11 俺だって守れる
貨幣価値のイメージは
・小銅貨=10円
・大銅貨=100円
・小銀貨=1000円
・大銀貨=1万円
・小金貨=10万円
・大金貨=100万円
「お客さーん、うちみたいな庶民の店で金貨出されても困りますよ」みたいな感じ。
小金貨以上は平民には縁遠く、貴族や役人、大商人たちが扱うイメージです。
「私は家に帰れば好きなだけ料理して食べられるから。うち、農家なの。食材だけは豊富だから気にしないで食べて欲しいな」
ハキーム少年は少し迷っていたから私は譲らないオーラを出しまくった。
「じゃ、遠慮なくご馳走になるよ」
私はイーサンのお弁当を少し貰って三人でお弁当を食べた。
「弁当、美味いです」とハキームが褒めてくれた。そしてモグモグとお弁当を食べながらが眉を下げて「だめかな、水」と頼んできた。
「だって水を入れた樽を天秤棒で担いで運ぶんでしょ?うち、ここから四キロはあるのよ?それより、一日の売り上げがいくらあれば食事抜きにならないで済むの?」
ハキームは年下の女の子の私に心配されるのが恥ずかしいらしく顔を赤くしながら答えてくれた。
「コップ一杯が小銅貨三枚だけど、少なくとも五十杯は売らないと飯が食べられない。あ、でも親に意地悪されているわけじゃないから」
小銅貨百五十枚。つまり小銀貨一枚と大銅貨五枚ってことか。
「そう……。水のことはお父さんに聞いてみます」
「助かるよ。この水もこのお弁当も美味しかった。それと……」
ハキームがポケットからきちんと折りたたんだ赤いリボンを取り出した。
「前にそこの茂みに落ちてたんだけど」
「あっ。それ私のお気に入りのリボン。拾ってくれたのね。ありがとう」
「いや。どういたしまして」
お弁当箱をしまって笑顔で別れた。しばらく無言だったイーサンが「あいつ怪しい」と言い出した。
「なんで?怪しくないわよ。真面目に働いてる頑張り屋さんじゃないの」
「あいつ、なんでリボンがアレシアのだってわかるのさ。わかってたんなら前に水を買った時に渡せばよかったじゃないか」
「リボンのことは忘れてたとか?それか、色んな人に聞いてくれてたとか」
「アレシアは誰でもすぐに信用するんだな。悪いやつかもしれないのに」
手を繋いで歩いてたけど、思わず立ち止まった。
「悪い人って?私たちのことを殺すとでも?」
「そこまでは……」
(悪い人っていうのは圧倒的な力の差がある相手を問答無用で何百人も殺す前世の私みたいな人のことよ)
私が黙り込んだらイーサンが慌て出した。
「俺が言いたいのはアレシアが、その、すぐに人を信じるから……心配って言うか」
私はイーサンの頬を思わず撫でた。
「心配してくれてありがとう」
「やめろ。赤ちゃん扱いするな!」
「あっ、ごめん。ふふ。でもね、ハキームのことを何も知らないのにそんなことを言っちゃだめ」
「ごめん。悪かった」
その夜、二家族で夕食を食べてる時にハキームの話をした。小銀貨一枚と大銅貨五枚は稼がないと夕食を抜きにされると。
「水売りは元手が要らない代わりに儲けの薄い仕事だからなあ」
「十三歳っていったら大人より食べたい年頃よね」
父と母が悲しげに言う。
ナタンおじさんとベニータおばさんは暗い顔になった。
「イーサン、うちだってアレシアの家に助けてもらった時は飢え死にしそうだったんだ。貧しい家は何かあればすぐに食い詰めるものだよ」
「そうよ。セリオおじさんたちが受け入れてくれなかったら、お前は今頃は生きていなかったわ」
イーサンがしょんぼりした。
「セリオ、いいかい?アレシアのことを話しても。もうイーサンも秘密を守れる歳だ。また外で余計なことを言っては困る」
父は少し考えてから
「話すなら俺から話すよ。いいかい?アレシア」
と私の了解を求めた。
みんなが私を見る。
何も知らされていないイーサンが外で何かやらかしてからじゃ遅い。そろそろ潮時だろう。
「いいよ。きっとイーサンは秘密を守ってくれる」
父は私の赤ちゃん時代のことから全部話した。
「アレシアの力が知られてしまったら、きっと普通には暮らせなくなる。偉い人に連れて行かれてしまうだろう。だから内緒にしてくれるかい?イーサン」
「セリオおじさん、ほんとにここに来て良かったの?近所の人はアレシアが引っ越してきたとたんに雨が降るようになったことを怪しむよ!」
「安心しろ。雨は他の土地にも降っている。だからここは疑われにくい。ここに引っ越してからアレシアは週に二日は馬車で寝てるんだ」
イーサンが「ん?」という顔になる。
「毎晩この辺だけに雨が降ったら怪しまれるだろう?だからアレシアは週に二日は幌付きの荷馬車に乗って寝ているんだ。夜中か夜明け前の数時間は父さんとセリオおじさんが交代で王都のあちこちを馬車で動いてるんだよ」
「そんな。アレシア、可哀想に」
私のせいで厄介なことになってるのはわかってる。でも、父さんたちは農家の仕事を大切にしてる。農園のために私の雨が役に立ってる。私が家を出ることも考えたけど、この善良な両親と別れることがつらくてどうしてもできない。両親も九歳の私が家を出たら苦しむだろう。
「私、だから図書館で調べてるの。まだ何もわかってないけどね」
イーサンがガタッと椅子から立ち上がり怒ったような顔で宣言した。
「俺だってアレシアを守れるよ!アレシアの秘密だって守れるからな!」
イーサン。可愛いやつめ。
「それでね、私、ハキームにうちで働いてもらえないかなと思って。ハキームは昼間だけだから雨を見ることはないわ。お父さんたち、人手が足りないって言いながら誰も雇わないよね?それ、私のためよね?」
「アレシア……」
前世のいろいろな記憶が甦って、思わず涙声になる。
「お父さん聞いて。私、自分を守るためにハキームの苦労を知らんふりするのは苦しい。父さんたちが気を遣ってくれてるのに、申し訳ないと思ってる。でも、だめかな。昼間だけ。昼間だけ働いてもらうこと、できないかな」
「わかった。わかったから泣くな。アレシアは優しいな」
私の前世を知らない父が頭を撫でてくれた。
(お父さん、私本当はお父さんが思うような優しい人間じゃないの……ごめんね。ごめんねお父さん)
何もかも申し訳ない。でもハキームのことは助けようと思えば助けられるのに、と思うとつらくてつらくて。少年一人を手助けしたいと思っても周りの大人たちに厄介をかけ続ける人生に少し疲れてしまって。
心は大人の私がついに泣いてしまった。





