第四話 ビアンコパーシー海賊団
「いやぁ、奇遇も奇遇だぜ。こんなところで鉢合わせるとはな。会いたかったぜぇ? ええ!? おい!」
当初こそゆったりした口調で話していたものの、ユーゴーと呼ばれた大柄な海賊は相当にトマシュに対して怒りを抱いているのだろう。言いきった頃には、耳を塞ぎたくなるくらいの大声を張り上げていた。
それに合わせるように、閲覧室の入り口には大勢の海賊達がぞろぞろと現れた。
「ちょっと、うるさくてよ?」
大男の手を振りほどきながら銀髪の美女が不満を漏らしていた。
その隙を逃すルチルではなかった。
両足を持ち上げながら大きく開くと、引き戻す勢いを利用して体を捻り上げた。
突然のルチルの挙動に美女はバランスを崩す。ルチルは器用に体を回転させながら女の拘束から抜け出すと、更に激しく回ってひっくり返った。
そのままバック転を重ね、ルチルはトマシュらの元へと戻ってきた。
スカートの下にレギンスを常用しているルチルだからこそさしたる問題はなかったが、普通ならサービスショット請け合いの、華麗なる体さばきであった。
「あらあら。船長のせいで逃げられてしまいましたわ? 慰謝料も請求させて頂きましょうかしら」
発する言葉とは裏腹に、口惜しさなどまるで感じられない口調で語りつつ、女も優雅にユーゴーの元へと戻って行った。
「どちら様ですかぁ?」
トマシュの足元でしゃがみ込んだままの姿勢で、ルチルが問い掛けた。
「あいつはユーゴー。ビアンコパーシー海賊団の親玉だ」
「なるほど。せんちょー達を追っ掛けてた私掠船の大ボスって訳ですかぁ」
いつになく真剣な表情でルチルも立ち上がった。
世界の外れの海賊の楽園の、そのまた外れ。
小さな図書館の一室で、二つの海賊団が睨み合っていた。
「てめぇがトンズラかましてからと言うもの、俺らは踏んだり蹴ったりだ。帝国からはてめぇらを仕留めるまで私掠船の権利は剥奪されちまうし、ようやく見付けたかと思ったらヨッギ・ストレンベリの軍船に旗艦船を沈められちまうしよぉ」
ボサボサの黒髪をわしゃわしゃとかきむしりながら、ユーゴーは笑っていた。
もちろん目は笑ってない。悪者の典型だ。
「んで、ここで会ったが百年目。俺らに直接怨みを晴らそうってか?」
トマシュはと言えば、まぁ緊張感は隠せてないが、それでも手下の前。余裕は見せないとならない。
可能な限り不敵に見えるような態度を心掛けている。のがまる見えだった。
「あぁ! そうだ!」
ユーゴーの怒声に合わせてトマシュの手がエストックの柄に掛かった。
「と、最初はそのつもりだったんだがな。状況は変わるもんだ」
敵対者が得物に手を掛けたに関わらず、ユーゴーの余裕は健在だった。
それだけ己の武力に自信があるんか。ルチルは傍観を決め込むことにした。
「世の中じゃ、ヨッギ・ストレンベリがいなくなり、闇市場も解放された。いつまでも私掠船稼業なんかに拘る必要もねぇ。俺らはこれから、まっとうな商売人として生きていくと決めたところだ」
ユーゴーの口から飛び出したのは、実に意外な言葉だった。
「商売人? お前らがか?」
もちろんトマシュは訝しんだ。
ルチルにも想像はつく。こいつらはトマシュやアンドレと違い、生粋の海賊だ。
目を見れば分かる。
ならどうして心変わりを?
答えはきっと、あの女だろう。
「どうしたよ? 生まれた時から海賊だったみたいなお前が。もしかして、そこの女に何か教育的指導でも授かったか?」
トマシュが笑った。
どうやらルチルの見立てに間違いは無かったらしい。
「妙なところだけ鼻の利く野郎だぜ」
ユーゴーもまた、それを肯定した。
「せっかくだ。お前らに紹介してやるよ。っても、私掠船やってたお前らなら、この名だけでピンとくるだろうがな。……こいつはゲルダ」
一瞬でルージュカノンの海賊達の間に緊張が走ったのが分かった。
「ゲルダ……ってお前……まさか……」
トマシュの声もまた、一瞬で渇ききった様だった。
「ああ、そうだ。魔界軍師ゲルダ。俺らビアンコパーシー海賊団の、参謀だ」
あまりの名前の登場に、ルージュカノンの誰もが口を開けなかった。
それほどまでの衝撃が走った。
この女以外には。
「どなた?」
ルチルはそっとトマシュの耳元に手を当てると、こそこそと問い掛けていた。
「いや、その、今はその説明は相応しくないかな。ちょっと後で話すから少し待っててくれ」
「はぁーい」
そんな二人のやり取りを、ユーゴーは呆れた様な視線で見つめていた。
「緊張感のねぇ野郎共だ。そっちの女は何者だ? ゲルダとやり合ってた辺り、只者じゃなさそうだが」
当然の展開かもしれない。ルチルの存在は、この場としては相当な異質なのだから。
「こいつは食客だ」
トマシュは端的に伝えるだけだった。
そこには躊躇があったからだ。
ルチルは、一応は手下としてルージュカノンに帯同してはいるものの、やはり部外者。
それをこんな海賊同士の抗争に巻き込む訳にはいかない。トマシュの思惑がルチルにはしっかりと伝わっていた。
「ふん。食客ねぇ。そんな奴に航海士を任せるなんざ、お前らも落ちぶれたもんだな」
その説明に、ユーゴーは吐き捨てる様に言った。
「まぁいい。今はお前らに構ってる暇はねぇ。俺らはお宝をゲットしに行かないとならねぇからな。赤い大陸に眠る幻の霊薬。そいつを独占すりゃ、闇市場は俺らの天下よ」
「は!?」
その台詞に真っ先に反応したのはトマシュだった。
「赤い大陸の霊薬だって!?」
「なんだ? お前、知ってるのか?」
これは失策だ。
そう判断したアンドレが助け船を出した。
「へぇ、そんなもんがあるんすね。そいつはどんなもんなんですかい? なんなら俺らも一枚噛ませてくれやせんかね?」
「バカか? てめーは」
またも吐き捨てる様に言った。
「誰がてめーらなんかに。おい、トマシュ。お前と会うのはこれが最後だ。二度と俺の前に姿を現すな。もし現れれば、その時は必ずぶち殺すからな」
ユーゴーが踵を返し、ビアンコパーシーの面々もそれに続いた。
ぞろぞろと図書館を後にする海賊の群れが消え失せた頃、そこに残っていたのはゲルダのみだった。
ルージュカノン海賊団を……いや、ルチルだけを見つめ、微笑んでいた。
「まだなんかあんのかぁ!?」
ルチルが威嚇するように歯を剥き出すと、ゲルダは笑いながら去って行った。
図書館に再び静寂が戻った。
ルージュカノン海賊団は安堵に包まれていた。
どっかりと腰を落ち着ける者、流れ出る汗を拭う者、水の瓶を一気に流し込む者、思い思いの方法で窮地を脱した喜びを暗に表現している様だった。
そんな中、ルチルだけは、先程の会話の違和感についてを考え続けていた。
明らかな違和感。
そしてその原因。
答えはほとんど出ていた。
もし、この場にスクードが健在ならば、言及しただろう。
ルチルと共有してくれただろう。
だが、ここにスクードは、いない。
ルチルは海賊団の面々の顔をぐるりと見渡したのだった。




