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第七話 リオ

「「っはぁ!?」」


 その場の全員の声がシンクロした。

 ルチル以外は……だが。


「タコ! アンドレタコ! 声がデカいぞ」


 咄嗟にトマシュがアンドレの頭を押さえ付けた。


「この野郎、お頭だって声出やがってやしたぜ何なら一番出まくってやしたぜ!」


 理不尽に叱られお冠のアンドレ。


 が、そのあまりの光景に、海賊達が声を上げるのも無理はなかった。


 部屋から出てきた女を刮目しつつ、トマシュらは気を取り直して通りを覗き込んだ。


「あの女、魔界軍師じゃないか」

「嘘だだだだど。まさか、パフパフ屋にあの女がいるとか、どーかしてるど」


 これまでは傍観者に徹していたアイザックも、動揺を隠せなくなっていた。


「それもどーかしてるけど、リオがあの女を指名するのもどーかしてやすぜ!」

「だから声がデカいと言ってるだろーが」


 いきり立つアンドレにトマシュが釘を刺したが、アンドレは今にも飛び出しそうな勢いだった。


「だがお頭。リオの奴、敵とパフパフするんですぜ!? これが怒らずにいられやすかい?」


 ルチルは閉口していた。

 これは旨くない。せめて内通の事実を確認するまでは、こちらの存在を気付かせたくはないのだ。

 

「でも、おかしいねぇ」


 仕方なく、ルチルはゆっくりと口を開いた。


「どうした? ルチル」

「あのゲルダってさぁ……」

「ゲルダがどうしたんだど?」

「パフパフ出来るほどオッパイ大きくないよねぇ?」 

「そこですかい!」


 アンドレは盛大に突っ込んだ。

 これによってルチルの思惑通り、旨くないケースは脱却したのだった。


 ルチル達は民家の陰に隠れながら、頭だけ出すとふたりの様子を観察し始めた。

 最も長身のアイザック。

 その次にトマシュ。

 ルチルは中腰になり、アンドレは腰を落として。

 頭が四つ縦に連なる様は、まるでどこかの民話に登場する、ロバ、犬、猫、鶏みたいだった。

 集合住宅から少しだけ離れると、リオはゲルダに向かって何かを伝えるかのように、必死に身振り手振りを繰り返した。


「……………!」


「……………」




「なんだ? 何か話してるぞ。」

「こっからじゃ、おでの耳でもあまり聞こえないんだど。雑音が多すぎるど」


 住宅街とは言え完全なる無音とはいかない。

 ほんの少しの生活の音の集まりが、動物並みのアイザックの聴覚を惑わせるのだ。

 痺れを切らしたアンドレが声を上げた。


「どーする? ちこっと近づきやすかい?」


 そんなアンドレの肩を叩き、ルチルが言った。


「大丈夫だよぉ。私が読唇術しちゃるから」

「マジかよルチル。そんなこと出来るのか?」


 それなりに付き合いは長いが、そんな特技はトマシュも初耳だ。

 ルチルは満面の笑みを浮かべるとゆっくりと話し始めた。


「酒場の主人なめんなぁ。えっとねぇ、なになにぃ?


リオ『すいません。一時間コースでお願いしたいんですけど、ところでおねーさん。全然オッパイ無いんですけど、本当におねーさんがパフパフしてくれるんですか?』


ゲルダ『大丈夫ですわ。寄せて上げれば谷間くらいは出来る程度にありますわ』


リオ『いやいやいや。僕はもうスライムとスライムに挟まれてるんじゃないかってーくらいのスライムパフパフがしたかったんですけど』


ゲルダ『あらお兄さん。ここはまな板に顔を擦り付けたい趣味の方専用のお店なのよ。スライムをご希望ならお店を間違えたようね』


リオ『嘘だ! この僕がお店の情報を間違えるはずがないんだぁ!』


っだってさぁ」


「おいおい、嘘だろ」


 トマシュの驚きの声を受け、ルチルはその顔を見ながら思い切りニヤついた表情で言った。


「嘘でぇーす」

「嘘かよ!」


 大袈裟にのけ反りながら突っ込むトマシュ。

 無論、これもまたルチルの謀略に違いなかった。……そうだろうか……。


「二人とも何を遊んでるんだど!」


 当然アイザックに怒られた。


「一緒にすんな!」


 ルチルと同類扱いは流石の船長でもカチンとくるらしい。

 気を取り直すと、ルチルがアイザックを見上げた。


「でへへ。アイちゃん、ちょっとも聞こえないのぉ?」

「そうだ、少しくらいは聞こえないのか?」

「そうだどぉ、ちょっとで良ければ聞こえたんだど」

「ををー、さっすが地獄耳ぃー」


 アイザックは耳に手を当て、慎重に二人の会話を聞き取ろうとしていた。


「やっと会えた。とか、僕のこと覚えてないのか。とかリオが言って、ゲルダが人違いだ。みたいなこと言ってるど」

「あの二人、知り合いなのか?」



(なるほど、そーゆーことね。こりゃ面倒になってきたねぇ)


 ルチルは胸中で毒突いていた。


 敵と通じてたのは確かだが、全く別の理由から。

 ルチルならばそんなことに惑わされはしない。

 が、船長達がこの手の話にほだされやすいのは明白。


「どーだろぉねぇ。少なくともリオは知ってるみたいだけどぉ」


 ルチルの視線は、トマシュらの表情の移り変わりのみを鋭く捉え始めていた。



 踵を返して戸を閉めようとしたゲルダの肩に、リオが手をかけようとした時。

 振り向きもせずゲルダがその腕を捻り上げた。

 リオの華奢な体はいとも容易く宙を舞い、その無防備な少年に対してゲルダは殴打を加えた。


「あっ! 野郎、手ぇ出しやがった!」


 短いラッシュではあったが、浮き上がった人間一人を吹っ飛ばすには十分だった。


 リオの体は路地を横切るように飛ばされ、向かいの民家の隙間に積まれた木箱の群れに突っ込んでいった。

 その音に反応して、集合住宅の中から数名の男が飛び出してきた。


「どう致しました!? ゲルダ様!!」

「痴漢かしらね? もう私が追い払ったから気にすることはないわ」


 その男達の服装を見たトマシュが声を上げた。


「ありゃ、帝国の軍服じゃねぇか」

「あの部屋、奴らの隠れ家なんだど?」

「ってこたぁ、あの女、まだ軍部と繋がってやがるんですかね?」


 ゲルダが移動を始めた。

 それを受け、ルチル達は急いで屋根の上へとよじ登った。

 まっすぐにこちらへと向かって路地を歩き始めたからだ。


「さぁ、私はまたあのつまらない船に戻りますわ。あなた方、くれぐれも見つからないよう気を付けるのですよ」


 そう言い残し、ゲルダは港の方へ向かって去っていった。

 完全に視界からゲルダが消え、軍人達も部屋に引き込んだのを確認してから、ルチル達はリオの元へと駆け寄った。


「ダメだ、完全に気を失ってやがる」

「一旦、船に運ぶんだど」


 完全に伸びきったリオを担ぎ上げると、トマシュ達は足早に住宅街を後にした。


(さぁーて、どうやって両方を立てるかなぁ)


 押し黙り、ルチルは後を尾いていくだけだった。

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