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砂漠の国の雨降らし姫〜前世で処刑された魔法使いは農家の娘になりました〜【書籍発売中・コミック配信中】  作者: 守雨


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15/68

15 桑を育てる

 今日はハキームと私が市場に桑の苗を買いに来た。今はその帰りだ。


「ラクダに乗るのは初めてだけど、こんなに揺れるとは」

「ハキームならすぐに慣れるわよ」


 砂漠に住んでいた時の移動手段として我が家はラクダを三頭飼っている。王都に住んでいる今は馬車も使っているが、『アレシア一人での馬の扱いはまだ心配だから』と言われて使ったことはない。


 今日はラクダ二頭で来て大きめの苗木を八本買った。雄の木を二本、雌の木を六本。桑の木に雄と雌があるなんて知らなかった。


 桑を育てようと思ったのは実を食べたいのもあるけど、ハキームの言った『桑の木は水をたくさん必要とする』って言葉を聞いて桑の実を売ろうと思いついたのだ。


 王都は商売には有利だ。王都に住んでいるならばお金を稼げる時に稼いでおき、何かあったらお金を持ってさっさと逃げる、この手段を確保しておくべきだと思っている。


 いつまで私が両親と暮らせるかわからない。両親の安全のために、最悪の場合私が一人で逃げなきゃならない可能性だってある。お金はいくらあってもいいはずだ。これは両親には話してはいないが。



「そんなに桑の実を食べたかったの?」

「それもあるけど、うちは水に不自由してないから桑の木を育てて実を売ろうと思って。水が豊かじゃないと育てにくいなら、この国では桑の実は高値で売れるはずでしょ?」

「なるほど。でも雨が降るのはいつまで続くかわからないよ?突然降らなくなることだってあるでしょ?」

「そうね。その時は残念、と諦めるわ」


 雨は降る。私がそこにいる限り。


「それにしても桑の苗木一本で小銀貨五枚もするなんて驚いた。それを八本も買うからもっと驚いた」

「何にでも初めの費用は必要よ」


 ハキームは困惑したような顔になった。


「変なこと言ったかしら」

「いや。なんていうか、大人みたいな言葉を使うんだね」

「あー……最近図書館に通って難しい言葉を覚えたから。使ってみたくて」


 しばらく二人でラクダを並べて歩いていたが、ハキームが何かを言いたそうな顔をしている。なんだろう。


「あのさ。ひとつお願いがあるんだ」

「なあに?」

「俺、字の読み書きができるようになりたいんだ。イーサンが字の勉強をするとき、俺もそばで見ていちゃだめかな。その分、ちゃんと仕事はするから」

「もちろんいいわよ!見るだけなんて言わずに一緒に勉強しましょうよ。私は、その、独学で字を覚えたけど、人に教わったほうが早いもの」


 ハキームがパアッと明るい顔になった。


「ありがとう。俺が字を覚えたら妹にも教えてやれる。あいつはずーっと家で寝てるばかりだから字が読めるようになったら読み物を買って読ませてやりたいんだ」


 泣ける。


 なんて良い子だろう。ハキームと知り合えて良かったわ。こんな純粋で心のきれいな子に出会えたことに感謝したい。前世で出会った貴族や王族の男たちにこんな純粋な若者がいただろうか。……いないわ。全然いなかったわ。そして婚約者の陛下は……いや、もう思い出すのも虚しいからやめよう。


「よし、家に着いたら張り切って苗を植えて、野菜の収穫もして、鶏の世話もして、そしたら字の勉強をしましょう!」

「アレシアはそんなに頑張らなくていいよ。俺の仕事がなくなっちゃう」

「大丈夫。農園の仕事は終わりがないもの」


 この国は一年中暑い。季節が変わる国もあるらしいけど、この国は季節でいうとずっと夏だ。同じ作物が一年に二回も三回も収穫できる。父に教わった通りに野菜くずや鶏糞、ラクダの糞、馬糞を寝かせてから畑に鋤き込んでやると植物はどんどん育つ。


「働くっていいわよね」

「俺は農園に来てからそう思うようになった。水売りの時は客を待つだけで、今思うとしんどかった。農家は頑張ったら頑張った分、ちゃんと結果が出るから楽しいよ」

「そっか。たしかにそうよね」


 私達は農園に帰ってすぐに苗木を植えた。

 念のためにネクタの木の先の、農園に入ってもすぐには見えない場所に植えた。農園は誰も来ないけど念のためね。大きく育ちますようにと雨水を桶で運んでたっぷり根本にかけた。





 

 桑の木はすくすくと育った。

 どんどん枝が伸びて大きな葉を茂らせた。そして虫がついた。


「ひゃあ、お父さん、桑の木に白っぽい芋虫みたいのが何匹もいるよ」

「どれ、ああ、こりゃあ蛾の幼虫だなあ。桑の木は美味しいんだろう」


 お父さんは芋虫を指で摘んでどんどん汗拭き用の布に包んでいく。


「な、なにやってるの?」

「鶏に与えるんだよ。大喜びするぞ。卵も美味しくなる」

「うわぁ。ミミズだけじゃなくて芋虫もご馳走なのね」


 桑の木は私の担当だ。だから毎日せっせと自作の木のトングで芋虫を捕まえては鶏に与えた。

 鶏たちは私が芋虫を箱に入れているのをすぐに覚えて、箱を持って小屋に近づくと大騒ぎして駆け寄るようになった。押し寄せる時の彼らの迫力が恐ろしいよ!


「怖い思いをして捕まえたんだからだいじに食べてよね」


 ま、そんな言葉が通じるわけもなく、鶏たちは丸呑みで食べまくるけど。

 芋虫は取っても取っても桑の木に発生する。もはや桑の木が生み出してるのかと思うほどだ。だから取り切れなくて繭になってるのもあった。


「あれ?これって……」


 前世で他国の絹織物の工房を訪れたとき、こういうの見た覚えがある。

 繭を茹でて絹糸を紡いで生糸にして、それで絹布けんぷを織っていたような。


 我が家の桑の木で見つけた繭はほぼあれと同じものだった。

 これ、増やしたら絹の糸を作れるんじゃないかしら。


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書籍『砂漠の国の雨降らし姫1・2巻』
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