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第十五話 悪の華

 パリーン!



 ゲルダの手から滑り落ちた小瓶は、固い金属の床にぶつかると、無数の破片と変わり、細い悲鳴を響かせた。


「私の記憶を消した? 

私を良いように利用するために、記憶を全て消して、自分達の都合の良いように新しい記憶を刷り込んだ?


そう思っていたのは、あいつらだけ。

私はずっと、ずっと、何もかも忘れていない。

士官学校に入っても、憲兵になっても、そして戦争に行っても、

何もかも覚えていた!

分かっていて、記憶が無いふりをしていた。


何故だか分かる?

全てはこの時の為よ。


この場所に辿り着き、この古えの技術を手に入れ、世界を手に入れる。

それは全て、全てあいつらの望み。


私はね!


あいつらが欲しくて欲しくて堪らないこの場所を破壊して、

あいつらの望みをぶち壊すためにここへ来たのよ!!


傀儡を演じ、屈辱に耐え、悪の華を咲かせ、

それでも、それでも

ここに来ることだけを希望に、全てに耐えてきた!!


全てはあいつらに絶望を味あわせる為に!!!

そして今、私はここに立っている!!


これは、私の復讐よ!!」



 ゲルダは自分の肩を、自分で抱き締めた。

 震えていた。

 感情が抑えられない。

 まるでそんな震えだった。


 それでもまだ、ゲルダは続けた。



「子供の頃から私の人生はあいつらに狂わされた。

ずっとずっと待ち望んだ。

力を手に入れ、私はこの時を待ち望んだ。


そして時は来たのよ!!


奪われ続けた私の人生。


もう誰にも奪わせやしない。


誰にも支配されない。


私の意思であいつらに復讐を果たして、

私は私の人生を取り戻す。


私は自由!


奪われるもんか!


私は自由!」



「姉さん!!」


 リオが声を上げた。

 ゲルダの妨害からルチルを守ったことで遅れてはいたが、トマシュに支えられ、彼はルチルの背後に辿り着いた。

 彼の身には、傷の一つも付いていなかった。


「ごめんね、リオくん。ずっとずっと黙っていて、騙してごめんね。でもね、これで終わるの。何もかも。そうしたら、また、一緒に暮らしてくれる?」



 トマシュの手を離れ、リオはぎこちない歩き方でゲルダに近付いていった。

 ルチルの心は締め付けられる思いだった。

 知っていたのだ。

 ゲルダは分かっていた、リオが実の弟だと。それでも利用した。

 己の復讐を果たすため、利用して。共感は出来ない。出来ないのだが、それでも認めざるを得ない。

 私もまた、きっと、ゲルダと同じ。

 スクードのためと、そう自分に言い聞かせ、悪の華を咲かせた自分は、ゲルダと同じ。

 その代償としてスクードの身を危険に晒し、あまつさえ彼は今、意識を失い、人質として取られてしまった。

 私は同じだ。

 ゲルダと、そして、私を求めたあの子と、同じだ……。

 ずっとずっと認められなかったあの子の行い。失った私を求め、他国を攻め、暴虐の限りを尽くしたあの子。

 自らの創り上げた国を犠牲にし、己の欲望のままに国を壊したあの子。

 全ては私のためだった。

 私を求める余りに闇に堕ちたあの子を、理解はすれど共感は出来なかったあの子を。

 私は、一緒だよ。

 ヨハン。


 ルチルの目の前は今、真っ暗な闇に覆われていた。


「姉さん。姉さん。当たり前だよ!! 僕、ずっと姉さんを探していたんだ!!」


 リオが、ゲルダを抱き締めた。

 ゲルダもリオを固く抱き締めた。


「ありがとう。リオくん。ありが……」



 カプっ。



 そしてゲルダは、おもむろにリオの首筋に噛み付いた。


 自然に。

 それはまるで、愛する弟にチークキスをする様に。

 自然に。

 愛する様に。

 ひどく、自然に。



 リオの頸動脈の辺りから、鮮血が(ほとばし)った。



「「なっ!?」」


 トマシュが、ユーゴーが、そしてルチルさえもが声を上げた。


「姉、さん?」


「ごめんね。ごめんね。


こ"め"ん"ね"


こ"め"ん"ね"!」



 ブチン!!



 言いながら、ゲルダはリオの首筋から肉を食いちぎった。



「ゲルダ、何してるんだぁー!?」


 あまりの出来事に、トマシュも、そしてルチルでさえも動けず、その場で動けたのはユーゴーだけだった。

 ユーゴーが躍りゲルダへと踊り掛かった。

 引き剥がそうと。

 愛する女性の凶行を阻止しようと。


「わ"た"し"! な"に"し"た"の"!?」


 だが、ゲルダの腕のひと振りだけで、その巨体は呆気なく吹っ飛ばされた。



「にゃは? にゃはは? にゃはは? にゃはは?

おかしい、おかしいですわ!

身体が、熱い! 身体が、言うことを聞いてくれない!!」



 リオから手を離し、自らの肩を抱き抱えるゲルダ。

 リオの身体は力なく、その場に崩れ落ちた。


 ガタガタと身体を震わせるゲルダの目が真っ赤に血走っていくのが見てとれた。


 細長い指の血管が異常なまでに膨張して皮膚を突き破り、カーディガンを赤く染め上げていく。


 同時に、全身が激しく痙攣を始めた。



「どうしよう……どうしよう……

私、リオくんを、リオくんを殺しちゃった。

私、私!!」



 悲痛な叫びと共に、ゲルダの身体中の血管という血管が弾け飛び、皮膚がズタズタに引き裂かれた。

 そして、彼女の傷は、静かに閉じていった。


 残ったのは、瞳だけが真っ赤に輝く元の姿。

 が、野獣の如く歯を剥き出した、およそ人間とは思えぬ形相のゲルダ。

 理性の欠片も感じられない表情を浮かべる、狂人(バーサーカー)の如し姿だった。



「来い!」


 トマシュが、へたりこんだままのルチルの腰の辺りをがっちりと掴み込んだ。


「ユーゴー! 逃げるぞ!」


 その声に、ユーゴーも立ち上がった。


「ちょっと……ダメ」


 ルチルは抵抗した。

 目の前で起きた事実が受け入れられない。だが、それでも、ここから逃げる別けにはいかない。

 否、逃げたくない。

 ルチルは必死で体を捩った。

 今逃げたら、ゲルダはヨハンと同じになっちゃう。

 私はもう、見捨てたくない。

 見捨てたくない!

 逃げたくない、!!


「バカ! 暴れるな!」



 だがしかし、トマシュは立ち上がると、暴れるルチルを無理やり抱えたまま全力で走り出した。



「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!」



 ゲルダの咆哮が洞窟内に木霊した。

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