第十三話 海賊大運動会
ドォーン!!
ドドォーン!!
着岸しようとするハイバリー号に向かって、オール・ハロウズ号から容赦のない砲撃が浴びせかけられる。ルージュカノンのクルー達は忙しなく甲板を走り回っていた。
全体の指揮を執りながらトマシュの怒号が飛んだ。
「野郎共! 早いところ岸につけやがれ!」
「おかしらぁー!! それが、河の流れが乱れてて上手いこと船を寄せられないんでさぁ!!」
甲板から誰とも分からぬ報告が飛び、トマシュは歯を軋ませた。
「くそぉ! なんだって奴ら、こんなとこにいきなり現れやがったんだ!?」
ハイバリー号が着岸にもたついている間に、オール・ハロウズ号はみるみるうちに距離を詰めてくる。大きな白い船体が、目の前まで迫っていた。
ごごぉん!
船体と船体が衝突し、ハイバリー号は岸壁に叩き付けられた。
ハイバリー号に半分乗り上げるような格好のオール・ハロウズ号の船首から、女が顔を出した。
「にゃははぁ。本当に洞窟がありましたのね。道案内、ご苦労様」
そしてゲルダの背後から、ビアンコ・パーシーの首領、ユーゴーもまた姿を現した。
「てめぇ、ユーゴー! 尾けてやがったのか!?」
トマシュが怒声を上げた。
「悪いな、トマシュ。次に会った時は今度こそ殺すと言ったよな? 残念だが、今度こそ本当だ」
「質問に答えろ!」
ユーゴーは表情を崩すことなく、抜き身のサーベルだけを振り上げた。
それと同時にビアンコ・パーシーのクルーが一斉にハイバリー号に乗り移ってきた。
「野郎共ぉ! 迎え撃てぇ!!」
両海賊団のクルーが入り乱れての戦闘が始まった。
―――ルージュカノン海賊団は劣勢を強いられていた。
いくら奇襲を掛けられたと言えど、ルージュカノンは歴戦の猛者の集まり。
すぐに戦闘体勢は整えられるし、ちょっとやそっとの奇襲に動じるようなタマではない。
が、それも二流の相手であれば、の話しだ。
元よりビアンコ・パーシー海賊団は、私掠船の首魁に任命されるほどに戦闘に秀でた凶悪な集団。軍隊並に洗練された戦闘のプロフェッショナルと言えた。
そんな連中に奇襲を掛けられて、劣勢で済んでいること自体が奇跡に近いだろう。
「おかしらぁー!! ここは俺らに任せて、宝を獲ってきて下さい!」
シーマンが敵の剣撃を受け止めながら声を張り上げた。
「バカ言え!」
エストックを翻らせ、一太刀で三人もの敵を斬り伏せながらトマシュがそれに答えた。
「先にお宝さえ見つけりゃあ、俺らの勝ちってレースなんでしょう!? なら早く! 早く行って下せぇ!!」
「てめぇらを置いていけるかぁ!!」
サーベルを片手に迫り来る敵クルー達を軽々とあしらいながら、トマシュは怒声を張り上げた。
「せんちょー。シーマンの言う通りだよぉ」
口を挟んだのは、トマシュの背後に隠れつつ、敵の剣をヒラヒラと避けるルチルだった。
「お頭! 早く行くんだど!!」
舵を守るようにロングソードを振り上げるアイザックもまた、シーマンに同調した。
そして、この男の一言が決め手となった。
「俺らを信じられねぇんなら、あんたにお頭の資格はねぇんでさぁ」
アンドレの言葉だった。
「ってめぇ、アンドレ! そんな口の利き方あるか!」
「うるせぇお頭ですぜ。あんたはお頭らしく、こんなケチな乱戦なんざ、どーんと手下に任せときゃいいんでさぁ!」
「また格好いいな! お前は!」
クルー全員の声が、視線が、トマシュの背を押した。
「仕方ない野郎共だ! おいルチル、リオ! 行くぞ! 尾いてこい!」
自らの周囲で戦っていた二人を伴うと、トマシュは甲板から地上へと飛び降りた。
「にゃは!」
しかし、ゲルダがそれを見逃すはずはなかった。
「行きますわよ。船長」
ユーゴーを伴い、すかさず戦場を後にすると、三人の後を追い掛けた。
―――目指すは洞窟の奥。
あるかどうかも定かではない、赤い大陸の霊薬『オーロ・エル・ラ・ムー』だ。
計らずも、シーマンの比喩した様に、海賊同士の戦いはレースの様相を呈し始めていた。
洞窟の入り口はとても広く、大人五人が連なっても余りあるほどだった。
スタートから頭ひとつ飛び出したのはリオだった。
続き、ルチル、ゲルダが後を追い、最後尾にトマシュとユーゴーが追随していた。
ほんの数秒で一同は洞窟へと突入した。
乾燥しきった灼熱の赤い大地とは一変、洞窟内はひんやりとした空気が立ち込めていた。
依然としてトップは僅差でリオ。
同じく二番手にルチルとゲルダがそれを追っていた。
徐々にトマシュがユーゴーが遅れ始めた。
洞窟の幅が次第に狭くなってきていた。
リオが現在走っているもう少し前方の辺りから、人が一人でやっと通れるほどに幅員が減少し始めていた。
それがはっきりと確認出来るほどの距離に到達した時だった。
ゲルダが突如としてルチルに襲い掛かったのだ。
「あぁー! また汚いことしてぇ!!」
たまらずにルチルが悲鳴を上げた。
「ルチル!!」
全速力で走っていたリオはそれを察知すると、膝を伸ばして急速に足を止める。激しく滑りながらも地面を蹴り付けると、ゲルダとルチルの間に割って入った。
「姉さん! やめて!!」
「邪魔ですわ!!」
リオは勢いをつけてゲルダに飛び掛かると、姉の体を地面に組み伏せた。
「ルチルさん! ここは僕に任せて、早く奥に!!」
「ぐっじょぶ弟!!」
ルチルは走った。
後方から、リオの呻き声が聞こえる。
ルチルは振り向かずに走った。
更に数秒だろうか。
すっかり狭くなった洞窟の奥にルチルが目にしたのは、白く浮き上がる壁のようなものだった。
「おっ? あそこがお宝の部屋かなぁ?」
徐々に減速し、壁の前に立ち止まった。
壁は金属製だろうか?
隙間も繋ぎ目も確認できない、完全なる一枚板。
周囲の剥き出しの岩と凹凸のないのっぺりとした壁の対比は、その異様さを殊更に際立たせていた。
ルチルはその異様さに気圧され、この女にしては珍しく少し後ずさった。
この壁に触れてはいけない。
直感でそう悟ったらしい。
もう一歩だけ。
距離をとりたくなったその時、
「にゃははぁ♪」
ゲルダの高らかな笑い声が、洞窟内に狂い咲いたのだった。




