17 絹糸への道(2)
(1)と(2)を同時に更新しました。
本によると短時間お湯で煮た繭の糸を数本ずつまとめて糸にするらしい。
蚕が吐いた細い細い糸は思ってたよりも強い。引っ張っても切れることなく水に浮かべた繭から延々と取り出せる。繭は一本の糸で作られているんだなぁと皆で感心した。
私が数本の糸を一本にまとめて手繰り寄せ、イーサンがそれを板切れに巻き取る。薄黄色の繭も多かったけど、煮ると色は薄くなった。
板にはどんどん白い糸が巻き取られた。
「絹糸ってきれいなんだな」とイーサンが驚いている。ハキームは指で糸を触って「ツヤツヤツルツルしている」と滑らかさに感心している。
夕食の時に大人たちに生糸を見せたらすごく盛り上がった。
「桑の実を食べるためかと思ってたのに、すごいものが出来上がったな」
「糸を売ったら桑の実を売るよりお金になるわね」
と私の両親。
「これで布が織れたらいいのにね」
とイーサンのお母さん。
私もそれを目標にしているのよね。自作の絹布。
「布の織り方も図書館で調べてみるわ」
私がそう言ったらハキームがぽつりとつぶやいた。
「糸がたくさん集まれば機織り機で織れるよね?」
「機織り機?知ってるの?織ったことあるの?」
「俺じゃないよ。近所のお婆さんの実家が異国で絹織物してたって言ってたような」
「わぁ。私、その人に会いたい!」
「いいよ。明日にでも連れて行ってやる」
「絹織物かい?大変だよ。手間がかかる」
ハキームが会わせてくれたのはイゼベルというお婆さんだった。絹織物で有名なハルヤ国の出身だそうだ。
「できるかどうかやってみたいの」
「お金持ちのお嬢さんの道楽かい?」
真っ白な髪を肩で切りそろえたイゼベルさんはゆったりしたパンツを穿いて腰が隠れる丈のブラウスを着ていた。狭い家の中はきれいに片付けられていて趣味の良いお皿が飾られている。
「私の体力じゃ農作業をしてもあまり役に立たないの。蚕を育てて絹を作り出せたら農作業を手伝うよりもお金を稼げると思ったんです」
「蚕から絹布まで一人でやる気かい?」
「今のところは」
そこでハキームが割って入った。
「イゼベル、教えてやってくれよ。俺、この人の家ですごく世話になっているんだ。頼むよ」
するとイゼベルさんは苦笑した。
「おまえさんにはいつも野菜を貰ってるからね。不思議なことにあの野菜を食べるようになってからだいぶ身体の調子がいいよ。もしかしてあの野菜はお嬢さんの家の野菜かい?」
「えーと、たぶんそうかな?」
ハキームがもじもじする。
「アレシアすまない。勝手なことをしたけど、毎日もらって食べきれない分をイゼベルにも少し分けてたんだ」
「全然問題ないわよ」
思わぬところに野菜が運ばれていたのね。
「やってみたいんなら教えてやるよ。私の実家は絹織物を織る家だったんだ。ひと通りのことは教えてやれるよ」
「ありがとうございます!お礼をしますので」
「じゃあ、これからもアタシに野菜を分けてもらえるかい?」
「はい。もちろん」
こうして私は経験者に絹布を織る作業を教えてもらうことになった。
二人でラクダに乗って帰ってる途中、ハキームが謝ってきた。
「勝手に野菜を分けてごめんね。婆さんは膝が痛くて買い物するのにも苦労していたからつい。でも毎日一食分くらいだよ」
「いいのよ」
「あの野菜はもしかしてただの野菜じゃないのか?何か特別な肥料を与えてるとか?」
なんて答えたらいいか。野菜に治癒効果があるかどうかは不明だけど、チャナにもイゼベルさんにも効果があったのなら、そういうことなんだろうか。
そんな力が私の雨にあるのだとしたら、素晴らしいことだけど。病気のチャナでも効果がはっきりするまで二ヶ月かかったって言ってたから、健康な人は気がつかないんだろうな。
「ハキーム、あなたは本当にいい人よね」
「いきなり何?」
「私が知ってる男の人の中でお父さんと並ぶくらいいい人よ」
クスッとハキームが笑う。
「アレシアの知ってる男の人って、セリオさんとナタンさんとイーサンだけじゃないか」
「えっ?……ああ、そうだったわ」
そうだった。前世で知っている男性を数に入れたらだめだったわ。





