第十八話 帝国へ
「問題はだ、その島が帝国領で、その船が軍部の監視下に置かれてるってことだな」
船に戻り、ハイバリー号の船長室に集まった五人。ユーゴーが口許を隠すようにして話し始めた。
その言葉に対して、ルチルは微笑むだけだった。
「いや、ユーゴーよ。こいつを見くびるな。そんなことは承知で、こいつはスクードに提案したんだ」
庇うようにトマシュが口を挟み、ユーゴーは驚きの表情で返した。
「正気か? 勇者を連れて帝国領に乗り込もうなんざ、自殺行為以外の何物でもねーだろ」
そこに関してはユーゴーの言う通りだった。
北の帝国と水の都とは、犬猿の仲にあたる間柄なのだ。
現代でこそ両者は他国への配慮や互いの国力の衰退を危惧し、不可侵条約を締結している。だがほんの数十年前までは争いも絶えず、小競り合い程度の戦争は頻発していた。
その影響もあって、水の都の寵児でもある勇者達は帝国から目の敵にされており、彼らが帝国領に踏み込んで発見されようものなら即捕縛、場合によっては極刑も適用されると言われているのだ。
「だから、ルチルは『壁が立ちはだかってる』って言ったんだろ? 俺らが考えるべきは、その壁をどうやって取り払ってやるのかってことだ」
トマシュの言葉にユーゴーの驚きは更に大きくなった。
それは、目の前に座る連中の無謀にではない。無謀を承知で、それを語り合うでもなく手助けしようとしている、この連中の関係性に驚いていたのだ。
「およよ? せんちょー、連れてってくれんの?」
が、トマシュの決意に反し、ルチルの反応は非常に冷たかった。
「おいおい……」
トマシュは思わず苦笑して言った。
「こう見えても俺らはけっこう暇なんだぜ? なぁ、アンドレ?」
同意を求められたアンドレが無表情で返した。
「もうお頭が格好いいことを言っちまいやがってくれやがったんで俺の言うことは特にありやせんわ」
「今の格好よかったのか!?」
アンドレの独特の美学に対し、スクードが瞬発力高めに突っ込み、その流れにルチルはウケていた。
ユーゴーは頭を掻いてその様を眺め、そして思い知っていた。
「てめぇらの覚悟はよぉく分かった。ただの仲間の思いつきでそこまで命を張れるんなら、もう何も言いやしねぇ」
羨ましい仲間だ。
本音だけは隠していたが。
「帝国領に入るだけなら簡単だ。俺が手引きしてやる。だが、船に近付くのはてめぇら次第になるから、そこだけはきちんと考えとけよ」
「え? お前が手引きすんのか?」
ユーゴーの提案に、今度はトマシュが驚いた。
「忘れたか? 俺達はてめぇらを捕縛すれば私掠船に返り咲けるんだ。ってことは、てめぇらがうちの船に乗ってても何の不思議はねぇってことだ。帝国からすればな」
「いや、そうなんだが、なんでお前も俺らに協力する気になったんだって訊いたんだ」
真面目に説明するユーゴーに、訝しげにトマシュが問い掛けた。
無論、ユーゴーはムッとしながら答えた。
「帝国にゃ大きな借りがある」
「ゲルダの弔い合戦ってとこか」
半分食い気味のトマシュの言葉は、ユーゴーの気持ちそのものだった。
「口にすんのは恥ずかしいがな、そういうことだ。あいつが果たせなかった復讐を、少しでも肩代わりしてやろうかと思ってな」
「へっ。お前も大分いい顔になってきたじゃないか」
その返答に、トマシュは満足そうに笑っていた。
「ちょっといいですかぁ?」
そこでルチルが口を開いた。
「ルージュカノンが捕縛されたって体で忍び込むのはいいんだけど、スクードと私はどうすんの? 多分だけど、ゲルダは本国に報告入れてたよねぇ? 勇者ご一行が帯同してるってさぁ。」
その通りだった。
ゲルダは造反を見抜かれないために、軍部との関係は正常を保っていたのだ。
「その点も特に問題はねぇ。私掠船にゃ不法侵入した勇者の捕縛も義務付けられてるからな。てめぇらが勇者だろうが海賊だろうが変わりはねぇってことだ」
「んー、そういうこっちゃないんだよね。軍部からしてみたら、よく分からないけど私はあの研究所の扉を開く鍵扱いだったわけで、それならその船を調査するに当たっても鍵扱いされてもおかしくないよねぇ? そんな私達がまんまと捕縛されてったら、それこそあちらさんにとっては鴨ネギではありませんでしょーか。ってこと」
「ああ、そういうことか」
ユーゴーは更に激しく頭を掻いていた。
「ゲルダは俺に何もかも話してた訳じゃねぇからはっきりとは言えねぇが、恐らくそれは無いはずだ。あんたが鍵だと捉えてたのはゲルダのみで、そこに関して報告は入れてなかったみたいだからな」
「なるほど。魔界軍師にとっても、ルチルの存在は切り札だったって訳か」
納得した様な口振りでトマシュが相槌を打った。
「なら、まぁいいかねぇ」
ルチルもまた納得していた。
彼女もまた、ゲルダの頭脳には一目を置いているのだから。
「話はまとまったな。出発は明朝にする。まずは手近な町で補給してから、そのまま帝国を目指すぞ。いいな?」
言いながらユーゴーは立ち上がった。
流石は大海賊団の長と言うべきか。その威厳ある号令には、トマシュ達からも異論は出なかった。
ユーゴーが去り、アンドレがクルーを指揮するために船長室を後にする。ルチルもまた、調べたいことがあるとのことで早々に部屋を出た。
残されたのはトマシュとスクードだけだった。
二人きりになり、スクードがトマシュに問い掛けた。
「いいのか? あんたらも巻き込んじまって」
その問いに、トマシュは真剣な面持ちで答えるだけだった。
「ああ。第二、第三の密林の国を出しちゃぁならないからな。この辺で、魔族って奴らにはしっかりと人間の恐ろしさを分からせてやるべきだ」
その返答にスクードもまた納得した表情を浮かべ……否、安堵したと言うべきか、とにかく浮かべていた。
「なら安心だ。あんたらを俺らの都合でいつまでも振り回してんのは、俺も気が引けてたんだ」
「はぁ? お前ね、いつまでも寝言言ってんじゃないよ。お前は俺の手下である以前に、仲間っつってんだろーが。いい加減に目を覚ませ」
そんなトマシュの笑顔に、スクードは胸が詰まる想いに襲われた。
「……あぁ、ああ、そうだよな。悪かった」
「だろ? だから何も気にすんな」
「ああ。ありがとうな」
スクードもまた、彼に笑い掛けた。
「じゃあさ、仲間だって見込んで、もう一つ頼みがある」
「なんだ?」
「もし、もし俺に何かあったら、ルチルを頼む」
その言葉を聞いた途端、トマシュは声を上げて笑った。
「だっはっはっ! ったく、めんどくさい奴だな、タコ野郎、お前は! いいか? その頼みは俺は聞かねぇぞ。 てめぇの女くらい、てめぇで最期まで守れよ、このタコ野郎!」
予想通りの答え。
その答えに、スクードは更に安堵していた。
彼の背を後押ししていた。
「ああ、じゃあそうするわ。ありがとうな。トマシュ」
満足そうに言うと、スクードもまた部屋を後にした。
残されたトマシュの顔は、それはそれは晴れやかなものだった。
ーーー数時間後……
オール・ハロウズ号、船長室。
「船長、具合でも悪いんですかい?」
「分からん。しかし、どうせ大したことないだろう。直に治る。」
ガタンっ!
ユーゴーの巨体が椅子から転げ落ちた。
「せ、船長!? 大丈夫ですかい!?」
「大丈夫、大丈夫だ。」
その目は、真っ赤に血走っていた。




