第十五話 牢屋にて
ズキン!
目が覚めたとき、真っ先に感じたのは頭痛だった。
「お、目が覚めたか? スクード」
次に感じたのは、よく知った声。見ると、目の前に座っていたのは船長だった。
「船長。ここは?」
まだ痛む頭を擦りながら、俺はゆっくりと辺りを見回りした。
冷たくて硬い石の感覚も伝わってくる。薄暗くて狭くて、そんでもってジメジメするその空間。
俺はそこが牢屋だと理解した。
「わからねー。とりあえず、牢屋だってこと以外はな」
船長が言いたかったのは、ここがどこの牢屋なのか? ってことらしい。
それがすぐに理解出来たんだ。
俺の頭に不具合はねぇみてぇだな。
「他のみんなは?」
「みんなここの並びの房じゃねーか? 見てみろよ」
船長に示された目の前の房には、アンドレとアイザックの姿を見付けられた。
「おぅ! スクード、気が付いたんだど?」
元気そうで何よりだよ。
陽気なノリで手を振る大男に、俺は軽く手を振り返してやった。
外の様子を伺うと、鉄格子からこちらを覗くイェンスとシーマン。それからリオの姿を確認出来た。
「なんで全員捕まってんだよ?」
俺はさも呆れた様な雰囲気を漂わせた口調で言ってやった。
船番が聞いて呆れるぜ。
「いや、面目ねぇ。気が付いたらいきなり大勢に囲まれててよ。船を燃やすって脅すんで仕方なくな」
シーマンが頭を掻きながら苦笑いを浮かべていた。
「にしても、ルチルの奴め。見事に堕ちやがったな」
船長のそんな言葉が背後から聞こえ、俺は膝を抱えて座り直した。
「みんな、巻き込んですまねぇ」
その言葉は、かなり俺を追い詰めた。
謝るしか出来なかった。
「謝るなよ。しかしどうするか。あいつ、元に戻せるのか?」
失言だったと思ったのか、船長は立ち上がると俺の傍らへと座り直した。
「分からねぇ。俺が悪いんだ」
「だっはっはっ! お前が弱音を吐くなんて珍しいな!」
気を遣ってんのがまる見えだ。
ほんと、なんでこいつは海賊なんかに身をやつしてたんだ。
バカみてぇなお人好しだよ、まったく。
「俺、あいつが何をしたいのか、分かってやれなかった」
じゃなきゃ、俺だってこんな恥ずかしい気持ち、吐き出すことなんて出来なかったんだけどな。
「いや、分かれないだろ。あいつの頭の中は俺らみたく単純じゃなさそうだからな」
「でさぁね。言ってた通りに何か狙いがあるのかもしれやせんが、とんと想像すらつきやせんぜ」
格子の向こう側からアンドレが話に乗っかってきた。
「なぁ、スクード。お前、本当に分からねぇのか? 姐さんとは付き合い長いんだろ?」
「別に、そこまででもねぇんだ。何なら、あんたらと出会ったのと一ヶ月くらいしか変わらねぇ。俺は、あいつのこと、何も知らねぇんだ」
俯いて、呟くみたいに小声で吐き捨てた。
が、船長の言葉に、俺は全力のビンタを喰らわされたみたいになっちまった。
「そりゃ、お前がそう思ってるだけじゃないのか? 悪いが俺から見たら、お前らはもう何年も付き合いを続けてきたみたいに、お互いのことを解り合ってるし解り合おうとしてるぜ?」
俺は顔を上げた。
「そうでさぁ。俺とお頭とは王宮時代も含めたら十年以上の付き合いですが、未だにこの人が何考えてるのかなんて分かりゃしやせんからね。バカすぎて」
「おい、本人目の前だからな!」
「そんな俺ら達から見りゃーですよ? あんたらの関係なんて、眩しすぎて仕方ねぇってもんでさぁ。あんたら、どっちが欠けてもいけねぇや。もしあんたが姐さんのこと分からねぇんなら、姐さんは一生誰にも分かっちゃ貰えねぇ。泣き言なんざ言ってる暇があるんなら、今すぐ、真剣に考えるべきなんじゃねぇんですかい?」
「なぁ、アンドレ。どーいうこと? 部下がお頭より格好いいこと言うって、どーいうこと?」
ちくしょう……こいつら、好き勝手言いやがってよぉ。
人の気も知らねぇで、二人してバチバチとビンタ喰らわせやがって……。
おめーらの適当に吐き散らかした言葉がよぉ、どんだけ俺を奮い起たせるか分かってんのかよ?
そうだ。そうだよ。
俺はよぉ、あいつがあんな悲しそうな顔しねぇようによぉ、一緒にいるって決めたんじゃねぇか!
「三分だ。三分だけ、時間を寄越してくれよ。そしたらアンドレ、こっから抜け出していいから」
俺の言葉に、船長達はにんまりと笑いやがった。
「もう二分五十五秒しかないぞ? 急げよ、スクード」
うるせぇ船長だぜ!
いいか? よく考えろ、俺。
ルチルは何かしてんだ。現在進行形でな。
目的はなんだ?
目的は、俺のために印章を返す相手を見付けてくれることだ。
だが、あいつは俺に言ったんだ。
……スクードが筋を通すべき相手なんて、そうそう見付からないんだよねぇ……
そうそう。
そうそうって言葉だ。
つまり、あいつほどの奴でも簡単には見付からないって意味であり、そりゃ、絶対に見付からないでも、存在しないでもねぇってことだ。
なら、そんな時にあいつならどーする?
あいつなら、見付けようと最大限の努力をするはずだし、どんな手を使っても見付けるはず。
ってことは、やはり今やってることってのは、目的を達成するための手段ってことになる。
じゃあ、今のあいつを見て、世間はどう動くのか。そりゃ淘汰されるだろう。実際にそんな動きが始まっている訳だし。
ってことはだ、あいつはそれを目的としてんのか?
自分が淘汰されることを、そして、自分を淘汰する人間が現れることを望んでいるのか。
……そういうことか。
お前は、なんて危ない橋を渡ろうとしてんだ。
自分を囮にしてんじゃねーよ。
必要悪を気取ってんじゃねーよ。
お前が俺のためにそんな危険な目に遭おうとしてんのに、黙って見てられる訳がねーだろうがよ!
「三分経ったぜ? どうだ、分かったのか?」
答えを聞くまでもねぇって顔してやがるよ。
ったく、そんなに顔に出やすいかねぇ、俺って。
「ああ。今すぐこっから出て、ルチルを守りに行く。あいつ、自分がクーデターを起こされるように仕向けてやがったんだ」
俺の言葉に、それを聞いた全員が目玉をひん剥くぐれぇの勢いで驚いていた。
「おいおい、マジか? 並の神経じゃないぞ」
「そんな豪胆な発想、姐さんにしか出来やしねぇってもんでさぁ」
「さっすが、スクードだど! ルチルの気持ちはお見通しなんだな!」
牢獄の至るところから、一斉に歓声が沸き上がってきた。
いや、なんかすげぇ恥ずかしいし、てかそんなどうでもいいことで盛り上がってねぇで、さっさと抜け出せよ!
俺がアンドレに向かって文句の一つでも言ってやろうと思ったと同時だった。
「ん? お頭」
アイザックが急に声を潜めた。
「誰か来るんだど」
コツコツと、乾いた靴音が牢獄に響き渡ったんだ。




