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第八話 脅迫状

「は!?」


 俺が驚くのも無理はないだろう?

 だって考えてもみてくれよ。

 こんな頭の色のおかしい、何だったら全体的に服装もおかしい、しかも酒場の従業員やってるようなどう考えても一般庶民がだ。

 この国の内政の一切合切を取り仕切る、内務大臣のご内儀様だって?

 むしろ、なんで大臣の奥さんがスラムの酒場で仕事なんかやってんだよ!普通なら働くことすらしなくていいだろうが!

 

「いいでしょ? 私は元々あそこで働いてたんだから、そのまま続けたかったの!」


 全力の心の突っ込みは、見事に表情からダダ漏れしていたらしい。

 ミサミサは顔までピンク色に染めながら、ソファに挟まれた高そうなテーブルにバン! と掌を叩き付けた。

 ……いや、そんな怒んなくてもよくね?


「ミサミサちゃんは何度言うても酒場を辞めてくれんのじゃよ。何でも、あのルチルに恩義があるらしゅうての。死ぬまで寄り添うって言うて儂の願いは聞いてくれんのじゃ」

「今その話する!?」


 どうやらこの件については普段から相当に揉めてるらしいな。

 ここぞとばかりに愚痴を漏らし始める大臣に、ミサミサはお冠だ。


「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? 今はルチル! ルチルのことを話し合わなくちゃ!」


 喚きながら勢い良くソファを指差され、俺も大臣も大人しく腰を降ろしたのだった。



 ―――目の前のテーブルには、城に送られてきたっつー脅迫状の写しが広げられた。

 目を通してみたものの、それはやはりミサミサから聞かされた通りの内容でしかなかった。

 ルチルの身柄を預かった旨。返還の条件として金三千万Gを要求する旨。その要求は国王陛下に宛てることとする旨。そして、もし要求が通らぬ場合、ルチルの生命は失われる旨。

 なんら変哲のない、本気の脅迫状であった。


「うん。脅迫状だな」

「知ってるし!」


 一通り目を通し終えてから呟いた俺の一言に、ミサミサが全力で言い返してきた。

 俺はさもうるさそうに顔をしかめてやると、大臣に向かって言ってやった。


「さっき奥さんにも申し上げたけど、俺はこんな脅迫状なんか知らねぇです」

「無理に敬語なぞ使うでないわ。言い慣れとらんのがダダ漏れじゃ」

「ああ、そんなら楽でいいや。とにかく、俺はこの件とは無関係だ。つーわけで、俺への容疑を解いてくれねぇかな?」


 ミサミサが大臣に会わせてくれたのが最高の幸運だった。容疑者じゃないんなら、追われる言われも無くなるからな。また大手を振って街を歩けるってもんだ。


「悪いがスクードよ。それは出来ぬ相談じゃ」


 が、大臣の返答は俺の期待に応えるものではなかった。


「な、なんでだよ? あんた、大臣なんだろ? むしろあんたが俺に容疑を掛けたんじゃねぇのかよ?」

「敬語は使わんでいいとは言ったが、そこまでリラックスされるとなんかムカつくの」


 こめかみに青筋を立て始めた大臣に代わり、ミサミサが口を開いた。


「うちの人は内務大臣。治安維持の衛兵を統括するのは軍務大臣。今回みたいな犯罪の対処は衛兵が行うから、いくらうちの人でも手は出せないの」

「でも大臣同士だろ? 何か根回しとか、そんなん出来ねーのかよ」

「あー、なんか本気でムカついてきたのぉ」


 大臣の機嫌の悪さは更に加速度を増したように思えた。それを察してか、ミサミサが口に手を当てながら言った。


「うちの人と軍務大臣って、犬猿の仲なの。だから察してね」

「なんだよ、役立たずかよ」

「目の前にいるからの、儂ってば! そも、お主が今ここで安全におられるんは、内務大臣である儂が匿ってやってるからだって忘れるでないぞ!」

「なんだよ、あんたが敬語はいいって言ったんじゃねぇのかよ」

「じゃからリラックスし過ぎじゃと言っとんじゃろが、このバカたれが! いいか!?儂とて、ミサミサちゃんが『スクードは絶対に犯人なんかじゃない』って言うから、ミサミサちゃんを信じて匿ってやっとるんじゃ! 本来なら容疑者を匿うなぞ、いくら大臣と言えど露見すれば立場に響く犯罪幇助(はんざいほうじょ)じゃっつーの!」

「ああ、そうなの? そりゃ申し訳ないね」


 俺はミサミサに向かって頭を下げた。


「今すぐ突き出してやりたいわ。のぉ、ミサミサちゃん。本当にこの小僧は犯人じゃないんじゃな?」

「うん、それは絶対だよ、ルイスちゃん。この子はね、ルチルが信じて待ってた子なんだから」


 またもやのミサミサの言葉。

 俺はなんとなく、何を言うべきなのか分からなくなって、二人のやり取りを見守るだけだった。


「仕方ないのぉ。やい、スクードや」


 ミサミサに(なだ)められ、改めて俺に視線を寄越す大臣。


「お主の容疑を晴らすには、やるべきことが二つじゃ。お主に出来るのか?」


 その視線は真剣そのものだった。


「なんすか? やるべきことって」


 そんな視線を向けられたら、流石になおざりにするわけにもいかねぇしな。

 俺は背筋を正してから聞き返した。


「よく聞け。まず、お主が犯人じゃないと証明される為には、他に真犯人が見付かるしか手立てはない。とは言え、衛兵がお主を追ってる以上、待ってれば衛兵が勝手に見付けてくれる訳ではない。ならば分かるな?」


 そりゃ……よく分かる。


「俺自身が真犯人を見付けるしかねぇってことか」

「その通り。そしてもう一つの大切なミッションじゃ」

「ミッション?」


 大臣の眼光が更に鋭く輝いていた。


「国王陛下はどんな悪にも決して屈さぬ、清廉なお方であらせられる。ルチルと引き換えに身代金を払うなどは決してあり得ぬ。(ゆえ)にこのままの状況が続けば、待っているのはルチルの死のみ。しかし、ルチルはこの国、そして、我が愛するミサミサちゃんにとって無くてはならぬ、大切な存在じゃ」


 俺はその先を理解した。


「俺がルチルも助け出さねーとならねぇってわけだな?」

「その通りじゃ。衛兵に捕まらずにルチルを救出し、そして真犯人も捕まえる。お主がこの先、勇者として旅立ちたいのならば、お主に残された道はそれしかないのじゃ」

「どうかな? さっさと旅に出て、今回のことは忘れるって手もあるが?」

「それはあまり賢くないの。お主の勇者の証は我が国の庇護を享受している証。取り消すのは我が国の当然の権利。ひいては内務大臣である儂の権利じゃ」

「……冗談だよ」


 俺は笑いながら口を閉じた。

 逃げるなんて、俺の選択肢にねぇのは自分でも分かってる。

 だってさ、俺はこういうのを望んでたんだ。

 あの日出会ったあの旅人みたいにさ、俺は目の前で困ってる奴を助ける為に、勇者になりたかったんだからさ。


「よし、ならば行け。しばらくはこの屋敷を拠点にして構わん。ミサミサちゃんもサポートを希望しておるしな。じゃが、気を付けろ」

「何をだ?」

「軍務大臣が増員を手配したという情報が入っておる。衛兵に加え、強力な助っ人を手配したとな」

「助っ人?」

「お主も知っておるじゃろ? 近年のアカデミーでは群を抜いて優秀な生徒じゃったと聞いておるぞ」

「…………それって、もしかして」

「そう。クリス・ベッカードじゃ」


 マジかよ。

 俺の肩を叩いて笑うそいつの顔が、まるで目の前にいるみたいに鮮明に脳裏に浮かんでいた。


「なぁ、大臣様さぁ」

「なんじゃ?」

「俺のやるべきこと、二つじゃなくて三つ言わなかったか?」

「やかましいわ!」


 俺はその幻影を振り払うように頭を振ったんだ。

 

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