第五話 違和感
「赤い大陸の霊薬だと? 奴らも俺らと同じ物に目を付けてやがったのか。しかも独占するだって? とんだタコ野郎だな」
ビアンコパーシー海賊団が去った後、ルージュカノン海賊団はそのまま図書館に居残り続けていた。
ルチルを交え、つい先刻見付けたばかりの『ランス・オルランダー戦記』を囲んでいた。
「何がなんだかも分からねぇですが、ここに記されてる『オーロ・エル・ラ・ムー』っつー物が実在するってのは間違いねぇみたいでさぁね」
「くそったれめ。スクードを助ける唯一の手段かもしれない物を、独占なんてされてたまるかよ。奴らよりも先に見付け出して手に入れるしかないな」
「そうだ、そうだ!」
トマシュとアンドレを中心に、海賊達が息巻いていた。
それとは対照的に、ルチルはじっとランス・オルランダー戦記に見入ったままだった。
「ふーん。そっか、こんなもんを見付けてくれてたんだねぇ」
ごく短時間ながらも、戦記の隅から隅まで読み終え、ルチルが顔を上げた。
「おうよ。本当にたまたまだがな」
胸を張って答えるトマシュ。彼にしてみれば大手柄に違いない。
だが、ルチルの表情は冴えなかった。
「流石はせんちょー。すごいねぇ」
ルチルという女性は、演技というものが得意でもある。過去、様々な嘘をついてきた女性だ。嘘を隠し通すため、ごく自然な演技を行うことはもはや彼女の生態の一部とさえ言えた。
「そ、そうか?」
この時のトマシュは本心から照れまくっていた。
誰よりも賢いであろうこのルチルに褒められるのは、何よりも嬉しく感じたし、同時にスクードの気持ちを強く理解することにもなった。
(これじゃ、惚れるのも無理はないな)
ぐらつき掛けた気持ちを引き戻すのにも相当の労力を要したほどだった。
「とにかくだ、奴らよりも先に赤い大陸ってところに辿り着き、この霊薬を探し出さないとな」
誰もが気付くか気付かないか。
ほんのちょっぴりだけ頬を赤らめながら、トマシュは腕を組み直すと背もたれに体を預けた。
(さぁーて、どうやって止めたもんですかねぇ)
海賊達の気勢とは裏腹に、ルチルの心には警鐘が鳴り続けていた。
ルチルの感じた違和感の正体。
それはユーゴーの発した言葉。
「……そんな奴に航海士を任せるなんざ……」
これは決して口が滑った訳ではない。ルチルの存在を認識していると、暗に伝えたのだ。
それから、聞かれてもいない獲物をわざわざ自分から晒けだしたこと。
それはこちらの求める物を知っていると伝える意思と同義。
そして、それをわざと示したこと。
違和感はそこにある。
何故?
隠しておいた方が得ではないのか?
何の意図があってわざわざ示す必要がある?
あるいは、こうやって惑わすことが目的なのか?
答えは、否。
さもすれば、この『ランス・オルランダー戦記』すら、用意されていた物なのかもしれない。
文献にのみ記された『オーロ・エル・ラ・ムー』を、最初に霊薬だと言ったのは誰か?
これは、偶然を装った必然。
杜撰な会話でこちら側に思い込みを生み出させた。
こちらとあちらの目的が同じだと、思い込ませようとした。
最初から仕組まれていたのだろう。
なんにしろ、それは恐らくあの女の指示だと見るのが妥当。
「ねぇせんちょー。あいつ、あの銀髪、一体どなたなん? そろそろおせーて下さりませんかねぇ」
その質問に、先程と同様に場に不穏な空気が満ち溢れた。
明らかに語りたくないのだろう。その気持ちが読み取れた。
「ああ、そうだったな。奴は……魔界軍師ゲルダ。帝国の『元』将軍だ」
それでもトマシュは口を開いた。
「その、魔界軍師って二つ名は? 魔族なん?」
「いや、多分人間だ」
「なぁに? 多分って。てか、なんか話したくなさそうだねぇ。そんなビッチなん?」
「まぁ、な。帝国に関わりのある奴なら誰でも知ってる、胸くその悪い逸話だからな……」
「ふぅーん。なら聞かなくていいや」
「今から三年前、お前らと出会う一年ちょっと前だな」
「結局話すんかぁい」
机に肘を突き、口許を隠すようにしてトマシュは語り始めた。
「魔界軍師ってのは、北の帝国が隣国である草原の王国に侵攻し、その首都を占拠した時に広まった名だ。首都の中央を流れる大河に猛毒を流し、十万は下らない市民を死に至らしめた大量虐殺事件。その指揮を執った首謀者が奴。そしてその後、度の過ぎた邪悪さから国を追われた。その人外とも思える悪魔の所業をして、魔界から来た軍師という二つ名で呼ばれるようになったんだが、実物がまさかあんな小娘だったとはな」
ルチルの片眉が跳ね上がった。
「ねぇ、そいつ、他にはなんかしたん?」
「なんか、どころじゃないぜ」
トマシュが首を振り、そのまま口を閉ざした。
もはや語りたくもないのだろう。代わりにアンドレが引き継いだ。
「結論から言うと、奴の所業は首都大虐殺ばかりが有名ですが、それ以外にも身の毛もよだつような悪行ばっかりでさぁ。奴は軍略にかけては天才の名を欲しいままにしてきやしたが、奇襲の類いを得意としていて、相手に降伏を許さず全滅させるのが常だったようで。草原の王国侵攻では、首都に到達する以前の全ての地区で敵部隊の殲滅は当たり前。市民にも過剰な暴力で服従を強いておりやした。人を人とも思わねぇ、自らに少しでも歯向かった者は全て拷問にかけ、なぶり殺しにするのを趣味にしてるような女なんでさぁ」
なるほど。
ルチルはある意味で納得していた。
そんな残虐バカを参謀にしたところで、商売なんかが上手くなる訳がない。
それで上手くなるのは、マジで戦闘くらいなもんである。
だとすれば、やはりこの件は誘導である。
―――しかし、そんなことは取るに足らない些事でもあった。
問題なのはやはり、敵とみなす相手に情報を漏らしている者がいると言う事実のみだ。
勇者一向がルージュカノンに帯同して約一年半。ルチルの存在を認識してるのは、まぁいい。
が、スクードが昏倒したのはたったの半月前だ。
そのスクードを救う手立てを模索している事実を掴まれている理由はそれしか考えられない。
その者にどんな理由があり、どんな目的で通じてるのか。
そんなことすらどうだっていい。
その行為自体を封じ込めればいいのだから。
(やるしかないよね)
ルチルは自室で考えていた。
目の前で静かな寝息だけをたて続けるスクードの髪を撫でながら。




