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砂漠の国の雨降らし姫〜前世で処刑された魔法使いは農家の娘になりました〜【書籍発売中・コミック配信中】  作者: 守雨


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14 ハキームの家族

「ただいま母さん、チャナ」

「おかえりハキーム」

「おかえりなさい兄さん」


 ハキームの家は王都の中でも最下層の地区にある。


 父が水売りに出かけたまま帰らなくなってもう六年。自分たちの稼ぎで家賃を払えるのはこの地区しかなかった。父は自ら出ていったのか事件に巻き込まれたのかわからない。蓄えなど無かったから食べるために母と自分は働き続けた。妹が病弱で長いこと寝込んでいるけど、最近はだいぶ調子がいいようだ。


「チャナ、いいもんがあるぞ。ほら」

「兄さん、これはなあに?」

「サンザシ飴だよ。農園で採れたサンザシの実に奥様が飴がけしてくれたんだ」


 妹も自分も、サンザシ飴を食べたことがなかった。聞いたら母もないらしい。チャナは見たこともないはずだ。三人は指先でつまんでひと粒ずつ口に入れた。


「わあ!兄さん、飴がパリパリするね」

「甘酸っぱいサンザシと甘い飴を一緒に食べると美味しいのね。飴がけは初めて食べるわ」

「うまいなぁ」


 夕飯前だったけれど、三人は甘酸っぱいサンザシ飴を時間をかけて楽しんだ。


 アレシアの家を出るときに水で溶いた小麦粉を焼いたペテと豆と鶏肉の少しだけ辛い煮込み、ゆで卵を手渡された。奥様は「おかずの足しにしてね」と言うけれど、ハキームの家ではこれは豪華なメインのおかずだ。


 ゆで卵を見ながら(あの農園の卵を食べた日は特に疲れが取れる気がする)と毎回思う。気のせいだとは思うけど。


「ありがたいわね。ハキームは本当に良い人に雇ってもらったわ」

「うん。俺もそう思うよ。こうして助けてもらっているからチャナの薬も安心して買えるようになったしね」


 金属の容器に入れてあるおかずを皿に盛り、木のコップに農園で詰めてもらった水を注ぐ。


「さあ、食べて。俺はもう食べてきたんだ」


 一日中掃除仕事をしてきた母と病気で寝てばかりの妹が美味しそうに食べている。ハキームは一家の主になったようで、心が満たされた。


「兄さん、このお水、本当に美味しいね」

「汲みたての泉の水より雨水のほうが美味しいなんて、いまだに信じられないけどな」

「雨水そのままじゃないでしょう?とっても美味しいもの」


 ハキームは農園で旦那様に見せてもらった濾過器のことを説明した。


「砂や木炭を入れた樽を通すときれいになって美味しくなるんだそうだよ」

「私ね、この水や兄さんが持ち帰ってくる食べ物を食べるようになってから、一度も熱が出てないの。まるで魔法の水と魔法の食べ物よ」

「あはは。魔法は大げさだよ。それにしてもあの農園の人達はみんな、本当に優しいよ」



 農園は夜になると雨が降るらしくて土はいつもしっとりしている。

 正直言うと、水売りであちこち歩いたことがあるハキームには謎だらけだった。あの地区だけしょっちゅう雨が降るなんてありえないと思う。それに雨が降ると言う話が本当なら、雨雲が湧いてないのに雨が降っていることになる。


「まあ、なんでもいいさ。俺は優しくしてくれるあの人たちのために一生懸命働くだけだ」

「そうね。母さんは神様と農園の皆さんに毎日感謝の祈りを捧げてるのよ」

「私も!」



 その夜、粗末なベッドで横になりながら、ハキームは妹の言葉を思い出していた。

 妹は農園の水や食べ物を口にしてから熱が出なくなったと言っていた。言われてみれば熱冷ましの薬をしばらく買ってない。さっきの食べている様子を見ると、以前よりもずっと食欲が旺盛になっている。


 甘くさえ感じられるまろやかなあの水は、もしかすると本当に魔法の水なのかもしれないと思う。


「いや、そんなわけないか」


 この国は母さんが生まれる前にはもう魔法使いがいなくなったと聞いている。その前だって魔法使いは二十年か三十年に一人くらいしか生まれていないと父さんが言っていた。だとしたら王都の一番外側のあの農園に魔法使いがいるわけはない。いるなら王宮で暮らしているだろう。


「それでもやっぱり魔法みたいに素敵な農園だな」


 思わず声に出して言うと、同じ部屋の窓際で寝ている妹が話しかけてきた。


「兄さん、農園の人たちのことを話して聞かせてよ」

 

 妹は毎日家の天井と壁と窓の外しか見ていない。ハキームはそんな不憫な妹のために、話をしてやることにした。


「雇い主のセリオさんと奥さんのイルダさん。九歳の娘さんはアレシアだ。隣の家にはナタンさんとベニータさん、息子さんがイーサン。七歳だったかな」

「アレシアさんてどんな人?」

「とても頭が良さそうで優しくて働き者だよ」


 チャナはその答えに少し不満そうだ。


「そうじゃなくて見た目はどうなの?」

「どうって……肩くらいまでの長さの栗色の髪の毛がふわふわしていて、目が少し変わってるかな。濃い青色の目なんだけど、近くで見ると金色の星が散っているんだ」

「わあ。素敵ね。美人なの?」


 女の子はおませだな、とハキームは苦笑する。

 チャナはアレシアと同じ九歳だが、アレシアに比べるとずいぶん幼く見える。病気で寝てばかりで体の成長が遅れているのもあるが……そうだ、アレシアは大人っぽい、と言うより時々大人みたいな喋り方や表情をする。


「兄さん?」

「ああ、ごめん。考え事をしていたよ。アレシアは美人だよ。かわいいっていうよりきれいって感じ」

「へえええ」


 なにか含みのある返事をされたような気がするが、妹はクスクス笑うばかりでそのまま寝てしまった。


「明日も農園だ。寝なきゃな」




 水売りをしていたときには思わなかった「明日も仕事だ、頑張るぞ!」という自分の気持ちの変化に、ハキームは少しだけ微笑んで目を閉じた。

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書籍『砂漠の国の雨降らし姫1・2巻』
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