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第一話 ルチル、立つ

 それは、突然の出来事だった。


 致命傷を負ったはずのルチルを救ったスクードは、意識を失った。

 そして、目を覚ますことはなかった。



 ―――孤島の国で起こった内乱は、ヴァンサンの申し出により幕を引いた。


 あの時、ヨルムンドにヴァンサンが渡した紙に何が書かれていたのか。

 それは驚愕の事実だった。


 じぃさんの本名は、『ヴァンサン・ヨッギ・ストレンベリ』といった。


 そうだ。

 孤島の国を支配した亡霊の本当の正体は、ヴァンサンじぃさんだったのだ。

 じぃさんは、ディアナの伴侶にして活動家であった同姓同名の若者に目を付け、彼に全ての原因をなすりつけた。

 そして自らは裏で様々な悪事の操作を行い、実態なき犯罪シンジケートを作り上げていった。

 彼には様々な悪事で得た、莫大な財産があった。

 彼は、その財産の全てを提供することを条件に、この内乱の幕引きを打診したのだ。


 王家が去り、ルチルという新たなる支配者が去り、この国は再び一から出発せねばならない。

 そのためには膨大な費用が必要となる。

 ヨルムンドはその条件を飲んだ。

 

 平穏を取り戻したこの国は、ヨッギ・ストレンベリの遺産を礎に、新たなる道を歩んで行くだろう。

 孤島の国では世界で初めてとなる民主制というものが生み出され、住民選挙によって新しい国家元首にはニーナが選出された。

 社会の自浄作用とでも言えばいいのか。

 過去の経験を踏まえ、民衆は不条理な権力者に国の命運を託すことを拒否したのだ。

 ヨルムンドは大人しく隠遁を受け入れ、ヴァンサンじぃさんもまた、ひっそりと姿をくらませた。


 ここにはもう亡霊の力も、ルチルの力も必要ない。

 この国は、無事に一人立ちを果たしたのだ。




 ―――孤島の国、港。ハイバリー号にて。


「次から次へと、一体何がどうなっちまってんだ?」


 頭を抱えていたのは、ルージュカノン海賊団を率いるトマシュ船長だった。

 船で数少ない個室である、ルチルの私室には海賊達が集まっていた。

 ベッドに横たわり、息こそしているものの、ずっと眠り続けているスクードを取り囲んでいた。


「分かんない」


 ベッドの傍らでスクードの手を握り、額に押し当てる様にして、ルチルは呟いた。


「あの時、何が起きてたんだ? どうしてルチルは助かった?」


 トマシュの質問に答えたのは、操舵手でありスクードと最も仲の良い大男、アイザックだった。


「おでは目の前で見てたんだど。あの時、スクードの体がパァって光ったと思ったら、どんどんルチルも包み込んで、そしたらルチルが目を開いたんだど。あれはどう見ても、スクードがルチルを治したに違いないんだど」

「だけどそれはおかしくねぇか?」


 アイザックに異を唱えたのは、副航海士のシーマンだった。


「スクードは言ってたぞ? 精霊術(せいれいじゅつ)に傷を治すような術なんか無いって」

「それは俺も聞いてました」


 シーマンに同意したのは、若手の下っ端海賊。スクードよりも更に年下で、かなり中性的な容姿をした美少年。名前はリオと言った。


「なら、そりゃ精心術(せいしんじゅつ)に間違いねぇと思いやすぜ?」


 続けて副船長のアンドレが意見を述べた。

 それに対し、居合わせた全員が納得していた。

 アンドレは、百万人に一人と言われる稀少な精心術士である。そのアンドレが言うのなら間違いないだろうと言うのが、総意だったからだ。


「きっと、ルチルを助けたいってスクードの心が発現させたんでしょうや。精心術士はそう多くねぇけど、その大体はてめぇに都合の良い能力が発現すると聞きまさぁ。俺は魔族に国を追われた時に発現しやしたが、それもやっぱどっかに入り込むんに都合の良い能力ってんで、これが出たんじゃねぇのかと思ってやすし。何ならいつの間にか、隙間を開けるだけじゃなく、敵の体にも隙間を作って切り離すことも出来るように進化してやしたからね」


 トマシュは腕組みをしながら頷いた。


「だとしたらすげぇことだよな。明日をも知れないこの世界。誰かのためだけに力を使いたいと願うなんて、そんなん、スクードにしか出来ないだろうな。もしかして、世界で一番優しい能力なんじゃねぇか?」


 そう言いながら見つめていたのは、臥せったままのルチルの後頭部だけだった。


「なら、精心術が発現した反動で昏睡したってことですか?」


 リオがアンドレに問い掛けた。


「そこなんでさぁ。俺は少なくともそんなこと無かったし、あまり聞いたこともねぇ」


 自信が無さそうに答えるアンドレに、シーマンが質問を重ねた。


「ひょっとしてなんだが、もしかしてこいつ、鼻っから精心術を使える素養が無いんじゃねぇのか? それを無理やり引っ張り出したから、負荷が掛かりすぎて耐えきれなかったんじゃ?」

「いや、それはどうだろう。少なくとも素養が無きゃ発現出来ねぇとは思いやすがね。こりゃ俺の推測ですがね、こいつ、密林の国であんな凄まじい怪我を負って回復しやしたでしょ? ありゃ多分、この能力の発芽状態だったんじゃねぇかと思うんでさぁ」


 そこで初老の船医、イェンスが口を開いた。


「医学的な見地からしても、単純に体に負荷が掛かりすぎてんだろうな。密林の国で死にかけて半年も意識不明の寝たきり。それを目覚めてすぐに三ヶ月の船旅。普通に考えて、いつぶっ倒れてもおかしくない状態で、こいつは動いてやがったんだと思うぜ?」


 その意見は全員を納得させるに相応しいものだった。

 怒濤の一年間を送ってきただけに忘れそうになっていたが、この旅でスクードがきちんと休んだことなんてほとんど無かったはずだ。


「原因は何となく見えてきたが、どうしたもんだろうな。どうやったらスクードは目覚めるんだろうか」


 トマシュの視線は、やはり自然とルチルを捉えていた。

 どうしても、この博識で頭脳明晰な女性に頼りたくなってしまう。ルチルを見る度に、トマシュはそんな自分を諌めていた。

 ほとんどよく知りもしない、しかも海賊なんて鼻つまみ者の自分達に、命を懸けて助力の手を差し伸べてくれたこの二人。

 自分達がこの二人を助けなきゃならないんだ。

 何をすべきか本気で分からないが、それでもやれる何かを探すべきだと、トマシュが考え直していた時だった。


「ねぇ、せんちょー」


 突如としてルチルが顔を上げたのだ。


「どうした?」


 トマシュだけではない。海賊達全員の心に光が差したのは言うまでもなかった。

 それだけ、ルチルの影響力はこの海賊団の中でも強まっていたのだ。


「とりあえず、どっかの図書館行きたい。どっかで何かを調べたいから」


 その声は、いつものルチルから想像出来ないほどに、鋭く研ぎ澄まされたものだった。


「分かった。まずはこの国のでいいか?」

「ダメ。この一年でほとんど目を通したけど、精心術関連のものは少なかったから」

「精心術関連か……アンドレ、心当たりは?」

「それなら海賊の楽園でしょうね。あそこにゃ闇の住人達が書き残した本がかなり納められてやしたから」

「分かった。野郎共、出航するぞ!」


 トマシュの号令の下、海賊達は一斉に部屋から出ていった。

 残されたのはスクードと、そしてルチルのみ。


「スクード。私、やるよ」


 そう呟くと、ルチルはスクードの手の甲に軽く口づけたのだった。

 

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