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第十七話 悲しみのその後で

 ―――二人は立ち上がり、ハイバリー号へと歩みを進めた。


 船の前では、仲間達が二人を待っていた。


 そこにはもちろん、


「スクード……」


 この少年が立っていた。

 いや、ルチルとの旅は既に一年以上も経過しており、既に少年は青年への階段を登り始めている。

 そんな、ルチルの大切な彼が、ルチルを待ち構えていた。


「俺、ずっと寝てたんだってな? そんで、お前、俺のために一生懸命頑張ってくれたんだってな? 嫌な想いもさせちまったな……悪い」


 バツが悪そうに、スクードは頬を指で掻きながら、そう呟いた。

 ルチルは、首を振るだけだった。


「寝てたらさ、夢の中で、お前の声が聞こえたんだよな。俺の名前を呼ぶ、お前の声が。そしたら目が覚めたんだけど、知らねー部屋だし、外はうるせーし。外へ出てみたら皆が乱闘しててよ。よく分かんねぇけど加勢しなきゃって……」


 きっと、照れ隠しだったんだろう。

 いつにも増して口数が多いスクードだったが、そんなスクードの言葉が途中で途切れた。


「「ひゅー! ひゅぅー!」」

「「おいおい、熱いねぇー!」」

「「かぁー、見せつけてくれんなよな!」」


 ルージュカノンの仲間達から、そんな声が上がっていた。


 つま先立ちをしたルチルの踵が地面へと舞い戻った。

 スクードは顔を真っ赤にして、目を白黒とさせるだけだった。


「お帰り! スクード!」


 そんなスクードに、ルチルは笑って見せた。

 未だかつて見せたことも無いほどの、自分でも初めてだと自覚出来るほどの、とびきりの笑顔で。


 だからトマシュは言った。


「お前ら、しばらく船内での接触は禁止な!」




 ―――ハイバリー号もオール・ハロウズ号も互いにダメージは大きくなかった。

 とは言え修繕には一両日は要するだろう。

 その間、ルチルはスクード達と共に研究所の扉を岩で封鎖した。

 もう二度と、誰もここへ足を踏み入れない様に。

 ただ、あの場所がルチルの知的好奇心を大いに刺激したのも事実だった。

 だがしかし、彼女はそれを押し留めると、最後の石を積み上げた。

 

 ルチル、スクード、トマシュ、アンドレ、そしてユーゴー。彼らは洞窟内を重い足取りで歩いていた。

 おもむろに口を開いたのは、トマシュだった。


「おいユーゴー」

「あん?」

「お前、怪我はもう大丈夫なのか?」


 その問い掛けにユーゴーは腕を振って見せた。


「ああ。元から掠り傷だったが、そこの勇者様に治して貰ってな。見てみろ、もう傷痕すら残ってねぇよ」

「そうか、なら良かった。にしてもスクード、お前、その精心術を完全にモノにしたんだな。流石だぜ」


 トマシュの称賛に、スクードは照れ臭そうに頬を掻くだけだった。


「ねぇ、スクード」


 そんな取り留めのない会話の中、突然ルチルがスクードの名を呼んだ。


「なんだ?」

「あのさ……」

「……どうした?」


 ルチルは大きく息を吸い、それからゆっくりと言葉を紡ぎだした。


「もしさ、もし……魔澪(まれい)大陸に渡れるとしたらさ、行きたい?」


 魔澪大陸。

 何度か名前だけは登場してきた、魔族の巣窟。

 世界地図では西の端に位置するも、現実には密林の国がある大陸と、帝国や草原の国、港街などがある中央大陸との中間に横たわる、生物では不可侵な領域。

 勇者達が目指す最終地点。

 ルチルが口にしたのは、その地の名だった。


「行きたい? ……って、そりゃ行きたいけど、渡る方法があるのか?」


 もちろんスクードは訝しんだ。

 が、思い直した。

 彼もまた、自身が昏倒している間の出来事は知る由もない。きっと、ルチルは何かを掴んだのだろう。素直にルチルの言葉に耳を傾けることにした。


「まだ不確実……ってか、希望的観測でしかないし、その方法が確実だとしても、それを手に入れるまでにはものすごい壁が立ちはだかってる」


 この女がここまで言葉を濁すのは珍しい。それだけ困難なのだろう。

 それだけでスクードは察しがついた。


「もし本当にそんな方法があるとして、お前が躊躇する方法なんだとして、だとして、それでも、お前がやれると思うなら、俺はやるさ」


 そのスクードの言葉は、ルチルを後押しした。


「分かった。ねぇ、ゲルダ大好きせんちょー」


 ルチルはユーゴーへと振り返った。


「……心を握り潰す様な呼び名はやめろ。なんだ?」


 頬をひきつらせながらユーゴーが答えた。


「あの、ゲルダが言ってた船。『北の大地に眠る羽の生えた船』。それって、空飛ぶ船ってことだよねぇ?」


 ユーゴーの頬の痙攣が更に激しくなった。


「ったく。本当に(さと)い奴だな。ゲルダが言ってたのか?」


 ルチルは軽く頷いた。


「空を飛ぶ船? そんな物があんのか?」


 問い掛けたのはスクードだった。


「そぉ。私の持ってるスーパーコンピーターと並べて言ってた。あれね、持ってるし使ってはいるんだけど、丸っきり謎な物体で、仕組みも分からない実は何なのか全く知らない代物なんだよねぇ。ってことはその船も、きっと私達の文明とはかけ離れた、オーバーテクノロジーだってことを指してるんだと思うんだよね。であれば、羽の生えたって意味、そう考えるのが妥当じゃないかなぁ」


 スクードに答えてはいるが、ルチルの視線はユーゴーを捉えて離さなかった。


「俺もよくは知らねぇが、ゲルダは確かにそんなことを言ってたな。帝国領の最果て。北の海に浮かぶ小さな島の奥地に、羽の生えた船が横たわってるって」

「島の奥地に船が……きっとそんな場所にあるのは空を飛べるから……やっぱりそう考えると納得出来るシチュエーションだねぇ」


 朗らかに、間延びした口調だが、その実は真剣そのもの。いつもながらのルチルの態度だが、それが向けられてるのが自分ではないことに、スクードは若干のモヤモヤ感を覚えていた。


「そうか? もしかしたら、その島は昔は海だったんじゃねぇか?」


 少し邪魔してやりたい。悪戯心と嫉妬心に突き動かされ、スクードは横槍を入れてみた。


「っ!? スクード君、まさか地殻変動とか海面上昇とか、そんなことまで知ってると言うのかね!? いつの間にそんな博識に!? まさか睡眠学習!?」


 逆にルチルはとてつもなく驚いたって表情を浮かべてスクードに詰め寄ってきた。

 正直、スクードはかなり適当にあり得ないと思う話を口走っただけなのだが、まさかルチルがここまで反応を示すとは。

 完全にやぶ蛇であったと、スクードは発言を後悔していた。


「いや、適当に言っただけ」

「なぁんだよぉ! おねーさんてっきり、スクード君ととてつもなく深い地質学とか環境学のお話が出来るようになったんかと、心底期待しちゃったじゃんさぁ!」


 そこまで期待させたとは。

 スクードは面目ない気持ちでいっぱいになった。


「悪い。もう無駄口叩かねぇから、とりあえず話を進めてくれ」

 

 そんなスクードを見つめながら、ルチルは言った。


「ううん、話はもう済んだよ。スクード、空飛ぶ船を手に入れよ。そんで、行こうよ。魔澪大陸にさ」


 穏やかな、そして、慈愛に満ちた笑顔で。

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