表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

85/146

第六話 裏工作

 ルチルの目は誤魔化されない。


 それは、今の彼女に守るものが出来たから。


 守るものの出来た彼女の目は、この世の誰よりも冷淡、冷酷に目の前の事象だけを捉える。


 そこに一切の感情は含まれない。


 故に、彼女の目は誤魔化されない。



 

 ―――ルチルがトマシュらを酒場に誘ったのは、その日の夕刻前のことだった。


「おーい、せんちょー。どっかの海賊に赤い大陸っつーのがどこにあるか知らないか聞き込みに行こうぜぇー」


 至極まっとうな理由に、トマシュらが断る理由は無い。アンドレとアイザックを伴って、彼らは下船した。

 向かったのは海賊の楽園の中心から少し外れた辺りに位置する場末の酒場。

 ここを選んだのは、もちろんルチルである。

 

「なんでこんな辺鄙(へんぴ)な場所にある店を? 情報収集なら、もっと中心地の方が色んな地区の連中が集まってるぞ?」

「だって、なんだっけ? ビアンカパーティー? あいつらともしまた鉢合わせたら殺されちゃうんじゃん?」


 嘘。

 意図して選んだ。 

 それには無論、理由があるから。

 

 理由は、大して(ため)にもならない情報だけを集め終え、店を後にした時に判明した。

 

「いや、期待はしてなかったが、本気で何も得られなかったな」


 頭を掻き、呆れた様な声を発しながら、トマシュが店を出た時だ。


「お? ありゃーリオじゃねぇですかい?」

「本当だど」


 大通りから一本入った暗がり。路地裏を歩くリオの姿が目に止まった。

 周囲を気にするような素振りで足早に歩いていた。


「あいつ、こんなところで何やってるんだ?」


 ルチルが場末の酒場を選んだ理由。

 それは、リオを尾行する過程で都合の良い場所だったからだった。

 

「今は自由行動にしてあるんだ。別にどこに行こうとあいつの勝手だろ」


 トマシュはつまらなさげに言うだけだった。


「にしても、なんか怪しい動きしてやすね。どこに行くつもりなんでぇ」

「おい、アンドレ。余計な詮索するな。人には人のプライバシーってもんがあるんだ」


 ルチルが尾行を明かさずにトマシュをここまで連れてきた理由がこれだ。

 トマシュは、優しすぎる。

 およそ身内に内通者がいるなんて認めたがらないだろうし、もしかしたら追及の邪魔すらしかねない。

 であれば、(はな)っから現場を押さえてトマシュに見せ付けるしかない。

 それを彼が受け入れるか否かはまた別問題で、ルチルにとっては内通者を公にしさえすればそれで良い。その後のことは海賊達の成り行きに任せるのみで自身の関知するところではないのだから。

 故にルチルはここで、トマシュをその気にさせる、もしくは尾いて行かざるを得ないよう工作する必要があった。


「きっとあれだよぉ。あいつ、パフパフするつもりだよぉ!」


 声を潜めつつも語気を強めて言い放った。


「おいルチル! 若い娘が往来でそんなことをデカい声で言ってんじゃないよ!」


 無論、トマシュは全力で反応した。

 この時点で半ば墜ちたも同然だ。


「あいつあんな可愛い顔して! 面白そうですね。ちこっと尾けてみやすかい?」


 ルチルのあまりにも突飛な発言は、アンドレの遊び心にも火を着けた。

 これで事は更にルチルの優位に進むだろう。


「パフパフするなら余計に放っとくべきだろ」


 それでもまだ、最後の理性を振り絞って抵抗を続けるトマシュではあったが、


「なぁんだ。せんちょーもパフパフに賛成なんじゃん。じゃー、行ってみますかぁ」

「そうしやしょう!」


 見事に飲み込まれ、


「しゃーねーなぁ」


 呆気なく陥落した。

 

「みんな、性質(たち)悪いんだど」


 そんな三人を、アイザックだけが白い目で眺めていた。



 ―――


 リオは時折周囲を気にしながら、路地を進んで行った。


 始めは歓楽街を右往左往していたものの、徐々にそういった町並みからも外れ始め、景色は次第にスラムへと変わっていった。


「ん? パフパフ屋を探してるんじゃないですかい?」


 アンドレが訝しんだ。


「いや。ひょっとしたらこういう町外れの辺りにこそ、穴場の店があるのかもしれないぞ」


 それに答えたのはトマシュ。既に完全に取り込まれたと言えよう。

 が、まだ信用は置けない。ルチルはもう少し囃し立てることにした。


「なぁにぃ? あいつぅ、意外に詳しいなぁ。ウケるぅー」


 正直に言ってしまえば、ルチルはこういった(しも)に纏わる話は好きではない。

 それでも、今は自身の趣向など意に介する場合ではないのだ。

 こういった乗りがトマシュ達の様な手合いには効果覿面(こうかてきめん)であることを、ルチルはよく理解していた。

 


「あっ、止まったど」


 リオが立ち止まったのは、とある集合住宅の前だった。

 建物を見上げ何かを確認すると、通りを挟んだ向かいの民家と民家の隙間に滑り込んだ。

 どうやらそこで集合住宅の様子を伺っている様だった。


「なんですかね?」

「まるで張り込みたいだな」


 その様子に、アンドレ達の好奇心は大いに刺激されたらしい。

 もはやルチルの工作は不要となった瞬間だった。


「お頭。俺達もここであいつを張り込みやしょう」

「張り込みの張り込みか。よし、アイザック。俺達も誰かに張り込まれてないか注意しろよ」

「あんた、ものすごい楽しんでるんだど」


 もはやアイザックの冷静な突っ込みも無意味。船は既に漕ぎ出されていたのだ。



 リオが民家の陰に潜んでから小一時間ほど経った頃だった。

 突如として立ち上がると、集合住宅へと向かって歩き始めた。


「あっ。順番が来たのかなぁ?」

「なんだと? 本当だ。あそこはひょっとして、パフパフ屋の待合室だったのか?」


 トマシュが意見を述べた。

 彼の目の届かない位置で、ルチルが鋭い眼光を光らせていることにも気が付かずに。


 もしここにスクードが健在であれば、彼は大いに迷っただろう。何度も何度も推理を重ね、それでも尚、現実と向き合うことに戸惑っただろう。


 だが、今ここにはルチルしかいない。


 彼女は、乗組員全ての行動を読み取った。

 眼球の動き、汗のかき方、呼吸の大きさ、呼吸の回数、自然な挙動、不自然な挙動、心理的要素に起因する全ての事象。


 その全てがルチルに確信を与えていた。


 その時だった。

 集合住宅の一室の扉が開き、現れたのは……


 魔界軍師ゲルダだった。


「「っはぁ!?」」


 その場の全員の声がシンクロした。

 ルチル以外は……だが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ