に助けられました。妹がすっかり治ったから言いますけど、肺の病でした。薬はあまり効かなくて、そう遠くない日にチャナの命が尽きるんだろうと覚悟していました。でもここの水と食べ物であんなに元気になりました。俺は感謝しています。誰にも何も言いません」


 アレシアの両親が何も言わずに頭を下げた。アレシアは遠くを見るような目で壁を見ていたが、やがて口を開いた。


「イゼベルさん、今回のことが知れ渡ったら、おそらく色々な人が押しかけてきて、我が家はここにいられなくなるでしょう。絹布の持つ力を人のためにぜひ役立てたいけど……今はまだどうすればいいかわからないの」


「なるほど。なるほどなるほど。あんたたちが何を恐れているかはわかるさ。それならこうしよう。私ならこの絹布、アレシアを危ない目に遭わせずに役立てられるよ。他人から見たらあんたたちと関わりが無いように見えるアタシがひと肌脱ぐさ」


 イゼベルが膝痛を治してもらった恩返しにと提案する話を皆が真剣に聞き入った。イゼベルの話にアレシアとその両親は驚いた顔をしたが、アレシアは「その方法でお願いします」とイゼベルに頭を下げた。


「ありがとうイゼベルさん。それならこの絹布の力が無駄にならずに済みます」

「アレシア、あんたの役に立てるならアタシも嬉しいよ」





 帰りの貸し馬の上に二人乗りしながらハキームが礼を言う。


「イゼベル、ありがとうな」

「知らずにうっかり膝を治しちまったからね。お礼だよ。それに先の短いアタシだからこそ、誰かのために役立ちたいのさ」




 その夜、アレシアの両親はベッドに入ってから長いこと話し合った。雨の範囲は広がっている。絹布のこともある。そろそろアレシアの力は隠し通せなくなるかもしれないと。


「今はイゼベルさんに頼るとしても、このままアレシアの力を隠していることは正しいことなのか、自信がないわ。アレシアはあの年齢で驚くほど強く人の役に立ちたいと願っているわよね?」


「そうだな。思えばハキームを雇うときもアレシアはずいぶん必死だった」


「私はあの時、初めて自分から人と関わろうとしているアレシアの意見に賛成したけどね。半分は賛成、半分は不安でもあったの。でも、あの時にはもうアレシアは人を助けたかったのよ。なぜあの子があんなにも強く人を助けたいと思ってるのかは私にもわからないんだけどね」


 セリオは妻の頬を優しく撫でた。


「お前はいつだってアレシアを守ろうとして頑張ってきた。大丈夫。お前は間違っちゃいないさ。ハキームもハキームの縁で繋がったイゼベルさんもいい人だったじゃないか」

「そうなんだけど」

「あの子ももう小さな子供じゃない。あの子の生き方を見守る時が来たんだろうな」


 二人は互いに励まし合いながら眠りについた。


 



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書籍『砂漠の国の雨降らし姫1・2巻』
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