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第八話 お涙ちょうだい話

「さぁ、話せ」


 木箱がクッションの役割を果たしたようで、幸いにもリオの怪我は軽く済み、すぐに目を醒ました。

 ベッドに横たわったままのリオの部屋に海賊達が集まっていた。

 起き抜けのリオに対し、トマシュは鋭く問い掛けた。


「え? 話すって、何をですか?」

「しらばっくれるな、全部見たぞ。お前、ゲルダとどういう関係なんだ?」


 始めこそおどけて見せるリオだったが、すぐに無駄な抵抗だと悟ったらしい。


「……そうですか。見られてしまったんですね。分かりました、全部話します。彼女は、僕の姉なんです」


 その言葉にトマシュ達は驚きを禁じ得なかった。

 ベッドの上で上半身を起こすと、枕元の燭台から水を手に取りひとくち口に含んだリオが、ゆっくりと語り始めた。




「僕達の生まれた北方の帝国は、皆さんがご存知のように軍事国家です。

国民には高い税金が課されて、その税収のほとんどが軍備拡張に使用され、国民の大半の生活は非常に貧しい。

僕と姉が生まれたのも、そんな普通の貧しい家庭でした。

両親と姉弟ふたりの四人家族。

姉は僕の二つ上で、とても優しい姉さんでした。

姉さんが六歳になったある日、生活費と引き替えに人買いに買われて行きました。

もう二度と姉さんには会えない。

僕は両親にそう聞かされ、その後は三人家族として暮らすことになりました。

それから十年が経ち、両親は過労が原因で他界し、僕だけが残されました。

僕が一人、自分の生活の為だけに無気力に働くのみの生活を送り始めた頃です。

軍が隣国の侵略に成功し、その凱旋パレードを見に行った時のことでした。

戦役の功労者の表彰式で、最大功労者が特進で総参謀に抜擢されるという発表がありました。

その時、壇上に上がったのがゲルダだったんです。

十年振りでしたが、僕にはすぐに分かりました。

それが僕の姉さんだと。


しかし軍の幹部と言えば、僕達一般市民からしてみれば雲の上存在。

姉さんはとてもじゃないが、面と向かって会えるような相手じゃなくなってしまっていたんです。

でも、どうしても会いたい。

僕は居ても立ってもいられなくなり、軍に入隊する決意をしました。

軍で昇進すれば、いつかは姉さんに会えるはず。

けど、現実は無慈悲でした。

僕が入隊して間もなく、あの有名な、草原の国での首都大虐殺が起こったのです。

姉さんは戦争犯罪者として起訴され、国外追放に。

僕は絶望しました。

一緒に軍にいれば、いつかは出会えると信じいていたのに。

それでも僕は諦めませんでした。

姉さんに会うために入隊を決めた時から、何が何でも必ず成し遂げると自分自身と約束していたんです。

それからすぐに除隊し、彼女の足取りを追いましたが、手掛かりは皆無です。

僕は地道に風の噂や目撃情報を頼りに探して回りました。

幾つもの町を渡り歩き、でも、何も掴めない。自分一人では何も掴めないと悟ったそんな時、海賊に入ることを思い付いたんです。

私掠船なら様々な情報が手に入りやすいですし、何よりも最初に出会ったのがトマシュ船長でした。

この人なら、僕は海賊になってもいいと思えたんです。

それからはもう皆さんご存知の通りですが……すみません、スクードを助ける方法を探しに海賊の楽園に向かう情報を洩らしたのは……僕なんです」


 


「なるほどな」


 枕元の椅子に腰掛けたトマシュが腕組みをしたまま、難しい顔をしていた。

 他の海賊達も、軒並み神妙な面持ちだった。


「じゃあ、奴らとここで出くわすことは折り込み済みだったってことか」

「すいません。どうしても姉さんと接触出来る機会が欲しくて。スクードとルチルさんには申し訳ないですが、利用させて貰いました」


 その目には、いっぱいの涙が湛えられていた。


「で、会えてどうだったんだ?」

「姉さんは、僕のことを全く覚えてませんでした。いや、僕のことをだけじゃない。昔のことを、軍に入る前のことを、何ひとつ覚えてなかった。家、両親、何もかも」


 リオの言葉はとても重く、海賊達にのし掛かった。

 思ってもみない過去。

 つい先刻まで、下世話な話しで盛り上がっていたのが嘘みたいだった。

 誰もが言葉を失っていた。

 長い沈黙。

 それを破ったのはやはり、トマシュの隣に座っていたルチルだった。


「ふぅーん。んで、話しを打ち切られたから無理くり続けようとして、ぶっ飛ばされたんだぁ」


 いつもながらの能天気な声。

 が、正面に座るリオだけは、そのルチルの瞳に見たこともない光が宿るのに気が付いていた。

 スクードですら見たことがないだろう、黒く輝く深い光が。


「……そうです」

「お前が一生懸命なのは分かったが、本当に人違いって可能性はないのか?」

「そ、それは……」

「自信は無し。か」


 トマシュは頭を掻いた。


「ですが、覚えてないってーことは、本当に覚えてないだけかもしれねぇですぜ? それで他人とは決めつけられやせんや」


 ルチルの予感は的中した。

 やはりトマシュもアンドレも、押し黙ってるが他の海賊達も皆、リオのお涙ちょうだい話に飲み込まれてしまっている。


「確かにアンドレの言う通りだな。おいリオ、何かふたりにしか分からない話とか目印とか、そんなんはないのか?」

「ふたりにしか分からない……そんなの、いっぱいありますよ!」


 顔を振り、涙を飛ばし、リオは訴える様に声を荒げた。


「僕と姉さん、ふたりで川に行って魚釣りをしたこと。隣の家の壁に落書きして怒られたこと。小さなパンをふたりで分けあって食べたこと。何もかも、僕と姉さんの思い出です!」


 もはや、感情のコントロールも出来なくなっていた。


「よっしゃ分かった。それじゃあ、もう一度ゲルダのところに行って、今の話しを思う存分してこい」


 トマシュが膝を叩いて言った。


「でも、またさっきみたくぶっ飛ばされちまうんじゃないですかい? いくらリオが頑丈でも、あんなの何回も食らったら流石にまずいですぜ」


 そんなトマシュに冷ややかに進言するアンドレ。もちろん、トマシュの意向を汲んだ上での進言なのだが。


「おう、アンドレ。そうならないように、俺らも一緒に行くんじゃねぇか」


 その言葉を耳にしたリオが大きくトマシュへと向き直った。


「え!? せ、船長。だって僕、船長たちを騙していたのに……」


「騙していた? あーそうか、俺達、騙されてたのか……。おい! リオよぉ」


 突如として、普段の浮わついた態度からは想像もつかない、ドスの効いた声を出すトマシュ。

 その声に、リオの体に一瞬にして緊張が走るのが分かった。


「は、はい!」


「例え騙されてたとしてもだ、うちに入ったからには、お前が俺の子分だってことに変わりはないんだぜ? 子分の不始末は親分の不始末。お前に大切な目的があるってんならよぉ、とことん付き合ってやるぜ」





「あら、素敵な演説ですこと」


 突如として女の声が部屋中に響き渡った。

 その突然の声に驚き、その場にいた全員が振り返った。


「「っ!?」」 


 そしてその姿に言葉を失った。

 部屋の入り口にいつの間にか立っていたのは……


「それにしても汚い船ですわね」


 魔界軍師ゲルダだった。

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