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第十四話 とびら

「にゃははぁ♪」


 ゲルダの高らかな笑い声が、洞窟内に狂い咲いた。


 ビクンっ!


 普段ならばそんなことに驚く女ではない。

 それほどまでに今、ルチルの神経は緊張し、研ぎ澄まされていた。


 体が伸び上がった反動でバランスを崩し、ルチルは壁にもたれ掛かって両手をついた。



 サァァァ………



 ルチルの手をついた場所が、白い光を放つ。


 光は何かをなぞるように四方八方に伸びて行く。それはまるで絵を描いているかの様だった。

 光が板の隅々まで行き渡ると、それは、竜の様に見える絵になった。

 竜の心臓の辺りから上下に光が伸びる。

 重い音を立て、壁は左右に動き始めた。



 ゴゴゴゴゴ……



 金属の壁が、岩の隙間に吸い込まれきった頃、

 ルチルの眼前に広がっていたのは、


 部屋中を埋め尽くす霊薬達。

 まるで明かりが灯るかのごとく眩い煌めきを放つ、宝石の様な小瓶の数々。


 大魔術師を癒し、世界に魔族に対抗する(すべ)をもたらすに繋がった命の大秘宝。



 ではなかった。



「こ、これは?」



 床、天井、壁、全てが無機質な金属で覆われた部屋。

 無数の小さな太陽が、部屋を灰暗く照らしている。

 二十人ほどが入れる食堂程度の広さのその部屋には、整然と机が置かれていた。

 その上に、沢山のボタンが並べられた板。

 黒くのっぺりとした板。

 大小様々な透明の小瓶やら器やらが無造作に置かれていた。


 それは、


 何かの研究室。


 としか思えない様相だった。



「うぅ……!?」


 突然の目眩に、ルチルはその場に膝をついた。


「ここは……ここは……!?」


「ご苦労様でしたわね。ルチルさん。」


 頭を押さえてしゃがみこんだルチルの背後で、ゲルダの声がした。



 カツ……カツ……カツ……



 ブーツが地面を叩く音が、ルチルの傍らを通りすぎて行くのが分かった。


「遂に、遂に見付けましたわ。」

「い、一体、ここは、なに?」


「にゃは……にゃはは…………にゃはははは! にゃはーっはっはっー!


ここですわ!

ここ!

ここをずっと探し求めていたのよ!!


貴女なら、必ずやここに導いてくれると思っていましたわ!! 本当によい働きでしたこと!!」


 頭を押さえたまま苦しげな表情を浮かべながら、ルチルはゲルダを見上げた。


「なに? なんなの? 一体、何を言ってるの?」


 その質問がいたく嬉しかったと見える。ゲルダは勢い良く振り返ると、弾むような声を上げた。


「まだ分からないのかしら? はじめから、貴女をここに来させるのが目的でしたのよ。貴女をその気にさせるのはかなり骨が折れましたけどね」


 狂悦。

 その顔は、そんな言葉でしか言い表せなかった。


「はじめから?」

「そうですわ。貴女がここに来るにはルージュカノン海賊団の船が必要でしたからね。

貴女のことはずっとマークしてましたが、なかなか切っ掛けが無かった。

そんな時にリオという海賊が接触してきたことが契機になり、温めていたこの計画が始動したのです。

あのトマシュとかいう船長のことだから、ただ焚き付けただけでは貴女を危険に巻き込まないよう計らうと踏んで、わざわざ二度に分けて仕掛けないとなりませんでしたのよ。

図書館で接触し、まずは海賊団をその気にさせ、その後勇者を誘拐し挑発して貴女がここへ自主的に訪れるよう仕向けたのですわ。

この私にここまでの手間を掛けさせたなんて、大したものよ。光栄に思うことね」


 ゲルダのご高説に、ルチルは己の違和感に納得していた。

 やはり全ては嘘だった。

 やはり全ては誘導だった。

 にも拘らず、それに乗ってしまった。

 目の前が見えなくなってしまっていた。


「……やっぱあんた、ムカつく」


 ルチルのその言葉に、ゲルダは身震いするほどに昂りを感じた。


「にゃは♪ お誉め頂き感激ですわ。見なさい、この部屋を。貴女の功績よ」


 それを隠すかの様に、ゲルダはルチルから目を逸らすと、両手を大きく広げて見せた。


「もったいぶってないでさぁ、いい加減教えなよぉ。何なの? ここは」


 ルチルのイラ立ちはピークに達しようとしているのは言うまでもなかった。


「ここはね、世界中に点在する人智を超える物体を生み出した場所なのですわ」

「人智を超える……?」

「貴女。貴女が所有する情報を操る装置。あれが何処から来た物なのか、分かっていてお使い?」


 それは、ルチルが勇者のマッチングで使用する『スーパーコンピーター』を指しているのだと理解が出来た。

 だが、その質問には答えられなかった。

 あれは、気が付いたら所持していた。

 いつどこで手に入れたのかも覚えてもいない。

 

「貴女の持つ膨大な知識や技術は何処から得たのかしら?」


 それも覚えていない。


「全て、この場所で生み出されたのよ。現代の技術では到底考えられない物体や知識。あなたの持つそれらと類似する物体が、世界中の様々な場所で見付かっている。一体何処から来て誰が作った物なのか。

貴女はご存知かしら? 北の大地に眠る羽の生えた船を。草原の国の沖に沈む鉄の船を。

我が軍は、それらが何処から来た物なのかを追い続けてきた。

そして、見付けましたの。

この赤い大陸に封印されたこの扉を。

きっとこの中に、全ての秘密が隠されていると、そう考えましたの。


それが今、正しかったと証明されたのですわ!

  

ここの技術を使えば、我が軍は最強の兵器を作り出せる。

世界中のどんな国も、どんな勇者も、魔族でさえも、我が祖国にひれ伏さざるを得ない、最強の軍隊を作り出せる。それが我が軍の野望! 

この部屋こそが、栄光への出発点になるのですわ!!」


「なにそれ。世界征服でもしたいの? 下らね」


「……にゃは♪」



 吐き捨てるように放たれたルチルの一言。

 その言葉でゲルダの顔色が変わった。



「ねぇ、ルチルさん。貴女、なぜ私が貴女がここに導いて下さるって思ったのか、お分かりになって?」


「はぁ?」


「私にはね、魔族の血が流れているの。

そしてその血が持つ古い記憶が、貴女がこの場所に至るための鍵だと、私に教えてくれたのですわ。

遥か昔から生き続ける、貴女が鍵であると。

世間は私のことを魔界から来た軍師と呼ぶそうね。

皮肉なものよ。

侮蔑のためにつけた二つ名のつもりが、まさか真実を語っているとは誰も思わないでしょうからね♪

そう、私には、忌まわしき魔族の血が流れている。邪悪で、下賤で、蛇蝎の如く忌み嫌われる血が。

どうして流れているか、お分かりになります?」


 ゲルダはそっと、机に置かれている小瓶を手に取ると、部屋を照らす小さな太陽に透かすように覗きこんだ。


 ルチルの背後から、複数の誰かの息遣いが近付いて来るのが分かった。


「私に投与された薬品に、様々な動植物から抽出された成分が混合されていたのは、もうお調べになりましたわね? その中にはね、魔族の血も含まれていたの」


「お前、記憶が戻ったのか!?」


 ルチルの背後から、突然ユーゴーが声を上げた。


 ゲルダが振り返った。

 そしてニッコリと微笑んでみせた。



「記憶?」

「お前、記憶を塗り替えられたんだろう?」

「にゃは……にゃはは……にゃはははは! 記憶を塗り替える? そんなこと、本当に出来るとお思いになって?」



 パリーン!



 ゲルダの手から滑り落ちた小瓶は、固い金属の床にぶつかると、無数の破片と変わり、

細い悲鳴を響かせた。

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